第18話 オリエンテーション
前話を一部修正しました。
2022/11/20、模擬戦が決まってからの一部文章を修正。
「皆さん初めまして。今日から1年間このクラスの担任をすることになった野々上望見です。異能と勉学、両方をがんばりましょう」
ボクの香坂拓也に対する宣戦布告からしばらく、クラスが全員埋まったところでやって来た野々上先生。
最近流行りの合法ロリ先生ではなく至って普通の先生だが、『ヴァルダン』でも立ち絵がある準レギュラーだ。
そんな野々上先生は当たり障りのない挨拶をするが……
――ザワザワ
クラスメイトのほとんどが近くの人と話して聞いていなかった。
原因はボクと香坂拓也。
クラス中の注目を集めた宣戦布告は予想以上に話題となっていた。
聞こえてくる話では「知らないところで因縁があった」「親友である義妹から嫌いになる話を聞いていた」「前世は勇者と魔王だった」などと盛り上がっている。
そんな当人である香坂拓也はいたたまれないと、机に顔を伏していた。
ボク? ゲン〇ウポーズで模擬戦のシミュレーションをしているよ。近くの席の明日奈が呆れた表情をしていたけど気にしない。
「はいはい静かに! これじゃ何も話せませんよ!」
――ザワザワ
「ちょっと、先生の話を聞きましょうね。いい加減にしないと泣きますよ?」
それでもザワつきが収まらない教室。
これは野々上先生のアレが出るな。
明日奈を見れば、すでに耳を手で塞いでいる。ボクもゲ〇ドウポーズをやめて持参した耳栓を装着した。
そして、
――ザワザワ
「 聞 け っ つ て ん だ ろ う が !! 」
案の定、野々上先生が爆発した。
ドンッ!と教壇にバカデカいペンが叩きつけられ、ザワついていた教室が一瞬で静まりかえる。
野々上先生は血管を浮き上がらせる程お怒りだった。
「いいかオメェら。私にはオマエらの生活態度に対して単位を付ける義務がある。あんまり私の話を聞かねぇと……単位やんねぇかんな? 後々推薦とかで響く単位は私の匙加減次第だってこと、よぉく覚えとけよ?」
先生にあるまじき脅迫だった。が、クラスの誰も文句を言わない。野々上先生の怒りオーラがそれぐらい凄まじかったから。
(実際に見ると迫力が違うなー)
野々上望見は普段は先生らしい先生だが、怒るとチンピラみたいになるキャラだった。てか、担当のクラス――つまりボクのいるクラスがザワつきやすかったりするんで、ゲームの立ち絵も怒っている姿の方が多かった気もする。
そんな野々上望見の『Heartギア』によって発現した異能は『デカペン』。
鉛筆やボールペンなどのペン類を巨大化させるというもので、実用性はないためにもっぱら怒った時の威圧用である。
学園の教師は全員『Heartギア』に選ばれた人たちで、野々上先生のような普通の担任はどんな異能でもなれるが、体育系の授業を担当する先生や一部警備員を兼任している先生などは戦闘系の異能を使えることが条件だったりする。
万一の時の抑止力ってやつだな。中には世界で活躍できそうなぐらい強い人も紛れ込んでいるって話だし。
余談だが、野々上先生は独身で彼氏募集中だったりする。
あの怒り方が婚活の妨害をしているとなぜ気付かないのだろうか?
落ち着きを取り戻した野々上先生はクラスを見渡して言う。
「さて、改めて皆さん初めまして。担任の野々上望見です。当たり前の話ですがこの学園にいる人は、ほぼ全員『Heartギア』によって選ばれた人たちです。当学園では普通の高校生のように勉学を教えるだけでなく、『Heartギア』によって目覚めた異能をきちんと扱えるよう、活用できるようにするための授業もあります」
大体の人が異能を小学生の時に発現しているが、その異能は千差万別。ボクのように複数の要素が1つになった異能もあれば、戦闘向きの異能、特定の職業から重宝される異能、実用性がほとんどない異能と様々だ。
異能を試すことができる施設はあるが数も少なく、異能の種類や生活環境によってはまともに自分の異能を試したことがない人もいる。そういう人たちに異能の正しい使い方を教え、モノによっては将来に活かせるようするのが県に1校だけある『〇〇特殊総合学園』の系列に課せられた義務。
それが――表向きの理由だった。
(実際は1世紀単位での壮大な計画なんだけど、学園の中で『Heartギア』の真実を知っているのはどれ程なのやら……)
ボクはとある理由から、裏向きの――本当の理由を知っている。
ゲームの『ヴァルダン』でも最後まで語られることのなかったソレは、ボクの生きている間に本格的に動き出すことになるはずだ。
どうやら計画も最終段階に入っているみたいだからな。
下手をすれば、学園に在籍している間に事が進む確率も高い。
(ローファンタジーの世界だと思ったら、SFが隠れて根を這っていましたとか……段階を踏まなきゃ誰も信じないよなー)
そういう意味じゃ、当時『Heartギア』の開発に携わっていた連中は英断だったかもしれない。
いきなり段階を飛ばしていたら遅かれ早かれ失敗しただろう。
「――と、主な連絡事項はこのぐらいですね」
思考にふけっていたら、野々上先生の話がいつの間にか終わっていた。
事前に配られていたプリントを家に帰ったらよく読まないと! じゃなきゃ、また野々上先生の怒りが爆発する。ボク個人を標的に!
「このあとの予定ですが、毎年の恒例行事となっている『アマテラス特殊総合学園』に入学した新入生同士の異能を使った模擬戦を1クラスに対して1試合、立候補者の中からしてもらおうと思っています。もちろん、強制ではありませんので立候補する人が2人以上いなければそれでお終いとなります。模擬戦をしたいって人はいますか?」
先生がそう言った瞬間だった。
バッ!と一斉にクラス中の視線がボクと香坂拓也に集まる。
「え? えっと、皆さん……?」
事情を知らない先生からしたら、まるで最初からボクと香坂拓也の2人が戦うことが決められていたかのような反応で困惑しているだろう。
(みんなの注目を集めてからの宣戦布告は効果あったな……)
その前の猫みたいな威嚇は感情の暴走が原因なんだけどね。
事態を飲み込めていない野々上先生によく見えるよう手を上げる。
「野々上先生、ボクが立候補します」
「は、はい。柚木さんですね。他に立候補したい人は……」
他の立候補者? あの凛子でさえも空気を読んでジッとこちらを見つめるだけに留めているんだ。クラス中がもう1人に期待しているのだ。
「……香坂拓也、何をしている? 早く手を上げろ」
「あ゛~~~……勘弁してくれよ~」
ボクが模擬戦を望んでいる香坂拓也は、顔を手で覆って恥ずかしがっていた。
ゲームでは1番最初に手を上げるくらいには模擬戦に興味があったはずなのに、情けない。
そう仕向けたのはボクだが、これにも理由はある。
選択肢による対戦相手の決定だ。
『ヴァルダン』で2回目の選択肢は、先生判断で最初に手を上げた香坂拓也が他の立候補者の中から戦いたい人を選ぶというもの。
モブキャラを選べば苦労せずに戦闘パートを終わらせることができるし、各ヒロインを選べば戦闘パートが大変なかわりに、模擬戦で勝利するとそのヒロインの好感度が上がるシステムだった。
だからフラグを潰したんだけどね!
威嚇行動を取らなくてもみんなの注目を集めて、この状況に持って行く予定だったんだ。自分でも引くぐらい上手くいったけど。
が、どうやら香坂拓也は注目されすぎて戦いたくないよう。
仕方ない。今こそボクと明日奈の“絆の力”を見せる時だ。
「野々上先生、ちょっとだけ失礼」
1度断りを入れてから香坂拓也の座る机に近づく。
「ゆ、柚木さん? あの、オレはですね……」
「そう警戒するな……ちょっと耳を貸せ」
ボクは香坂拓也をやる気にさせる魔法の言葉を耳元で囁いてやった。
――ゴニョ、ゴニョ、ゴニョ
瞬間、
「先生! オレ、香坂拓也は模擬戦に立候補させていただきます!!」
ガッターン!と、机が倒れそうになる程の勢いで立ち上がりビシッ!と綺麗に手を上げる香坂拓也。
この場面だけを見ると、凄くマジメな生徒に見えなくもない。
……顔が真っ青でガクブルしていなければ、だけど。
「えぇ……えっと香坂拓也くんも立候補と。ほ、他に異能で模擬戦をしてみたいって人はいませんかー?」
野々上先生が再度クラスの人たちに確認を取るが、ボクと香坂拓也以外に手を上げる人は誰もいなかった。
「しかし、そうですか。この2人ですか……」
「何か問題でもあるんですか先生?」
めぐみが不思議そうに尋ねると、野々上先生は困った表情でそれに答える。
「香坂くんと柚木さんの異能、職員室でも話題になったんですよ。どっちもすごく珍しい異能だって。だから勝負の行方が……」
――やっぱ、ボクと主人公の異能って世界的にも珍しいんだなぁ……
再びザワつきだしたクラスメイトと、驚いた表情でこちらを見る香坂拓也を無視して思考を巡らす。ある意味チートを使ったとも取れるボクの異能と違い、香坂拓也の異能は全く手を加えていない状態での珍しさだ。
ゲームでは香坂拓也1人だけ、異能の詳細が世間に広まるほど接触しようとする個人や企業も増えていったが、この世界ではそこにボクも含まれる可能性が高い。諸事情でそういった連中に注意している身としては、世間に一気に広まる可能性のある入学初日の模擬戦は控えるべきなのかもしれない。
だが、だからと言って模擬戦無しとはいかないんだ。
選択肢を潰すのと同時に香坂拓也に対抗するための、ヒロインたちを護れることを証明するための、主人公との勝負なんだ。
「だったら、尚更戦ってみたいです。……そうだよな?」
「お、おう! むしろやる気が出るってもんだ!」
その後“すごく珍しい異能”というワードによる効果か、クラスの全員が対戦を望んだ。なぜか野々上先生が肩を落としているのに疑問を持つクラスメイトもいたが、大した理由でないのをボクはゲーム知識で知っている。
困るものね?
勝敗が予想しにくい戦いって。
賭けに参加する身としては。
残りの連絡事項を伝えた野々上先生は1度職員室に戻り、対戦カードが決まった1年A組は第1グラウンドに集合となった。
そして、さあ移動だ!という時に明日奈に捕まる。
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど?」
「どうかしたか?」
「どうやって模擬戦に消極的になってた兄貴をやる気にさせたの?」
「何だそんなことか」
親指を立て、ドヤ顔で言う。
「『模擬戦しないと、ベッドの下に隠してあるお宝本の具体的なジャンルとタイトルを言いふらすぞ?』って脅しただけさ」
「悪魔かっ!!」
~おまけ~
友理( ゜言゜)「模擬戦をすると言え。さもなくばオマエの隠してる“ピーッ”や“ピーッ”などの、お宝の具体的なジャンル・タイトル情報を学園中にバラ撒いてやる。高校生活、楽しく過ごしたいだろ?」
拓也(;゜Д゜)「(な、なぜそれを……!!?)」