プロローグ
新作投稿です。
以前投稿した短編の連載バージョンとなります。
“自分の好きなゲームの世界に転生したら、と考えたことはある”
“でも、大抵は今の自分と同じ性別で考えるもんだろ?”
――目覚めて最初に思ったのは、そんなことだった。
「……マジか」
ボクはこの家に住んでいる柚木友理。
お父さんとお母さん、それに大好きな1つ年上のお姉ちゃんを持つ、今日で5歳になる普通の女の子だ。
女の子……なんだよなー。
「ホントは男だったはずなんですけど……」
今日の朝、目が覚めれば思い出したのは前世のこと。
混乱しつつ最初に確認したのは下半身にある――というか、あったはずの我が息子さん。はい。見事に何もありませんでした。
「転生……ってやつか?」
前世では大学生だった。
最後の記憶は赤信号無視のトラックがこっちに――うん。おもっくそ轢かれてたな! 宙を舞っていたもん。死んでいても何もおかしくないですね!
「普通ならここで現状確認なんだけど……」
どうやら必要ないらしい。
玄関にある鏡に映った自分の姿を見る。
大きな目に少しクセのあるオレンジの髪。家族構成と姉の存在。そして柚木友理という名前。間違いない。ここは――
「転生先が、エロゲの世界って……!」
気をしっかり持たないとフラつきそうになる。
しかし、転生先がかつてハマったエロゲ世界の登場人物とはいったい? どうせなら普通のファンタジー世界に転生したかった。
『ヴァルキリーダンス~2つの月と英傑の乙女たち~』
それが数年前、前世で発売されてから一躍有名になった18禁ゲームのタイトルだ。略称は『ヴァルダン』。
そして、この世界の舞台でもある。
難しいことは説明が長くなってしまいそうなのではしょるが、ようはローファンタジーな世界で選ばれた(県に約数千人)少年少女たち(普通に大人も含む)が扱うことのできる不思議な装備を主軸にしたストーリーとなっている。
幼い頃から自身と共に育てる装備『Heartギア』は1度登録を行うとその人以外には扱えず、個人によって様々な異能を発現させることが出来るという、リアルな科学なんてクソくらえ! 細かいことは気にするな! 考えるな感じろ! な世界観を想像できるゲームならではのアイテムだ。
ちなみに公式や作中で出た説明によると『Heartギア』を通じて装備者の魂を徐々に変化させることで特殊能力を使えるようになるとのことだった。それ以上の説明は無い。選ばれた人間の基準とかどうやって作っているのかの説明もほとんどない。
なんてフワフワ設定なんだろう!!
ゲームに登場する人物は多岐に渡り、当然のことながらヒロインの数もそこそこ多い。そのヒロインのほぼ全員が戦闘に役立つ異能に目覚めて主人公と関わるから“英傑の乙女たち”なんてサブタイトルも付いている。
とまあ、そんなフワフワな世界に死んでしまったらしいボクは『ヴァルダン』に登場するキャラの1人――柚木友理として転生したみたいだ。
「しっかし……なぜに柚木友理?」
幸か不幸か、柚木友理はヒロインではない。
ヒロインはその姉である柚木秋穂だ。
黒髪なおっとり美人に将来なる自慢の姉。今更だけどボクのオレンジ色の髪ってどこから来てるんだろ? 両親は黒髪と茶髪だし、記憶にある限り祖父母にもオレンジ色の髪はいなかった。隔世遺伝? それとも遺伝子の誤発注? ゲームだからの一言で片づけられそうだけど釈然としない。
話を戻すが、問題は柚木友理がどんな人物かだ。
簡単に言えば、王道なエロゲに1人はいる少しサービスシーンがあるだけで主人公と結ばれることもないクラスメイトの1人、という存在意義がやたら情報通の男子と同じぐらい微妙な位置のキャラである。
人付き合いは良く、明るく行動的。少しギャルっぽさがあって、オシャレ好き。そして、柚木秋穂ルートに入るとより深く関わることになる。
しかし、攻略対象ではない。
もちろん人気は十分あるキャラだ。
見た目は普通と言いながらも現実でプレイする紳士たちからしたら十分美少女の分類に入る。そのため「もしかしたら隠しルートで柚木友理が攻略できるんじゃ?」などという憶測もネットで広まった。結局無かったが。
まあボクもワンチャンに掛け、柚木友理が登場するイベントを全て各ヒロイン攻略の合間に消化しておくということをやり――約十時間を無駄にしただけになったという悲しい記憶が。
そんな柚木友理に転生してしまったボクだが……
「だからどうしろと?」
ライトノベルなどで転生した人物が最初に当たる壁の1つ“転生したけど、これからどうしよ?”にボクも当たってしまった。
問題無いなら柚木友理として生きていくのがベストだろうけど、ゲームで性格を知っているからってその通り生きていかなければいけない理由もない。ぶっちゃけ意識している方が生きづらそうだ。
結論――
「バレないようにだけ気を付ける。後は保留」
柚木友理は現在5歳。
良くも悪くもそこまで個性的ではない女の子として5年間を生きてきた。よっぽど突拍子もない行動さえ取らなければ疑惑の目を持たれる心配はないはず。姉も両親も細かいことは気にしない性格だからいけるだろう。
「友理~ごはんよ~!」
「え!? あ、は~い! 今いくー!」
今世のお母さんがお呼びだ。
考えたいことはまだまだあるけど、朝ご飯を食べてからまた考えよう。
何気ない朝の風景。
いつもと変わりなく両親は談笑し、テレビで天気予報を放送している。
そんな中でボクの1番の関心は、
「ん? どうしたのユウちゃん?」
「えへへ。何でもないよお姉ちゃん」
『ヴァルダン』のヒロインこと柚木秋穂だ。
画面で何度も見た姿より大分幼いけど本人だ。あのゲームで癒し系先輩のポジションにいた本物のヒロインが目の前にいる。非常に感動だ!
ボクは例外なく『ヴァルダン』のヒロインたちが大好きだ。
高校生の時からしていたギャルゲーではなく1段ハードルが高いエロゲを買ったのも、ネットで見かけたパッケージのイラストやサンプル画像に不思議なほど惹かれたからだった。後は、アレだ。ボクも年齢的にそっち系のゲームをやってみたかったという理由もある。ボクも全国にいる紳士の1人だったんだ。
ちなみに、ボクこと柚木友理には姉が言った“ユウちゃん”以外にも“ゆーゆー”とか“ゆゆっち”とかの呼ばれ方があった。
「ユウちゃんも5歳かー。早いなー」
「あー……うん。そうだね」
前世の記憶が上書きされた影響か、この5年間の記憶はダイジェスト風でしか思い出せない。5歳の女の子の記憶より大学生の男の記憶が優先されるのは当たり前だけど、それで考えると精神年齢が姉と妹で随分違ってくる。
柚木秋穂――もうお姉ちゃんって呼び方固定でいいや。
記憶の上書きと精神的なアレコレから、昨日までは“大好きなお姉ちゃん”というそれ以上でもそれ以下でもない“家族の1人”という存在だった。
しかし今のボクにとっては保護対象のような、あるいは少し離れた場所で見守るべき愛しい存在になっている。不思議な感覚だ。
今後の妹ライフ、多少なりとも意識していないと将来お姉ちゃんの性格に影響が出るかもしれないな。
柚木秋穂は元気な柚木友理の姉であろうとしたからこそ、癒し系先輩ポジとして主人公とも深い仲になって……?
「……あ!?」
「ユウちゃん?」
そうだ。そうだった。
お姉ちゃんはあのエロゲのメインヒロイン。そう、ヒロイン!
18禁ゲームに登場するヒロインたちほぼ全員に求められるのは、当人のルートに入った主人公とフラグを立て続けて仲を深めること。そして最終的にはゲーム内時間で付き合い始めて1か月も経たずに服を脱ぐようなイベントが……!!
ギギギと、錆び付いた機械のような動きでお姉ちゃんを見る。お姉ちゃんは何故かビクッっと震えた。
そりゃボクもあのエロゲをプレイした1人だから当然、柚木秋穂ルートを何度かクリアした。必然的ニャンニャンいやーん♪なシーンを見てきたわけだ。
その時は深く考えなかったが……
今世の実姉が、
付き合ってすぐの主人公と、
あんなことやそんなことをする?
大好きなお姉ちゃんが? ヒロインたちが?
「………………」
「ユ、ユウちゃん?」
「………………ブルッハ」
強烈な胃の痛みに襲われたかと思ったら、口から大量の血が出た。あれ? もしかしなくても、これって吐血――
「「友理!?」」「ユウちゃーーーーーん!!」
あ、意識が遠く……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目覚めたら病院のベッドだった。
もしかして全部夢で、事故から奇跡的に助かったんじゃと下半身を確認して――やっぱり無かった我が半身。もう永遠に戻ってこないんだなー。
そして駆けつけてくる我が自慢の姉。
「もう、本当に心配したんだからね! ユウちゃんどうして胃に穴が開いちゃったの!? ストレスが原因だって話だけど、お医者さんが“何か辛いことでもあったんですか? いやマジで”って真顔で聞いてきたよ!!」
「むしろボクが聞きたい」
いや、原因は分かっている。
『ヴァルダン』の主人公と、ヒロインであるお姉ちゃんが18禁なことしているシーンを思い出してしまったからだ。
しかも、お姉ちゃんの方が年上だからか主人公よりもそっち方面で積極的で、初体験でも未経験ながらリードしようとして――
「グフッ」
吐血再び。
「いやあああああああああっ! ユウちゃんがまたお口から血ぃいいいいいいい!! お母さん! お父さん! 先生ぇええええええええっ!!」
――う、ん。
ギリギリ意識はあるな。しかし5歳でストレスが原因による胃の損傷からくる吐血とか……病弱キャラで通すべきか?
速攻で1週間の入院が決まった。
分かっていたよ? この展開。
時刻は深夜。
あっという間に1日が過ぎたなー。今日のボク吐血してばっか。お姉ちゃんのトラウマにならないことを祈ろう。
「さて、いい加減落ち着いて現状の問題点を確認しよう」
1つ目にして最大の問題点はこの世界が元の世界とは似ているようで異なる世界だという点だ。
柚木友理としての記憶を洗い出し、『ヴァルダン』全てのルートの重要情報を思い出したことでハッキリしたこと。
この世界、ちょっと貞操観念が緩い。
事に至るまでが早いのだ。常識的な人なら異性と付き合ってもすぐにはそんなことしない――はず!
実際、清い付き合いならしばらくはデートだけで満足するんじゃないかな?
ボクは前世じゃ年齢=恋人いない歴だったけど、男女関係なく付き合ってすぐ「ちょっとホテルで休憩しない?」とか誘ってきたら普通に引く。
むろん例外はあるだろう。
最初からイチャイチャしてる幼なじみ枠だったりとか、付き合う前に雰囲気でしちゃってたパターンとか。そういう人たちなら初デートでお城なホテルに向かっても不思議じゃ……ないのか? やっぱ早いような? ……この問題は一先ず置いておくか。
気を取り直してゲームのメタ的考察だ。
前提として美少女系エロゲの場合がそうだけど、物語の始まりから終わりまでが大体1年もなかったりする。ハイスピードな物語になると1ヶ月も経たずにエンディングになる。
そして、主人公はある程度の共通ルートを経てどのキャラクターと結ばれたいかを決めたら、そのヒロインの攻略に乗り出して個別ルートへ入る。
そこから数々のフラグやイベントを消化して付き合いだすのだ。
ここまではいい。
良くはないけど話が進まん。
問題なのはヒロインと結ばれるプレイヤー、もとい主人公くんである。
『ヴァルダン』の主人公は悪い奴ではない。むしろ良い奴だ。そして、優しくて困った人を見たら何かにつけ助けようとする。
うん。この時点で女の子に惚れられる要素がいっぱいだな。
むしろ、なぜ中学で彼女を作らなかったのかと問い詰めたい。
物語が始まる前に彼女がいればボクがこんなに悩む必要も無かったし、ストレスで胃に穴も開かなかったはずだ。
そんな主人公、一見すると貞操観念も高い人物に思えるが、残念ながらというか案の定というか……ヒロインと付き合い始めたら結構積極的になる。
ルートによっては数日でヒロインとしやがる。
押しの弱いヒロインには自分から徐々にスキンシップを増やすし、普通のヒロインとはその場の雰囲気でやったりする。唯一の例外はエロ方向に意外と積極的なお姉ちゃんのようなタイプで――
「……はっ! あ、危ない危ない。また吐血するところだった」
さすがにこれ以上の吐血は命に関わる。
とにかくだ!
そんな奴にお姉ちゃんも、そして他のヒロインたちも、断じてお付き合いなんてさせてたまるか!
完っ全に個人的な理由だし理解されないのも分かっているが、それでもヒロインたちを! 特にお姉ちゃんを! あんな下半身と脳が直結しているような主人公(100%偏見)に渡したくない!!
性格だけはいいんだから、彼女にするなら別に他の女子生徒でもいいはずだ! フラグ立てるんならそっちで立てろ!
ゲームの中ならともかく、転生した以上ここがボクの現実なんだ。
その場の雰囲気で突拍子も無くエロ展開になるのも、ハーレム展開になるのも、ボクの近くで起こるなぞ全部お断りだ!
そのためには今後の主人公とヒロインが関わることになるイベントのフラグを折っておく必要がある。
何人かのヒロインなら今からできることもある。それ以外の物語が始まらなければ会うことが難しいヒロインのことは、その都度考えよう。
1番最悪のパターンは主人公もボクと同じ転生者で、難易度ルナティックなハーレムエンドを目指している場合だ。
……うん。考えただけで殺意が沸く。つーか半殺し確定。
「退院したらすぐ行動しよう」
決意を胸に窓の外に広がる夜空を見る。
そこにはタイトルにあった、この世界が地球とは異なるローファンタジーの世界であることを証明する金銀2つの月が輝いていた。
短編バージョンの後半部分は10話前後からとなりますので、温かく見守ってくれると嬉しいです。