第13話 地獄の猟犬《ヘル・ハウンド》(後編)
「地獄の猟犬《ヘル・ハウンド》、黒羽である!!」
名乗った瞬間、地獄の猟犬《ヘル・ハウンド》さんの背後が黒炎を撒き散らして爆発した。周囲のことを考えてか、威力は調整したようだ。
「うわ~、今日はいつも以上にテンションが上がっているな~」
ボクが「1番信用している友達を紹介したいんだけど……」って話をしてから、この構図での登場を考えていたんだろう。
で、その信用できる友達はというと……
「………………」
完全に思考を停止していた。
バカみたく口を開けっぱなしにしている。このまま口から魂が飛び出るんじゃないのか? そう思ってしまうぐらいストップモーションになっていた。
現に、足下にいるマルコも明日奈の足を軽く引っ掻いて心配している。
「あー……明日奈?」
「………………ネェ」
「あ、はい。何でしょうか?」
やっと意識が現実に戻ったかと思えば、ハイライトの消えた――ぶっちゃけ仮にも美少女がしたらマズい顔でこっちを見た。
さっきから背筋に冷水を垂らされたかのような寒気が……
「アレ、誰ナノ……?」
「自称、地獄の猟犬《ヘル・ハウンド》さんです……」
「モウ1度聞クワ。 ア レ ハ ダ レ ? 」
「………………中二病を発症した『ヴァルダン』のメインヒロイン、内気な性格だった……黒羽瑠維さん……ご本人です」
「フゥ~~~ン………………」
――ガタガタガタ……!
明日奈の声に感情がまるで乗っていない。
震えが止まらないどころか、むしろ増している。
ボク、知っているんだ。こういう時って、一気に感情が爆発し――
「どぉおおおおおおおおおおおおおおいぃぃうこぉとなのよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!??」
あ、爆発しちゃったグェッ!?
「誰よ!? あれって一体全体どこの誰なのよ!? アンタはあれが瑠維ちゃんとでも言うつもりなの! 完っ全っに別物じゃないのぉおおおおおおおおおおっ!! 地獄の猟犬《ヘル・ハウンド》って何!? あの痛々しい口調は何!? あの意味のないターンは! 怪しさ満点のマントは! 両手を交差させたポーズは! 一体何なの!? あの内気だけど優しい瑠維ちゃんはどこにいったのよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」
「あ゛、あずな゛ざん! 首、じまっで……」
内気で優しい『ヴァルダン』の黒羽瑠維がどこに行ったのかと言われても、当人の言葉を借りるなら地獄の最下層《コキュートス》に向かったとしか……!
「説明しろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「するから離してぇええええええええええええええええ!」
首は解放されたが、今度は肩を掴まれた。
てか痛いよ! 痛すぎるよ! 指が骨の間に食い込んでるぞ! しかも前後に揺らすな! 喋りたくても喋れないからさ!
マルコを見ろよ!
いつものマルコだったらボクのことすぐ助けてくれるのに、明日奈の剣幕が凄すぎて、どうすればいいんだってオロオロしているじゃん!
と、そこで救いの手(?)が。
「ふふふ、元気なお嬢さんだ。一見すると仲が悪いように見えるが、我が煉獄の魂《インフェルノ・ソウル》には分かるぞ……! 2人には確かな信頼があると! おぉ、何と美しきかな! この呪われし隻眼には眩しい!」
いつの間にか展望台から移動した瑠維さんだった。
近くに来たことで分かったが、今の瑠維の服は……アレだった。
うん、何て言うべきか……こう、意識しすぎだろ? って言われるような、どこに売っているの? と聞きたくなるような……中二心全開の服だった。
そこに黒のマント・眼帯・金のカラーコンタクトを装備し、露出した左腕には包帯が巻かれていた。
長いグレーの髪が風で揺れている。
ここまで徹底していると純粋に疑問となるのが……
(どうやってここまで来たんだろう?)
瑠維の実家はもう数本ほど電車に乗っていける街だけど、まさかこの格好のまま電車に乗って、この格好のまま歩いてここに来たんじゃないよね?
周囲の視線とか――あ、気にならないか。徹底してるもんね。
で、瑠維の登場で明日奈は落ち着くかというと――
「うわぁあああああああああああああああんっ! 瑠維ちゃんがぁあああああああああああああああああああああん!」
――現実を直視して号泣してしまった。
どうやら救いの手は無く、魔の手が差し伸べられたようだ。
さすが地獄の猟犬《ヘル・ハウンド》、さすがっすわ。
「何を泣いているんだい? このハンカチで悲しみの雫《スロウ・ティアーズ》を拭くといい。少女に涙は似合わん」
格好良くハンカチを明日奈に渡す瑠維。
でもな、ボクには分かるぞ。
実は瑠維って、完全に中二病に染まりきっているわけじゃないから、元来の性格も何だかんだ言いつつ残してるわけで……
自分の登場でガチ泣きした明日奈に動揺しまくっている。絶対に。
よく見るとハンカチを渡した手が震えているし、片方だけの目もかなり泳いでいる。しかも、チラッとボクに助けを求めてきた。
それでいいのか地獄の猟犬《ヘル・ハウンド》?
「あー……瑠維? ちょっと今日の明日奈は混乱しているみたいだし、また仲良くなるための話は後日、入学式の時にでも」
「う、うむ! どうやら金銀の月《ダブル・ムーン》が雲で隠れてきたようだ。このままでは我が封印された左腕が解放されてしまうかもしれん! 急いで約束の地《カナン》に戻らねばなるまい。では天の宮殿《ヴァルハラ》で再会しようぞ! さらばだ!」
そう言って瑠維は一足早く駅の方向に帰って行った――中二病全開の格好で。
着替えを用意している可能性に賭けてみたんだけど、どうやら本当にあの格好でここまで来たらしい。1周回って尊敬するよ。
帰る後ろ姿が逃げるようだったことは目を瞑ろう。
瑠維が去った後に残されたのは四つん這いに崩れ落ちた明日奈、そんな明日奈に「ほら、なんだ、元気出せって」的な感じで肩に前足を乗せるマルコ、意図していなかったとはいえ瑠維を中二病にさせてしまった張本人であるボクだけだった。
どれくらい経った頃だろう。
明日奈が全く力のない声で聞いてくる。
「ねぇ? 何で瑠維ちゃんは中二病になっちゃったの?」
「……何度だって言うけど、ボクも本気で分からん。最初は楽しい思い出を作らせようと遊びに誘ったりしていたんだけど、途中から様子がおかしくなって、しばらく会えない期間が過ぎて再会したら……ああなっていた」
当初の目的は、瑠維が自分に自信を付けることだったんだ。
そこから家族関係の改善、次にオシャレを覚えさせると、段階を踏んで“元気でカワイイ瑠維ちゃん化計画”を進めるつもりだった。
なのに……最終形態が中二病だ。
ボクも責任取らなくちゃと考えるさ。
「……ねぇ? 約束の地《カナン》って何?」
「瑠維の実家。門限が決められているから“約束”なんだろう」
「……ねぇ? 天の宮殿《ヴァルハラ》って何?」
「『アマテラス特殊総合学園』のこと。ほら、校舎がデカくて宮殿並にすごいから。後は……高校生活が楽しみで“ヴァルハラ”って言っているのかな?」
「あの眼帯と金色の目は? 髪と同じだったわよね目の色?」
「誕生日にあげた眼帯とカラコン。あそこまで徹底していたら、もう逝けるところまで逝かせてしまおうって、半分ヤケクソで」
「そう、なんだ」
未だに明日奈は顔を上げない。
あの、そろそろ罪悪感が胸を抉るんで怒るなら怒ってよ。
「何日かしたら原作が始まるのよね?」
「正確には3日後だな。高校の入学式は」
「瑠維ちゃんみたいに変わった子、他にもいる?」
「……若干1名、怪しいのが」
実は変な方向に変わったヒロインがもう1人いる。
表向きは良い方向に変わったんだけど、ね。
「……アタシ、高校行くのが怖くなってきた」
「……奇遇だな。ボクもだよ」
――アンタのせいでしょが。
そんな、帰る直前まで疲れ果てたような声で愚痴を言う明日奈と、ひっそり存在感を消したマルコを伴ってボクは駅に戻っていった。
い、いたたまれね~。
空気が重え~。
次回、ついに原作が始まる……!