第14話 原作開始
短編版の後半部分を改変したものです。
ついに、この日がやって来た。
物語の舞台にもなる『アマテラス特殊総合学園』の入学式当日の朝。
入学式が始まる大分前の時間帯、とある通学路の様子を確認できる場所でボクと明日奈は主人公が起こす最初のイベントに備えていた。
公園の茂みの中で!
「こちらコードネーム“Y”。目標地点を視認できるポイントに潜伏中。“A”、そちらの状況はオールグリーンか? どうぞ」
「はいはい、こちら“A”。……状況も何もすぐ隣で同じ茂みの中に隠れてるじゃないのよ? 何なのこの茶番? どうぞ」
「雰囲気作りだよ。ここで物語通りのイベントが起こるかどうかで、運命を変えられるか・強制力が働くかが分かる」
「……その辺の事情はアタシも興味あるから、この茶番に付き合ってやってんだけどね。あ~あ、早く兄貴来ないかなー」
念には念を入れて主人公がいつ来てもいいよう、割と朝早くから茂みの中に潜んでいる。途中で散歩中の犬がこっちにムチャクチャ吠えて、通行人が不審がっていたけど何とかなった。こっちの心臓はバクバクしたが。
明日奈を協力者にしてから早数年、主人公の思考をイメージしやすいよう明日奈からもたらされた情報と、ボクがゲームで知った知識を元にあらゆる主人公の行動パターンをシミュレーションし、高い正解率を叩きだした。
主人公の邪魔をしようとするボクが1番主人公のことを知っているとか、かなり皮肉が効いているけど……
「くくく、主人公め。まさか自身の義妹がスパイだとは露程にも思ってないだろう。貴様の行動・交友範囲・私生活のアレコレは全部筒抜けだ!」
「悪い顔してるわねー。本来の友理ちゃんは絶対そんな悪者顔しないわよ? まあ、今更か。兄貴への工作は程々にね」
別にヒロインたちへのフラグを叩き潰したいだけで、亡き者にしたいわけじゃない。最低限の加減はするさ。
「アタシはアンタがこの10年でどんな暗躍をしたのか心配でならないわ。瑠維ちゃんが泣きたくなるぐらい別人になっていたし……」
3日前の悲劇(?)な出会い、まだ心が痛むか。
いえ、全面的に悪いのボクですけどね!
「それは――来たぞ! オマエの兄貴だ! あっちには凛子も!」
丁度いいタイミングでターゲットが接近!
双眼鏡で件のイベントが起こる場所を観察すれば、ついに『ヴァルダン』の主人公こと香坂拓也が歩いて来た。
そして道の角になって見えない場所では、“今から楽しみで仕方がない!”という感情が伝わってくる凛子が主人公側に走ってくる。
「あー、分かってるんだけど複雑。兄貴、これから自分にどんなことが待ち構えているのかこれっぽっちも予想してないだろうし」
同じく双眼鏡で自分の兄貴を見た明日奈はため息を吐く。
改めて説明しよう!
これから起こる『ヴァルダン』最初のイベントとは、超がいくつも付くぐらいベタな「あー! 遅刻遅刻!」から始まる激突→パンツ丸見えイベントだ。
まあ、相手の少女――明日奈以外で最初に出会うヒロインの凛子は新しい生活に胸を高鳴らせていただけの、遅刻する訳でもないのに通学路を走る困った奴なんだが。
てか、前日にあれだけ「人の迷惑になるから走るな」って言っておいたのに、新たな生活への楽しみで右から左に聞き流していたなこれ……
そして、イベントの始まりが近づく。
普通に歩く主人公と、元気に走ってくる小谷凛子。
セッティングしたわけでもないのに、あと数秒もすれば道の角から出ての激突イベントが発生する。
((どうなる!?))
唾を飲み込んで見守るボクと明日奈。
――そして、
「「――っ!?」」
角から出たところで初めてお互いに相手を認識。驚愕で目が見開き、しかし急に脚を止めることもできず、そのまま2人は激突――
「――はあっ!」
「え? うわわわ!?」
――せず、凛子は主人公の力をいなしつつ、投げ飛ばす!
主人公は数回回転するも危なげもなく着地した。本人だけが何が起こったのか分かっていない、というか状況の変化についていけない感じだ。
「ごめんね、急いでたから! じゃ、そういうことで!」
「あ、はい」
何事もなかったかのような軽い返事で去っていく凛子と、未だに何とも言えない表情をしながら同じ方向に向かう主人公。
通学路に静けさが戻る。
2人が完全に見えなくなったところで、ボクは、
「いよっしゃああああああああああああ!!」
満面の笑みでガッツポーズ!
茂みを飛び出して拳を天に突き出す! 近くにいた鳥とか野良猫がビックリして逃げ出しているけど、そんなのどうでもいい!
「イベントを回避したぞ! 多少なりとも運命力はあるようだけど、その運命を変えることはできたんだ! これでヒロインたちを護れる!」
やったー! 今までの苦労は無駄じゃなかったー!
「……ねえ? どういうことか説明してくれない? 何よ今の達人かってぐらいの見事な投げ技? あれって合気道だっけ?」
「あれこそ10年の成果の1つさ」
小谷凛子は格闘家のキャラだ。
昔から体を動かす遊びは好きだったけど、高校入学が近づくにつれて武術に興味が出始めていた。実際に才能もあった。
――なので、
「初めて会った頃から少しずつ、絶対に気付かれないよう少しずつ、合気道・護身術を習ってもらうために思考誘導してみました」
「意地でも最初のイベント潰す気だったわね?」
これでもかってくらい、明日奈は呆れた顔をする。
そんな顔するなよ。中々に骨が折れたんだから。
「そういえば、何年か前から時々ボロボロになっている時があったような? 部屋にもやけに擦り切れたジャージがあったわよね? あれって……」
「うん。ボクを練習台にしたよ。いやー、1度骨が折れたこともあってさ? 凛子にバレないよう心配させないよう、別れるまで平気な振りしたのは懐かしいなぁ。……本気で痛かったんだけどね」
「骨が折れたの!? 初耳よ!」
まさか物理的な意味で骨が折れるとは予想外だったよ。
結果として凛子は合気道・護身術をマスターしたし、ついでにボクの耐久値も地味に上がったんだけど。
「あれ? でも秋穂さんから何も聞いていないんだけど……」
――そんな大ケガしたら、アタシにも話すわよね?
そう聞いてくる明日奈にボクは言い慣れた言葉を送る。
「ボクの異能で完治しました」
「はいはい異能異能。すごいわねー」
最近ボクの異能の説明に明日奈もヤケクソ気味になってきているな。
「あ~あ、頭が痛くなる。すでに本来とは違っている子たちのことを考えると、これからの学園生活が怖いわ」
明日奈の脳裏には忍や瑠維、ついでに小夜のことが過ぎているのだろう。
これも全てはオマエの兄貴からヒロインたちを護るためだ。
諦めろとは言わんから、納得してくれ。
「それじゃ、ボクたちもそろそろ学校に――」
「ユウちゃあああああああああああああああああん!!」
「いこぅんむぐっ!?」
すごい勢いで何かが突っ込んできた!
素晴らしい質量と僅かな温もり、包容力。
そして顔に感じるこの柔らかさと弾力は……!
「お、お姉ちゃん!?」
「はい。ユウちゃんのお姉ちゃんですよ~」
ヒロインである今世の我が姉だった!
「ふぇっ!? えっと、秋穂さん? どうしたんですか一体? ちょっとアタシらは用事があるんで先に学園に行っていてくださいって言いましたよね。というか、入学式の準備もあるんじゃ……」
その通りだ。
お姉ちゃんは生徒会に所属しており、2年生に進学した今は会長補佐を任されている。その関係でボクらより早く学園に向かったはず。
「う~! だって、だって! 今日からユウちゃんと一緒の高校生活なのに、朝から側にいられなくて、それが寂しくて~。昔っからそう! 明日奈ちゃんばかりユウちゃんと一緒でズルいよ~~~!!」
「ア、ソウデスカ」
……何てことだ。
お姉ちゃんは、お姉ちゃんはそんなにボクのことを……!
「お姉ちゃん!」
「ユウちゃん!」
ハシッと抱き合うボクら姉妹。あぁ、何て尊いんだ!
「おーい、このやり取り何度も見せられてるアタシの気持ちになれー。さっさと学園に行かないと本当に遅刻するわよー」
空気の読めない奴め!
お姉ちゃんの母性の塊に埋もれる幸福感をボクから奪うか!?
~おまけ~
秋穂(ヽ´ω`)「よ~しよ~し♡」
友理(*´∀`)「あぁ、このパフパフ感……癒やされるぅ」
明日奈(― ―;)「これはセクハラなのかしら? けど、アイツが男だったのは前世だし、性的な目的で胸に埋もれてるわけじゃないから……う~ん……?」