第六話 酒
昼食が終わり、マンテは住まいの内装の細部を魔法で作っていた。
「うむ、こんなものか………」
次に、前世の記憶を頼りに、神殿風の柱でも作ろうかと思案していると、コロネが広間へと飛び込んできた。
「た、大変にゃ!! 馬車が襲われているにゃ!! すぐ来て欲しいにゃ!!」
「えっ? 馬車? こんな森の奥に?」
「いや、この辺りではないにゃ。皆でオリーヴィアの背に乗って空中散歩を楽しんでいたら、道のところで何やら馬車が襲われていたんにゃ」
「こんなところに道なんてあったかな……?」
「とにかく来てほしいにゃ」
俺はコロネの後をついて行くと、家の門の前にはオリーヴィアがいた。その背中にはクールベとヘルゲもいた。
「早く乗ってくれ、マンテ殿、間に合わなくなる、コケッ」
クールベがおりーヴィエアの背の上から羽で手招きをした。
「乗っても大丈夫か?」
マンテはオリーヴィアに確認をとった。
「それは大丈夫なんですけど………本当に行くんですか~?」
「行くにゃ。早くしないと間に合わないにゃ」
オリーヴィアは人間に襲われるのを危惧しているのだろう。マンテもできる事なら、この世界の住人とは関わりたくはない。しかし、コロネとクールベがやる気を出しているのだ。主として、規範となるような行動をとらねばならない。マンテは少し逡巡した後、決断した。
「分かった。助けに行こう」
「流石は主殿じゃ。儂は主殿の判断に従うだけじゃ」
ヘルゲは首を何度も上下させ、深く感心した。
「わ、わ、分かりました。それじゃあ、向かいます~」
オリーヴィアはマンテを乗せると飛び立った。
森の木々の少し上を低空飛行し、目的の場所まで数十分ほどで到着した。
「あそこにゃ」
コロネが指さす方をみると、たしかに馬車があったが、人の気配は少しもしなかった。そして前にいるはずの馬もどこかへと姿を消していた。残っていたのは馬車につながれていた荷台だけであった。
「遅かったか………」
マンテはオリーヴィアから降り立ち、馬車の周りを一周して呟いた。
少し血の跡が残ってはいるが死体らしきものは一つもなかった。
「ふ~、どうやら間に合っ………わなかったにゃ」
コロネは言葉を詰まらせて残念そうにする。
「それにしてもこの馬車に乗っていた人たちはどこへ行ったんだ」
「どこかへ逃げたんじゃないのか? コケッ」
「そうか。たしかに、死体もないし、無事に逃げられたのかもしれないな」
往復でかなりの時間が経っているのだ。オリーヴィアの背に乗ってる時に、あまりに時間がかかったので薄々間に合わないのではと道中に感じていたマンテである。むしろ死体の山がなかっただけでも安心であった。
「それで、この積み荷はどうしますかな? 見たところ、食料品のようですな。ここに置いておけば魔獣の餌になって、この道に魔獣が集まって来てしまいますな」
「魔獣か………集まると厄介か……」
「左様ですな。ここは一つ人助けと思って、全て持って帰ってはいかがですかな? 長い事放置されている様子。今日明日に戻ってくるとは思えません」
「そうにゃ。それがいいにゃ」
「い、い、いいんですか~?」
「いいに決まっているだろ。それがみんなのためなんだ。ワンフォーオール、オールフォアワンだ。コケッ」
「ほ、本当に意味あってるんですか~?」
「うるさい。コケッ。持って帰った方が魔獣も寄ってこないし、皆の安全のためには最良の選択なんだよ。コケッ」
「そ、そんなに怒らないでください~。グスッ でも、この積み荷が無くなったりしたら人間達が探しに来ませんか?」
「大丈夫にゃ。マスターの住んでるところは結構遠いし、結界が張ってあるから大丈夫にゃ。見つかることはないにゃ」
「そ、そうだったんですか~。なら、大丈夫そうです~」
「それじゃあ主殿、例の風魔法で積み荷だけ持ち上げてくだされ」
オリーヴィア以外の3匹が期待の目をマンテに向ける。
マンテは荷台にある荷物を風魔法で浮かせる。
「この檻のようなものはいらないな」
荷台の中央には檻が置かれていたが、檻の扉は開かれていた。最初から何もいなかったのか、それとも一緒にどこかへ逃げたのか、マンテにはその判別はつかなかった。
マンテが荷台にあった積み荷を空中に浮かせるのを見たオリーヴィアは感嘆の声をあげる。
「す、すごいです~。見事な風魔法です~。普通、風魔法は全て吹き飛ばしてしまうのに、全てを制御化におくなんて、繊細な魔力コントロールです~」
「それじゃあ、このまま乗らさせてもらうぞ。重さは俺一人分しかかからないはずだけど、重かったら言ってくれ」
マンテは魔法で積み荷を浮き上がらせたまま、オリーヴィアの背に飛び乗った。
「本当です~。これなら全部持って帰れます~」
それから、3匹を背に乗せると、オリーヴィアは元来た方向へと飛び立った。
家へと帰ると、一人と四匹は庭で花見をしながら酒盛りをしていた。花はつい先日湖から引っこ抜いてきたマンテが桃だと思っているものである。
何故酒盛りが始まったか、それは積み荷の樽の中に水のようなものが入っており、飲むと一人と四匹は楽しい気分になって杯を重ねてしまったのである。
マンテにとってはこれが初めての酒で、まだそれほど酒に強くなかったためにしばらく飲んでいるとその場で眠ってしまった。
眠ってしまったのを見て、オリーヴィアは口を開いた。
「グスッ、グスッ、ほ、本当に持って帰って良かったんですか~? す、少し罪悪感が………」
オリーヴィアは泣き上戸だった。飲んでからずっと泣いている。
「気にする事はないぞ。実際、俺たちは何もしてねぇしな。コケッ」
「そうにゃ。気にする事ないにゃ。あっち達を見てびっくりして逃げ出した向こうが悪いにゃ。あっち達は善良な動物にゃ。むしろあっち達を見てびっくりするなんて、あっち達のメンタルが傷がついたにゃ。そういう意味でいったらあっち達の方が被害者にゃ」
「おっ。そう考えれば、積み荷も当然の慰謝料ってわけだな。コケケッ」
「それに何やら檻の中の人物と揉めていたようだしのぅ。あながち馬車が襲われていたというのも嘘ではないじゃろう」
「それにしてもヘルゲのじいさんが積み荷を持ち帰るのを賛成してくれるとは思わなかったな。コケッ」
「何を言っておるんじゃ。儂は主殿のためを思って行動しておるのじゃ。見て見ろ。子供のような寝顔じゃ。まだ無垢の心を持っておられる。儂は主殿のためならばどんな汚名でも被る心づもりじゃ」
子供のような寝顔ということだが、マンテはまだ15歳、この世界でも十分子供の年齢である。
「汚名じゃないにゃ。今回はあっち達が被害者にゃ。これは当然の報酬にゃ」
コロネの心には一片の曇りも存在していない。
「でも、そうだな。俺もマンテ殿のためならば何だってするぜ。手厚くもてなしてくれるしな。前のゴブリン達とは大違いだぜ。コケッ」
「あっちもにゃ。マスターの作る料理は最高にゃ」
「グスッ。私も傷を癒して貰って、安住の地を提供してもらいました~」
ヘルゲは大きく頷いた後、皆を見回した。
「どうじゃろう。儂等四匹、マンテ様に仕える同志として、四天王の契りを結ぶというのは?」
「四天王にゃ?」
「古より伝わる魔王の守護者の契りじゃ。それぞれが《玄武》《白虎》《青龍》《朱雀》の称号を冠し、主殿をお守りするのじゃ」
四天王という響きにそわそわするコロネとクールベ。
「なかなかいい響きにゃ。あっちは《白虎》にするにゃ」
「じゃあ俺は《朱雀》だな。コケッ」
「儂は《玄武》じゃ。残った《青龍》の称号はオリーヴィアのものじゃ」
「グスッ グスッ えっ? えっと…………」
オリーヴィアが何かを言う前にヘルゲは口上を述べ始める。
「我ら四匹、生まれし日、時は違えども四天王の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、忠誠を誓うものには手を差し伸べん。同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん。マンテ殿よ、実にこの心を鑑みよ。義に背き恩を忘るれば、全力をもって戮すべし」
眠っているマンテの方を向き、ヘルゲは声高らかに乾杯の音頭をとった。
「にゃはー」
「コケー」
ノリノリな二匹。
「えっ、えっ??」
有無を言わさずどんどんと決まっていく事に戸惑いを隠せないオリーヴィア。そもそも竜の寿命を考えれば同じ日に死ぬというのは受け入れる事は断じてできない事である。しかし、オリーヴィアにはわざわざこの場のノリを壊すなんて事ができるはずもなかったので、潔く受け入れる事にした。
どうせ酒の入った席での事なのだ。本当に同じ日に死ぬなんて事はないだろうと高をくくる事にしたのであった………
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「どういう事だっ!! 積み荷が全て奪われてやがる。エルフ達から購入した高額商品だっていうのに」
馬車の積み荷へと戻ってきた男たちは声を荒げていた。
「仕方ないですよ。アイスドラゴンですよ。この間Aランク冒険者ですら討伐に失敗したらしいですから。命が助かっただけでも儲けものですよ」
街から連れてきた腕利きの護衛の一人が男達をなだめるようにして声をかける。
「どさくさに紛れて、エルフ達から買った奴隷のダークエルフにも逃げられるし。ふんだり蹴ったりだぜ。くそっ」
「エルフの森まで行って帰って来るのに護衛代をけちったりするからですよ」
護衛の一人は今後のためにも宣伝活動を怠らない。
商人たちは苦い顔をつくる。
商人たちとて護衛をケチったつもりはなかった。しかし、そのことで反論するつもりはなかった。今後の事も考えると、冒険者ギルドと対立しようとは思わなかったからだ。
商人たちは護衛費用を安くする方法を思いついた。その方法がダークエルフを購入するというものであった。
行き道なら積み荷はないので魔獣に襲われても逃げればいいのだ。現金しか持たぬなら、駿馬さえ用意すれば何とか逃げ切れることができる。そして、護衛が必要となる帰路は奴隷のダークエルフにしてもらうのである。
そして、無事帰れば、それを売り払う事もできるという素晴らしいアイデアだったのである。
しかし、アイスドラゴンという未曽有の驚異があっさりとその画期的なアイデアを無に帰してしまったのであった………