第9話 15歳
――ジリリリリリリリリリッ!
「う、ん……あと5分……」
目覚ましがうるさいなぁ。
昨日は肌寒かったんだから、もう少し寝かせ――ぐえっ!?
「ワン!」
「何だマルコか。『さっさと起きろ』? 分かったから上からどいてくれよ。オマエの小さな体でもお腹にジャンプされるとキツイんだって」
「ウ~、ワゥン!」
「いやいや『このまま起きないなら元の大きさになろうか』って、それシャレにならんから。起きるからどいて」
マルコと朝のやりとりを終えて起き上がる。
着替えるためにパジャマを脱ぎ捨て、ブラジャーを付けている最中、部屋にある姿見の中に写る自分の姿を見ていると感慨深いものが心の内から出る。
「ついに、原作の柚木友理と同じ姿になったな」
前世を思い出した年から10回目の春になった。
少し前に15の誕生日を迎え、中学校を無事に卒業し、数日後には『Heartギア』を持つ少年少女が通う学園『アマテラス特殊総合学園』に入学する。
そう、あと数日で『ヴァルダン』の原作が始まろうとしていた。
鏡の中のボクは紛れもなく登場キャラの1人、柚木友理だ。
違うところと言えば、ギャルっぽかったゲームの柚木友理よりも目つきが強く、中学生になってから始めた自主練の成果で体が適度に引き締まったことぐらい。
「……意外と羞恥心には目覚めなかったな」
よく「魂は肉体に引っ張られる」と説明しているマンガや小説はあったが、ボクはどうも男性としても考えても、女性としても考えても羞恥心が薄い。
学校でプールの授業があって、男子女子双方が水着姿で泳いでいても特に何か性的なモノを感じることは終始なかった。
おかげで女子の間でたまに出る恋バナは苦手だ。
「うっし、着替え完了! 行くぞマルコ!」
「ワン!」
ジャージに着替えたら、ここ最近特に念入りにしているジョギングに行く。
何が楽しいのかマルコまでついてくるけど、気にならなくなってきていた。
2階にある部屋から出て、飲料水を取りに1階に行けば、
「あ、ユウちゃんおはよ~」
まだ眠りから完全に覚めていないお姉ちゃんが、リビングでテレビのニュースを見ているところだった。
お姉ちゃんも少女というより、女性らしく成長した。その姿は紛れもない『ヴァルダン』メインヒロインの柚木秋穂である。
もう涙が出るくらいにいろいろ成長してくれた。グッジョブだボク!
「珍しいね。お姉ちゃんがこの時間帯に起きてるなんて」
「ん~、私も学園の生徒会で会長補佐になったし、ユウちゃんの顔を朝早くから見たいから、今日から早起きすることにしたの」
「天使かよ」
我が姉はどこまでボクをキュンキュンさせれば気が済むのか?
「あの子は?」
「まだ寝てるみたい。昨日遅くまで本を読んでたから」
「そっか、じゃあボクはマルコとジョギング行ってくるから」
「ワン!」
「車には気をつけるんだよ~」
朝からお姉ちゃんに癒やされたので、いつもよりジョギングをがんばることにしよう。姉の癒やしは下手なドーピングより効果がある。
「ふっ、ふっ、ふっ……!」
ジャージ姿で走るボクの息はちょっとだけ白かった。
外に出ればまだ薄暗さが残り、車も人もほとんどいない。見かけるのは近所のおばさんぐらいなものだ。
「あら友理ちゃん、おはよ。今日もがんばるわねー」
「おはようございます!」
お姉ちゃんは清楚系の、ボクは元気系の美少女だからか近所でも有名だ。姉妹揃って『Heartギア』を持っているのも理由だろう。
あとはボクらが大きくなったことで両親が共働きするようになり、仕事先が遠いことも重なって家にいない方が多いのも原因かもしれない。近所には年配の人がたくさんいるから、何かにつけ気に掛けてくれている。
「けど、全然寂しくないんだよなー」
『ヴァルダン』の原作通りならボクとお姉ちゃんの2人暮らしだったので、家の中がちょっぴり寂しかっただろう。
でも今はペット枠でマルコがいて、居候枠であの子もいる。ときどき来るヒロインの何人かと食事を一緒に食べることだってある。
寂しさとは無縁の生活だ。
「原作ではその隙に主人公がお姉ちゃんを……! 許すまじ……!」
ゲームでは“秋穂ルート”に入ってしばらくすると、ゲームの柚木友理が友達の家に泊まりに行ったその日にお姉ちゃんが風邪でフラフラとなり、電話中にそれを察知した主人公が柚木家に急行。お姉ちゃんの看病をしたことが切っ掛けで、お互いに恋心を~という流れであった。
ちなみに、お姉ちゃんたちは柚木友理がお泊まり会を楽しんでいるなら余計な心配をさせるのも~と気を利かせた結果、柚木友理は何も知らないまま実の姉が下半身直結男(100%偏見)に奪われることになった。
「だから原作の柚木友理も怒るんだよ! 『私のいない間にお姉ちゃんをNTRやがってー!』ってさ! あぁ主人公め、忌々しいぃぃぃぃぃっ!!」
「……ユユっちは、朝っぱらから何を言ってるの?」
「うおっう!? 凛子、いつの間に!?」
いきなり声を掛けられたのでビックリして隣を見れば、いつからいたのか長いツインテールを揺らし、ボクと同じ背丈にまで成長したジャージ姿の凛子が追走していた。
「いや、声掛けても気付かなくて近づいたら『NTRやがって』とか、『忌々しい』とか聞こえてきてドン引きしたんだけど。ところで“主人公”って何?」
凛子らしくない呆れ顔で聞いてきた!? しかも地雷が!
「良い子は知らなくていいの!」
「ワンッ!」
ほら! マルコも『主人の言う通りだぜ嬢ちゃん』って言ってるぞ!
「えー、だって気になるんだもん。ユユっち、さっきまで世界を憎むかのような顔をしてたよ? 血涙でも出すのかって心配した」
「え、そんなだったの!?」
“世界を憎む”ときたか。
前世の記憶が戻ってからの10年で、お姉ちゃんへの愛が天元突破したからな。主人公に対してはそれぐらいの怨敵に膨れ上がっていると言っていい。
明日奈に言ったら「家の兄貴を世界の敵みたいに言うんじゃないわよ! そこまで酷くないでしょうが!?」とか叱られそうだな。
「凛子もこの時間にジョギングか?」
必殺、話題逸らし発動。相手は雰囲気で前の会話を忘れる。
「えへへ、『アマテラス特殊総合学園』への入学が近いでしょ? 異能使った模擬戦で絶対勝てるよう自主練を始めたんだー」
「ほぅ、偉いな凛子は」
「今まではユユっちが練習の相手になってくれていたけど、何だか忙しい中で付き合ってくれてたみたいだし? だから、ね」
「気にしなくったっていいのに、凛子は昔から良い子だよなー。あ、例の技の練習は特に念入りにな! 入学式前日までミッチリやれよ!」
「ユユっち、妙にあの技を練習させるよね? 意味あるの?」
意味? そんなの決まってるだろ!
「全部凛子のためだ! そのために何度も練習台になったんだから!」
心が折れそうになるくらい、ボロボロにされたんだからがんばって。
「う~ん……分かった! そこまで言うなら今日も練習するよ!」
凛子、マジで良い子に育ったなぁ。
娘の成長を喜ぶ母のような心境だよ。
「ワゥ~ワン?」
え? 『主人は同い年だろうが。年寄り臭い顔になってたぞ?』って。
いいんだよ! 精神年齢はアラサーなんだから!!
「ただいまー」
凛子と途中で別れ、家に帰ってきたボクとマルコ。
そんなボクらを出迎えたのはお姉ちゃんではなく、
「友理、マルコ……おかえり」
「あ、起きてたのか。ただいま……アルカ」
「ワン!」
見慣れない服を着た、高校生ぐらいの背丈の無表情な少女だった。
彼女の名前はアルカ=メモリア=ミュトロギア。
あの日、流れ星としてボクに激突した子であり、柚木家に身を寄せて保護されている子――つまりは居候だ。
謎の少女アルカ登場!
鏡を見るシーンとか、挿絵だったら綺麗に写るか謎の光が発生するのか分かれますね。
ちなみに、マルコは全く姿が変わっていません。老化もしていません。