第17話 顔合わせ(後編)
香坂拓也はいい奴だ。
それはスパイである明日奈からの情報でも分かっていた。
特別イケメンでもなく、ギャルゲの主人公のように前髪で表情が見えないわけでもない。ちょっと生意気そうに見えるだけの普通の男子。
優しいけど厳しいところは厳しく、相手との距離感を図るのが上手い。それを意識せずにできるから『ヴァルダン』の主人公なのだろう。
原作ではお姉ちゃんや小夜などと普通の過程を経て恋人になるだけでなく、瑠維やめぐみのように悩みを抱えている子に協力したし、忍やマヤのように悲劇の人生を歩んだ子に諦めず接し続けて救ったりもした。
その過程を1番知っているのは他でもない……ボクだ。
前世の、『ヴァルダン』をプレイし続けたボク自身だ。
明日奈から聞いたアニメでは切っても切り離せない“放送時間&話数の制限”でカットされた主人公――香坂拓也と各ヒロインの細かい会話や心情まで脳にインプットしている。前世の名前すら思い出すのに間が空くが、『ヴァルダン』関係はすぐ思い出せる。
「兄貴? じゃあこの人が明日奈のお兄さんなのね」
「おー! ついにご対面ってことか! 明日奈とは似てないなー!」
「義理のお兄さんだし、当たり前でしょ凛子……」
そうだ、思い出せてしまうんだ。
「ようやくオマエの友達に会えたな明日奈。もう10年近く、1番初めは柊さんだったか? その子と友達になってから1度もオレに会わせてくれなかったよな、1度も! まさか、高校生になるまで会わせてもらえないとか、さすがに傷つくぞ!? 血は繋がっていなくても家族なんだからさぁ、義妹の友達に兄として挨拶ぐらいさせろって!」
「悪かったわよ。別に兄貴のことは家族として嫌っていないけど、異性の存在としては幼少時から疑っていただけ」
「いろいろ含みがあるな……疑うって、何をだよ?」
「紹介した友達に兄貴が手ぇ出さないかを」
「出さねえよ!? アホかオマエ!? 変に疑われるようなこと言うな! 今のオレが言ったら百歩譲って疑われても仕方ないけど、最初に言ったの6つの時だぞ!? しかも邪な感情ゼロで! 純粋さ100%で!」
「それでも将来的に確率が高い以上は……」
「あれ!? オレ、明日奈にそんな昔から信用されていなかったの!?」
コイツが、どれだけヒロインと“ピー!”して“バキューンッ!”で“×××”なことをしてきたのかを……!
「まあ明日奈も義理のお兄さんができてそれほど時間が経っていなかったんだし、女性には秘密の1つぐらいあった方が素敵に見えるって本にも書いてあったわ。あんまり明日奈を強く責めないであげてお兄さん」
「う、そんなことは、分かっているさオレだって」
「それじゃあ改めて自己紹介ね。私は柊小夜。明日奈の最初の友達よ。それで、こっちの元気な子が――」
「小谷凛子って言いまーす! よろしくね明日奈の兄貴さん!」
「こっちこそよろしく。あ、それと、明日奈の兄貴って言っても同級生なんだし同じクラスでもあるんだから、もっと普通でいいぞ?」
「そう? なら明日奈と同じ名字だし、拓也さんって呼ぶことにするわね」
「じゃあ私も兄貴さんって呼ぶことにする!」
「ほとんど変わってなくね?」
だから……
「それで、そっちの子たちだけど……もしかして、オレンジの髪の子が明日奈がよく言ってた“あのバカ”の柚木友理さんか?」
「まあね。で、後ろにいるのが友理の友達で今日から同じクラスになる数日前会った瑠維ちゃんに、初対面の高森美江、鬼島めぐみ、聖華院マヤさんたち」
「よろしく。にしても、ようやく会えたな柚木さんに。明日奈との会話で1番多く話題に上がっていてオレも気になって――あれ? おい明日奈、さっきから柚木さんが俯いたままピクリともしないんだけど……」
「は? ちょっと、友理? どうかした? アンタまさか……」
だからボクは……!!
「フシャアアアアアアアアアアアアアア!!」
「「「「「!!?」」」」」
これでもかってぐらい威嚇した!
そう、猫のように!
「え、あの……」
「フゥーーー!!」
自分でもバカやってるのは自覚しているけど、心の奥底から湧き上がる激情を抑えられない。香坂拓也と直接対面してそれが噴火したのだ!
「ゆ、友理? どうしたんだ?」
「友理!? 何でそんな友達のお兄さんを威嚇しているの!?」
めぐみと美江が肩を揺すってくるけど効果なし。
他のみんなも、オロオロしてどうすればいいのか分からなかったり、宥めてきたり、一緒に敵意を向けたり、秘孔を突くような構えをする明日奈がいた――
「落ち着きなさいバカ」
「フニ゛ャ゛ン゛!?」
まさかの明日奈による脇腹への秘孔突き!
某マンガみたく内側から破裂はしないけどビックリする。
「明日奈、ボクが”あべし!?”とか言ったらどう責任取るんだよ!?」
仮にも美少女が世紀末蛮族の断末魔みたいな声を上げてみろ。放送事故レベルの大問題に発展するぞ?
「頭痛の種が口答えするんじゃない」
ぐうの音も出ねぇ……!
クラス中が展開の早さと場の混沌さに動けなくなる中で、香坂拓也はボクの機嫌を伺うように聞いてくる。
「あの、柚木さんとオレって初対面だよな? 何か警戒されることでもしたのか? 怒らせたんなら素直に謝るんだけど……」
「……ボクとオマエは分かり合えない運命だ」
「そこまで言うか!?」
「無駄よ兄貴。コイツに常識は通用しないわ。主に兄貴限定で」
「オレが何をしたっていうんだ!?」
原作の未来で約1年以内に複数の女に手を出したんだよ……!
そんなこと絶対にさせないために、この学園に来たんだがな!!
「……香坂拓也」
「はい? な、何でしょ?」
ボクは煮えたぎる思いを抑えて宣言する。
「オマエが善人なのは理解してる。普通にいい奴ということも」
「そ、そうか。面と言われると照れるなぁ――」
「だが、ボクはオマエが嫌いだ。未来永劫の天敵と言っていい」
「まさかの全否定!?」
「香坂拓也、オマエは明日奈の義兄であって、ボクにはそれ以上でもそれ以下でもない。友人関係は無理だが同級生としては仲良くしようじゃないか」
「お、おう」
「だが、ボクは全ての分野でオマエにだけは負けたくない」
そう、この男にだけは負けたくない。
勉強も、運動も、そして……異能バトルでも!
「今日のオリエンテーション、新入生は1クラスで1試合だけ戦闘系の異能を持つ者同士の模擬戦を提案されることになる」
「え、そうなのか?」
初耳だと言う香坂拓也に、ボクは指を突きつけた。
「その模擬戦、ボクと戦ってほしい。いや、戦え!」
「まさかの宣戦布告だった!?」
教室中がざわめく中で、まっすぐ香坂拓也を睨む。
「どちらの異能が強いか、白黒ハッキリ付けようぜ……!」
前世の口調に戻ったボクは、それだけ言うと指定された自分の席についた。
2020/3/3(火)明日奈の行動を一部修正。