第1話 『Heartギア』
いわゆる説明回。
1週間後、ボクは無事に退院することなった――お薬付きで。
「いや、だから大丈夫だってば!」
「大丈夫じゃないから血を吐いたんだろう!?」
「お父さんの言う通りよ! もっと自分の体を気遣って!」
「ユウちゃん、何かあったらお姉ちゃんに相談して? ちょっとした出来事でもいいんだよ? またユウちゃんのお口から血が出たら……えぐっ」
病院からの帰り道、車内は混沌としていた。
分かっていますよ? 原因がボクだってことぐらい。
でも「5歳児がしばらく精神安定系・胃腸系のお薬を飲むことが決定」という事実が地味に心を抉ってくるんだよ。元の柚木友理というゲームキャラに申し訳ないと言いますか、吐血原因がゲームの主人公とお姉ちゃんがニャンニャンいや~ん♪ するのを想像したのが切っ掛けだという後ろめたい理由なのが……
(むぅ、しかしお姉ちゃんに変なトラウマができなきゃいいけど……)
この1週間、両親と一緒に病室で話し相手になってくれたお姉ちゃんに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
普通に考えて6歳の幼女が妹の吐血シーンを2度も見るなんてあり得ない。
気を付けていたはずなのに、早速今後に影響が出そうで怖いなぁ。
(気持ちを切り替えよう。まずは最初にすべきことを実行するべきだ)
1週間の入院生活で暇な時間「どうすればヒロインたちを主人公の魔の手から救えるか?」ということばかり考えてきた。
ある程度の計画は立てたけど、1番必要なモノが手元に無い。
今日はその“必要なモノ”を手に入れようと思う。
「お母さん」
「どうしたの友理?」
「1週間前、本当ならボクの誕生日にもらえるはずだったモノ――『Heartギア』が欲しいんだ。ボクには適性があるんだよね?」
『Heartギア』――それは『ヴァルダン』の物語で絶対に必要なアイテムであり、メインヒロインでもあるお姉ちゃんの手首に装備された腕輪型異能発現器。
物語の舞台『アマテラス特殊総合学園』に入学するためのものだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(う~ん……暇だ)
ボクは今、『Heartギア』の申請・受け渡しなどをするための役所にいる。病院からいったん家に戻って、昼食後すぐ家族と一緒にやって来た。
県内に数カ所しかない『Heartギア』専門の役所だけど、車でいける距離にあって良かった。ここ以外は電車使うから行くの面倒なんだ。
「ねぇ、お母さん。何で受け渡しだけでこんな時間掛るの?」
「『Heartギア』は特別厳重に管理されているから、どうしても確認することが多いのよ。去年、秋穂の誕生日に来た時も同じくらい待たされたでしょ?」
「ユウちゃん、家で待っているのが嫌だって一緒に来たのに、待ち時間が長くて『まだなの~?』って涙目で聞いてきたんだよ。あの時のユウちゃん、可愛かったな~。ギュッとしたら大人しくなって~」
「……お姉ちゃんもソワソワして落ち着いてなかったような」
「え!? ユウちゃん覚えてるの!?」
そりゃ大好きな姉の記憶は入院生活中に記憶の中から発掘しましたとも。
お姉ちゃんメモリー、プライスレス!!
(にしても、改めて考えると『Heartギア』って不思議程度じゃ済まないよな?)
暇すぎるので『Heartギア』について整理しよう。
本当は誕生日に手に入れるはずだったボク専用の『Heartギア』は、この場所で大事に保管されている。
役所には『Heartギア』によって戦闘系の異能が使える人が必ず複数人いるってだけで、どれだけ厳重かが分かる。異能の種類にもよるが、ピストルを持った強盗ぐらいじゃ正面からの戦闘でも負ける確率の方が高い。
現に少し離れた場所にいる鋭い目つきの警備員の格好をしたオジサンの左腕にも、お姉ちゃんと違う色の『Heartギア』がある。
ゲームの設定ではかなりフワっとした説明だった『Heartギア』。
もう少し詳しく知りたいと思ったので、入院中お父さんのノートパソコンを借りて(家族には暇つぶしに動画見たいと説明)調べることに成功。
結果、ネット情報で分かったことは余計ボクを混乱させる。
そもそも『Heartギア』が発明されたのは一世紀以上前、元の世界とは歴史や有名人物が違っていたりしたが世界大戦が終わって数十年後、高度経済成長期も落ち着いて各国の足並みが揃い始めた頃だった。
突然、異能を発現できる道具『Heartギア』が世界トップクラスの頭脳を持つ科学者たちにより発表。世界を驚愕させた。
もうこの時点でおかしい。
いくら歴史が違うとは言え、当時の技術力はボクのいた時代より劣っている。調べた限り、ようやくスマホの開発に手が出そうかどうかの段階だ。
そんな段階で『Heartギア』という未知のテクノロジーによって作られた謎アイテムと、“異能”というこれまた未知の力がポンッと出てきた。
普通なら少なくない混乱が起こりそうなもの――というか案の上起こったらしいのだが、政府の対応が異常なまでに早く・適切だったことで混乱は最低限へ。そこから数年で『Heartギア』は世界に広まっていったとさ。
ここで重要になってくるのは、『Heartギア』を使える人たちが増えてからの政府の対応もしっかりしていたことだ。最初から決まっていたみたいに。
明らかに随分と前から根回しがされていた世界規模の計画だ。
――さすがにこれは……“ゲームの設定だから”じゃ片づけられない。
可能な限り調べたあとで出た言葉がそれだ。
ぶっちゃけ『Heartギア』が怪しすぎる。そもそも完成品が破壊・分解不可能ってだけで人類が作った物じゃないだろ感が半端ない。
転生したボクが『ヴァルダン』の物語と何も関係ない立場だったら、断固拒否したい得体の知れない『Heartギア』だけど、
「ユウちゃんのはどんな異能になるかなー?」
足をブラつかせて楽しそうに笑うお姉ちゃんの横顔を見る。
『ヴァルダン』のヒロイン柚木秋穂――お姉ちゃんの腕には『Heartギア』がある。恐らく数年以内に異能が発現するはずだ。そして、10年後には『アマテラス特殊総合学園』でゲームの主人公と出会うことになる。その場所にボクがいないわけにはいかない。
全ては! ヒロインたちを主人公から救うため!!
……今更だけど、超が付くぐらい個人的な理由だよなー。
だけどもう決めたこと。使えるものは何でも使う。やれることは何でもする。
ヒロインの約半分は主人公と恋仲になるにあたって大きなフラグが存在する。個人的な悩みであったり、不幸であったり、悲劇であったりと。
だから10年後までに全部へし折る!
それを成し遂げるために必要不可欠なものが、目の前にある――
「――『Heartギア』……」
「はい。こちらが柚木友理様専用『Heartギア』となります。利き腕と反対の腕に近づけていただければ、自動で装着・サイズ調整を行います」
まるでコンクリートのような無機質な灰色のソレ。異能に目覚めれば自動的に着色されるという未知の技術で作られた『Heartギア』。
職員が渡したそれを手に取り……左手首に装着した。
「おめでとう友理」
「おめでとう。いやぁ娘2人に『Heartギア』の適性があったなんてなぁ」
「ユウちゃんおめでとう! これで高校も一緒に行けるね!」
「……うん。ありがとう」
もう引き返せない。
その高校に行くまでが、ボクにとっての第1ラウンドとなる。
10年でどこまで暗躍できるかが勝負の鍵だ。
やることはたくさんある。けど最初に接触するべき相手は、
「『ヴァルダン』のファーストヒロイン、小谷凛子」
家族に聞こえないよう、ボクは小さく彼女の名前をつぶやいた。
『Heartギア』関連の謎は今後重要になるので、説明できるときに説明しちゃうことにしました。
次の説明は原作が始まったあとの歴史の授業とかでですかね?