第12話 地獄の猟犬《ヘル・ハウンド》(前編)
2020.12.30、一部修正。
鍋パーティーを無事に終えたボクは、明日奈とマルコを連れだって電車で20分以上掛かる街までやって来た。
時間的にも周りにあるほとんどの店が閉まり、コンビニや居酒屋などの建物、ちらほらとある家の電気だけが目立つ。当然、街灯はあるが本数が少ないので、子供だと歩くのが怖くなってしまいそうな微妙な暗さだ。
そんな暗い道をボクらは歩いている。
「電車からこの辺に降りるのは初めてだけど、ちょっと心配になる暗さね。中途半端に自然が多いっていうか……」
「この辺りは土地の所有権や地盤の関係とか、開発するのに衝突する問題が多いらしいぞ? 何代も前の市長の頃から頭を抱えているんだと」
「だから、どこでそんな情報を仕入れてくんのよ?」
「アゥ~ワウ!」
「ほらマルコも『オメェは細かいことを気にしすぎなんだよ。今からそれだと将来シワだらけになっちまうぞ!』って言ってるよ」
「余計なお世話よ犬っころ! ……そもそも、何で友理は動物の言葉が分かるの。この前は近所の猫と話していたわよね?」
「異能で何を言っているのか理解できるんだ」
「はいはい、また異能なのね。もう何でもアリねそれ」
もうどうでもいいわよ、と首を振ってヤレヤレのポーズをする明日奈。
原作の香坂明日奈がやったら違和感しかない動作も、転生者の明日奈がやると全く違和感ないな。むしろ似合ってる。
「で? 何で瑠維ちゃんと会うのに、こんな所まで来なくちゃいけないわけ? あと数日もすれば高校で会えるんじゃないの?」
「……2つの月が共に満月で、バックにすると見栄えがいいからって」
「? ? ? ねぇ、アタシたちが今から会おうとしてるのって『ヴァルダン』のメインヒロインの1人、黒羽瑠維でいいのよね?」
「うん。一応は……合ってるぞ?」
「何でアンタが疑問形なのよ」
「……瑠維がどんな子なのかは、説明するまでもないよな」
「もちろん。悪い子じゃないのに、家族との関係が上手くいってない不幸系のヒロインでしょ? アニメでは弟さんとの仲直りが見所だったわ」
黒羽瑠維。
気が弱い性格のヒロインで、いつも自分に自信が無いために誤解を招きやすいが、本当は素直で小動物のような可愛らしさがある女の子。
原作の過去では、決して酷い性格ではないが、内気というか卑屈が強かったので何コか下の弟に「根暗すぎて一緒にいるのがヤダ」「別のお姉ちゃんがよかった」などと言われて、ショックで余計に心を閉ざすことになってしまったのである。
そして“瑠維ルート”に入って判明したのが、中学に入学するお祝いにと唯一歩み寄ってくれていた祖母から貰ったアクセサリーが、実は異能の力を宿した代物であることだったこと。
ここから黒羽瑠維の物語が始まる。
偶然そのアクセサリーを見つけた非合法な裏組織の者が上に報告。その報告により、実は組織がずっと追い求めた品だと判明したのだ。
そのアクセサリー奪取のために組織の実力者が敵として現れ、偶然巻き込まれた主人公と共に戦っていく中で黒羽瑠維は恋心を抱き、自分に自信を持ったことで家族との仲も良くなっていった――と、こんな話だった。
――それが……
「なーんで、ああなったのだろうか?」
「瑠維ちゃんに何しやがったコラ……!」
襟首を明日奈が掴み掛かってきた。
明かりのほとんど無い夜道で、同じ年頃の少女の首を絞めているように見える明日奈(15歳)。知らない人が見たら110番されても不思議じゃない。
てか、ちょ、苦しいから! 少しは加減しろバカ!
「瑠維ちゃんへの暗躍行為で、責任を取らなきゃいけないようなことしたってわけね? そうなのね? 何したか吐きなさい!!」
「ウー、ガウガウ!」
「違うんや~~~ボクはただポジティブな性格になれば主人公とのフラグを折れると思ったんや~~~~~悪気は無いんです~~~~~。マルコも威嚇してるから! 頼むよ、ね?」
明日奈の気持ちはよ~く分かるし怒るのは当然だけど、落ち着いてくれなきゃ泣いちゃうよボク? 香坂明日奈の顔が憤怒に染まるのを見るのはキツいんだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「展望台の下ぁ? アタシたちそこに向かってるの?」
「ワウン?」
「うん。瑠維がいるのは展望台の方だけど」
何とか明日奈を落ち着かせて再び目的地に向かうボク。
良かったね明日奈。通行人が1人もいなくて。
「いや、それ、アタシたちも展望台に行くべきなんじゃ……」
「瑠維がさ、満月をバックに登場したいって言うから……」
「それ本当にアタシの知ってる瑠維ちゃんなの?」
「今から分かるよ。ほら、ここが展望台の下だ」
話しているうちに目的地に着いた。
特にこれといって何も無い場所で、それなりに高い崖があるだけだ。この崖の上が展望台になっていて、天気がいい日には富士山も見えたりする。ただし、滅多に人が来ないんで最近は持て余し気味とか。
「ここで瑠維ちゃんと会うの? 時間は?」
「早めにスタンバイしているって言っていたから、たぶん――」
――もうすぐ登場するんじゃないの?
そう、ボクが言おうとした瞬間だった。
「今夜は月が綺麗だ。そうは思わないかい? 美しき乙女たちよ」
やけに格好付けたセリフが聞こえてきた。
「ついに現れたか~」
「ふぇ? な、何? 誰なの?」
「ワオーーーン!」
いろんな意味で脱力するボク、突然の聞き慣れない声に辺りを見渡す明日奈、そして「随分と香ばしい登場だな!」と展望台に向かって吠えるマルコ。
「ほら、見ろよ明日奈。あれが……黒羽瑠維だ」
覚悟していたけど直視したくねー、とボクがマルコの吠えた展望台に目を向ければ、責任を取らなきゃいけない人物の筆頭が手すりの上に立っていた。
非常に中二的ポーズを取って!!
「我が盟友と因縁の存在に導かれ、今宵はその友の1人と会うため静寂の頂《サイレント・トップ》へと舞い降りた」
やめてー。初っぱなから現実逃避したくなるセリフやめてー。
人がいない展望台のある場所を、静寂の頂《サイレント・トップ》とか無理矢理付けた英語で言うのやめてくれー。
「金銀の月《ダブル・ムーン》の夜こそ、我が最も輝く」
別の意味で輝きすぎて直視が辛いっす。
手すりの上で意味の無いターンするの理解できないっす。
そう、この誰が見ても中二病に目覚めてしまった痛い人こそが――
「さあ、今こそ明かそう我が真名を!!」
無駄に格好良く黒マントをバサッと広げた少女が――
「地獄の猟犬《ヘル・ハウンド》、黒羽である!!」
意外と中二セリフって難しい……
尚、瑠維はちゃんと腰に命綱を付けてます。友理が徹底させました。