第2話 小谷凛子
『Heartギア』を受け取ってからしばらく、ボクは市内にある公園を歩き回って、とある人物を探していた。未だに見つからないが。
「どこにいるんだろ、小谷凛子ちゃん?」
『ヴァルダン』のファーストヒロイン、小谷凛子。
ゲームの主人公が『アマテラス特殊総合学園』の入学式に向かう途中、通学路でぶつかる美少女。ゲーム内での最初のイベントという名目によってパンツを見られてしまうのが小谷凛子である。
ちなみに、飾りっ気のない白だった。何のこととは言わんけど。
これからの暗躍で各ヒロインたちと何かしらの形で接触することにしているが、1番今のボクが接触しやすいのが小谷凛子だった。
……ゲーム内の会話で、小学校と中学校が同じことが判明しているから。
小・中が同じ学校なら市内のどこかに住んでいるのは間違いない。
ボクが通う予定の小学校はお母さんから教えて貰ったので、その学校を中心に子供が徒歩で通学できる距離+αが捜索範囲となる。
無論、ただ闇雲に探し回っているわけじゃない。
小谷凛子とゲームの主人公との会話で、幼い頃から家の近くにある公園で遊んでいたことが語られている。なので捜索範囲内にある公園を片っ端から見つけては小谷凛子がいないか確認し、いなければ別の公園へ~というのを繰り返している。
「だけど、う~ん……やっぱり無理があったかなぁ」
そもそも幼稚園児の自由時間なんて限られている。足が短いから長距離を歩くのだけで一苦労だ。さらに小谷凛子がいつ・どれだけ公園で遊ぶかまでは知らない。見つけること自体がすでに5歳児にとってはハードだったりする。
というか、最近空いた時間はずっと1人で小谷凛子の捜索をしていたせいで、ついにお姉ちゃんが泣いてしまった。
「ユウちゃん、どうして遊んでくれないの!? 入院前まで一緒におままごとしてくれたのに~! お姉ちゃんのこと嫌いになったの~!? うぇええええええええん!」なんて数時間前に言われてボクの心に突き刺さった罪悪感のダメージが半端ない。危うく吐血するとこだった。
原作までに暗躍することは大事だけど、それでお姉ちゃんを必要以上に悲しませたら意味がない。
最悪予定とは狂うけど誤差の範囲だし、小谷凛子とは小学校で会うこともできる。そこで友達になってからでも遅くないだろう。
「……帰ろ」
帰ったらメチャクチャお姉ちゃんに構ってあげるんだ。どれだけボクがお姉ちゃんのことを好きか耳元で囁きまくってやる。
大丈夫。『ヴァルダン』の各ヒロインへの愛なら1日中語れる自信がある。
明日からは当分の間お姉ちゃんと遊ぶことを優先しよう。
そう思って来た道を戻ろうとして――
「みんな! 今日は凛子ちゃんチームとドッジボールするよー!!」
――足がもつれて転けた。痛い。
(お笑いのコントかよ!? ってそうじゃなくて!)
今、どこからか大きな声で「凛子」って聞こえなかったか!?
まさか、このタイミングで? いやいやそんな都合が良すぎる。だけど、気になるし確認だけでもしておこうかな?
地味に痛い足を動かして声が聞こえてきた方向に足を進める。
そこは住宅街のど真ん中にあるような公園だった。さっきまでボクがいた位置からだと、たくさんの家が邪魔して見つけるのが難しいそこそこ広い公園。
公園の入り口からそっと顔を覗かせる。
そこには十数人の子供たちがドッジボールをして遊んでいた。男女混合で楽しく柔らかそうなボールを相手チームにぶつけ合っている。
その中に……
「くらえ! スーパー凛子シューーート!」
「ぐわっ!? やられた~」
「さっすが小谷ちゃん!」
「『Heartギア』も持ってるし、強いし、すっげーよなー」
すっごい見覚えのある子がいた。
幼いし、特徴の1つである長いツインテールがまだ短めだけど、あの元気いっぱいで勝ち気そうな目は間違いない。ついでに『Heartギア』も腕に付けている。
ずっと探していた小谷凛子だ。
「え~~~、このタイミングで~?」
今度は口に出して言ってしまったよ。
だってそれぐらいタイミングが良いのか悪いのか判断に迷う。
「いや、だけど、見つけた以上は接触するべきだよなー?」
どうしようか迷っていると、遊んでいた小谷凛子の方がボクに気付いた。
「ん? キミ、この辺じゃ見かけないね。どこの子?」
「!? あ、えと、ボク、その、柚木友理って名前で……5歳で……たまたま散歩してたら遊び声が聞こえたんで気になって見に来て……すごい球を投げている子がいたからビックリしちゃって……」
お、おおおおお落ち着け。落ち着くんだボク!
目の前に幼い小谷凛子がいる。お姉ちゃん以外のヒロインとの初めての邂逅なんだ。緊張と嬉しさとで心臓バクバクだけど気付かれるな!
「ふーん、そうなんだ――って、あーーー!!」
「おうっ!? な、何だ」
「キミが腕に付けてるの『Heartギア』だよね!?」
小谷凛子がボクの『Heartギア』を指さして叫ぶ。
すると、周囲にいた子供たちも「マジで?」といった感じに注目する。
「この辺じゃ私以外に『Heartギア』持っている同じ年の子っていないんだー。年上ならそれなりにいるのに……」
「そ、そうか」
「よし! 友理って言ったな! 私とドッジで勝負だ!!」
「なんでやねん」
おい、思わず関西弁になっちゃったぞ。それぐらい唐突だ。
「私も友理も5歳だ! 『Heartギア』を持っている同い年同士、どっちが強いか白黒ハッキリつけようよ!」
「いや、まあ、いいんだけどさぁ」
あっれー? 小谷凛子ってこんなジャイ〇ンみたいな女の子だっけ?
そんなこと考えている内に、ボクと小谷凛子との1対1でのドッジボール対決が決定した。1対1の時点でドッジじゃなくない? とか、外野無しのルール無しって勝敗をどうやって付ける気なんだ?とか、細かいことは気にしてはダメらしい。
「ふっふーん。せっかくだし勝った方が負けた方の言うことを何でも1つ聞くっていうのはどう? この前テレビでやってたんだ」
「ほう、いいぞ。ただしボクも本気で行かせてもらおうか」
勝負に勝って「ボクと友達になってよ」って言ってやる。
……未だに勝敗の付け方が決まっていないけど。
「行くよ! いざ尋常に勝負!」
「戦国時代の武士か!?」
こうして柚木友理vs小谷凛子の仁義無き戦いが幕を開けた。
つーか、結局のところ勝敗はどうやって付けるのさ?
~30分後~
「はあ、はあ、中々やるね」
「ぜえ、ぜえ、そっちこそ」
夕日が公園を照らす中、ドラマのワンシーンみたいなセリフを吐くのがやっとな程、お互いに疲弊しているボクと小谷凛子。
全ては勝敗の付け方を誰も考えていなかったのが原因だ。
延々に投げて投げ返して、打たれようがキャッチしようが、ずっと相手を攻撃し続ける終わりのない戦い。それがようやく終わった。
「2人ともすごい戦いだったなー!」
「あっちの女の子の気迫とか凛子ちゃん以上だったね」
「……ねえ、これ凛子ちゃんとあの子、どっちの勝ちなの?」
「「「「「…………どっちなんだろう?」」」」」
おい、そこのモブキャラ共。
敢えて口に出さないようしていたこと言いやがって。覚悟はできているんだろうな。今のボクは疲れすぎていつもより短気だぞ。
何も言わずとも雰囲気で察したらしい子供たちが一斉に目を逸らした。
おい、こっち見ろよ。結局どっちの勝ちなんだ? あぁん?
と、そこで小谷凛子が急に笑い出す。
「ハハッ、アッハハハハハハハ! あー、おもしろかった!」
「え? さっきの勝負(?)のこと?」
「うん。キミ結構やるじゃない!」
そりゃ、中身は元男の大学生だからな。
身体スペックが劣っていても、遊びの経験が違う。
「ねえ、また今度一緒に遊ぼうよ」
「それって……友達になろうってこと?」
「うん! ……ダメ?」
「全然ダメじゃない」
友達の印ってことでボクと凛子は固く握手をした。
予想以上に疲れたけど結果オーライだな。
あとは仲を深めつつ、例のイベントをへし折る準備を進めるか。
ちなみに、急いで帰宅してからお姉ちゃんに愛の言葉を囁きまくった。
お姉ちゃんの機嫌も治ったみたいだし、姉妹の絆は保たれたのだ。
まあ、「結婚したいぐらいお姉ちゃんのことが大好きだよ」は言い過ぎだったけど、嬉しそうだったし良しとしておこう。
これからも日常的に囁くってことで。
最後の部分が後々、柚木秋穂の性格に大きく影響するとは、主人公は思ってもみなかったのであった……(笑)