第11話 鍋パーティー(後編)
明日奈のツッコミが書いてて楽しい。
「忍は、本人の意思を尊重した結果だ」
「忍ちゃんの意思って……」
「波木忍の設定は覚えているか?」
「当然よ。『ヴァルダン』のヒロインの中でも、悲しい過去持ちだし」
波木忍。
推定年齢13歳の忍者っ娘であり、『ヴァルダン』の貴重なロリ枠担当でもあるサブヒロイン。
共通ルートでたびたび登場し、メインヒロイン全員を攻略して現れる“忍ルート”で主人公と結ばれることとなるヒロインだ。
忍は『Heartギア』で目覚める異能を、自分たちの望むようにできないかを違法研究する者たちによって管理された元実験体の1人。
それ以前の出自は完全に破棄されたため、両親も出身地も不明。
同じ実験体として施設にいた姉のように慕う優しい少女がおり、忍にとって心の支えでもあった。……だが、元々その少女は身体が弱かったこともあり、酷い実験の副作用が原因で亡くなってしまった。
当然、忍は心の支えを失ってどんどん生きる気力を失っていく。
日を追うごとに痩せ細っていく忍。
そんな時だ。
公的機関によって施設が摘発、忍たち実験体は保護されたのは。
その後、紆余曲折の末に主人公たちが通うことになる『アマテラス特殊総合学園』理事長の手足となって働くことになる。
フラグを立てると、任務の中で偶然主人公と出会う。そして、姉のように慕った少女と同じ手つきで頭を撫でてもらい、興味を持つことになるのだ。
“忍ルート”の後半では、理事長が裏組織と繋がっていたことで葛藤し、主人公と立ち向かうことで恋心が芽生えるようになる。
もちろん、恋心が芽生えれば後はご想像の通りだ。
端的に言うと、高校生がロリ中学生に手を出したわけ。
ボクは転生した今だからこそ、主人公に言いたい。
せめて高校生ぐらいの年齢になるまで待てなかったのかと。忍はエロゲに時折登場する合法ロリではなく、年齢相当のロリだ。犯罪ですね。
そんな未来、ボクが許すわけがない!
――なので、
「先に件の施設を強襲しました」
「何やってんの!?」
ボクのカミングアウトに明日奈のツッコミが炸裂。
お姉ちゃんたちがビックリしたので「何でもないよーアハハハ」と軽く返した。
「おい、もう少し声を低くしろって」
「ごめん。じゃなくて、詳しく吐け」
詳しくと言われても、やったことは単純だ。
施設の場所と、実験体となっている忍を含む子供たちや研究者の生活サイクルを入念に調べ上げたら、公的機関より先に行動できるように計画を練って、
「普通の家2階分のデカさの巨大ワニで施設を襲撃し――」
「待ちなさい。もうその時点でおかしい」
明日奈が額に手を当て、疲れた口調で止める。
「言いたいことは分かるけど聞こう」
「第一に、どうやって公的機関が調べるような――というか、それ以上の情報を得られたのよ? 施設の場所はまだしも、生活サイクルまでって……」
「ボクの異能フル活用で調べました」
「……第二に、巨大ワニが襲撃って何よ?」
「ボクの異能で召喚・使役しました」
「あーはいはい。結局のところ“異能で~”で全部済ますのね」
明日奈は投げやりな言い方で「襲撃の後は?」と聞いてきた。
“どうせ答えてくれないんでしょ”オーラを出している明日奈。ボクの異能の秘匿性について、いろいろと諦めたらしい。
「研究者が大混乱している間に、顔を見られないよう『ネズミーマスク』として施設に侵入。忍たちのいる区画まで辿り着いた」
「ずっと前にアンタの部屋で見かけた、デフォルメされたネズミマスクの謎が明らかになったわね。他にも数種類あったけど」
顔を隠すのに丁度いいんだよ市販のマスクって。
当然、他のマスクも活躍しているぞ。
「現れる施設の武装勢力は、随伴のマルコがボコボコにしました」
「ここで犬っころ登場かい。そしてネズミマスクを見たのと同じ日に、マルコの毛に付いていた赤黒いシミってまさか……」
「忍を含む子供たちを集めたら、一気に長距離転移で脱出」
「今度は“長距離転移”って……友理の異能は一体?」
オマエの兄貴をぶっ飛ばす(予定)数日後まで秘密だ。
で、脱出させたあとからが、ややこしくなるんだ。
断腸の思いで忍たちをしかるべき保護施設に預けたボクは、秘密裏に手に入れた『アマテラス特殊総合学園』理事長の汚職の証拠を信用できそうな政治家に匿名で送った。これにより理事長は原作開始前に逮捕。今の『アマテラス特殊総合学園』の理事長は優しそうなおばさんになった。
これで“忍ルート”は成立しなくなったはずだった。
忍は施設で平和に過ごすことになるだろう。そうすれば関わりのない主人公も……そしてボクも、まず会うことはない。
ヒロインに原作が開始しても会えないとか血涙ものだったが、両親のいない忍をボクごときがどうこうすることはできない。例えできたとしても、それは自己満足で我が儘な行いでしかない。家族や友達に顔向けできない行為だ。
――だから脱出後、ボクは忍にそれとなく別れを告げた。
――最初で最後の出会いに感謝し、彼女の平穏を祈って。
「いや、いるじゃん。そこに。秋穂さんと仲良く鍋を突っついてるわよ」
「そうなんだよなー」
今度はボクが投げやりな態度になる番だった。
「どうやってか、お別れしてからボクのこと独自に調べたらしくって……急に会いに来たと思ったら『アナタに仕えさせてください!』って土下座されて」
「数年前に見た、土下座する忍ちゃんの真実が明らかに……」
いや、本当にあれには驚いた。
『ヴァルダン』のファンに見られたら、殺されたんじゃないのボク?
「後で各書類問題とか片付けてきて、今じゃ隣のアパートに住んでいるんだよね。ボクからの要請があればすぐ動けるようにって。前理事長みたく顎で使うつもりなんてないのに……。それから、ときどき食事を家族としたり勉強を教えたりもしているんだ」
「忍ちゃん隣に住んでたの!?」
今明かされる衝撃の真実。
『ヴァルダン』のサブヒロイン、波木忍はお隣さんだった!
さらに言うと、忍にはボクから大量のお小遣いをあげています。本人は仕えていることに対する給料という認識だったけど。
「忍ちゃんに変なことさせてないでしょうね?」
「当たり前だ。今のところ子供でもできるレベルだっての」
特別な理由もなく変なこと・危険なことでもさせてみろ? 時空を超えて波木忍のファンの怨念がボクに襲い掛かってきそうで恐い。
ボクが忍の幸せを願っているのは本当だ。
最初は食事に誘っても遠慮していた忍は楽しそうに、美味しそうにスキヤキを食べている。少し表情は読みにくいけど、無表情なわけじゃないから分かるんだ。忍は心の底から今、この瞬間を幸福に感じているんだって。
「くっ、忍ちゃんの後だとアルカさんについて聞くのが怖い!」
「……アルカについて答えられることは少ないぞ?」
フルネームはアルカ=メモリア=ミュトロギア。
見慣れない服装で宙を浮いて移動する、地面に付きそうなほど長い不思議な色の髪を持つ無表情系少女。
名付け親は何とボク。みんなで初めて花見をした夜に出会い、紆余曲折の末に柚木家に住むことになった年齢不詳どころか人間ですらない存在。
さらに初めて出会った時から見た目に変化はない。
明日奈も数年前に会ってから、その正体を疑問に思っていただろう。
そんなアルカが何者かと問われれば、
「空から落ちてきた少女?」
「ぶっ飛ばすわよ? 人間でないのは分かるけど、ウソを付くんだったらもっとマシなウソにしなさい。ラ〇ュタのヒロインみたいに落ちたっていうの?」
「いや本当なんだって。流れ星になってボクに正面衝突してきたんだ」
「本当だとしたら、何でアンタそれで死んでないの……」
あの日のことは、忘れようにも忘れられない。それだけ衝撃的な出会いだった。比喩的な意味とかではなく、物理的な意味でも。
「そもそも、アルカの正体は極秘中の極秘事項だとボクは考える」
「……どういうこと」
マジメなボクの声に明日奈は耳を傾ける。
「今後どうなるのかボクにも分からないってこと。でも、アルカがボクと出会ったのはチープな言葉だけど“運命”だって思っている。アルカが教えてくれたことは、それだけ重要だった。何もないかもしれない。だけど、何かあるかもしれない」
「何かって……マズいことじゃないわよね?」
「それを含めて、分からないって言ってるんだ。けど――」
ボクはそこで言葉を区切る。
「何かがあるなら……責任は取る」
「アンタ、何を知ったっていうのよ……?」
明日奈の瞳に動揺が見えるのが少し嬉しいな。何だかんだ言いつつ10年近い付き合いになって、お互いに信頼できる仲になった。
何かあっても、コイツなら信じられる。
――あ、責任取るって言えば……
「責任を取らなきゃいけないヒロインのこと、どうすべきか……」
「え、は? 何の話……責任取るって、誰に何やったの?」
「明日奈を急遽呼ぶことになった理由だよ」
この後、会いに行かなきゃいけないからね。
『ヴァルダン』のメインヒロインの1人、黒羽瑠維に。
暗躍の具体的な詳細、明日奈の疑問、ヒロインの心情などは今後のSSで個別に書かせていただきます。本編で語りきれなかった部分を補完するものとお考えください。
とりあえず1章SSは忍とアルカになりますかね?
アルカのことは2章でさらりとネタバレしますが。
主人公の異能の詳細についても、あと数話お持ちください。