第五話 竜
夕食を何にしようかと考えている夕方頃に事件は起こった。
ズドンという大きな音と共に地面の大きな揺れがマンテ達を襲った。
その音を発したものはマンテの結界を破り、空中から庭へと飛来した何かだった。
マンテはその正体を確かめるべく外へと飛び出した。
コロネ、クールベ、ヘルゲの3匹も恐る恐る、外の様子を伺った。
「何にゃあれは?」
「ド、ドラゴンじゃねぇか!! コケーッ!!」
「おお~、神の御使いじゃ~」
庭には何本もの矢が刺ささったままの、負傷したドラゴンが横たわっていた。
「うう~、動けません~。痛すぎます~。グスッ、グスッ」
クソジジイからはドラゴンは生物の中でもトップクラスの実力だと教えられていた。だが、目の前にいるドラゴンは弱っているのと、波長が合って言葉が分かるのとで恐ろしさは感じなかった。
また、そのドラゴンはマンテの身長の3倍程度の大きさしかなかった事もマンテの警戒心をゆるめた。成長したドラゴンはクソジジイの話が本当なら、この5倍以上には成長するはずである。
マンテはドラゴンに話しかけた。
「どうしたんだ? 大丈夫か?」
「グスッ、グスッ、えッ、人間ですぅ~。私を攻撃するのはやめてください~。命だけは~」
ドラゴンは傷ついた翼で顔を隠し縮こまる。
「落ち着け。危害を加えるつもりはない」
「せめて鱗一枚で許してください~、牙とか肝なんて私のを取っても意味ないですぅ~。そ、そ、そ、そうです。私の内臓なんて毒がありますから、薬になんか使えません~」
「おい、話を聞け。一度落ち着くんんだ」
飛来したドラゴンは体を小さくして怯えていた。そのためか、マンテの話が耳に入っていないようだった。
マンテはドラゴンに近づいた。
「ひぃ~、近づかないでください~………えっ」
マンテは翼に刺さっている矢を一本抜いて、回復魔法をかけてやる。
「矢が多いから時間がかかるけど、全部治してやるからじっとしていろ」
「えっ?? ニンゲンなのに私を殺さないんですか~?」
「言葉が通じるようだしな。波長が合うということだろう。殺したりはしないさ」
「そう言えば、私、ニンゲンと会話してます~。うぅ~、うわ~ん」
安心からか、ドラゴンは急に泣き出した。
マンテは残りの矢を抜いては回復魔法をかけるということを繰り返した。
危険がないことを悟った三匹のペットもドラゴンに近づいた。
「泣き虫ドラゴンにゃ」
「流石は主殿じゃ。ドラゴンさえも手懐けてしまわれた」
「やれやれだぜ。コケッ」
「あなた達は? グスッ、グスッ」
「あっちはマスターの右腕、盗賊猫のコロネにゃ」
「あっ、この野郎!! 俺様がマンテ殿の真の右腕、クールベ様だ。コケッ」
相変わらず2人はもつれあいながら揉めている。
「儂は主殿に忠誠を誓ったヘルゲじゃ。してお主の名は? そして、どうして主殿の居住に飛んできたんじゃ?」
大物感を出しているがヘルゲはただの亀である。
「私はオリーヴィアといいますぅ~。ここに来たのは偶然なんですぅ~。昼間に空を飛んでいたら、何もしていないのに、いきなり魔法の攻撃が飛んで来たんですぅ~。そ、そ、それで、地上に落ちたら今度は剣でニンゲンが襲い掛かってきたんですぅ~。うっ、うっ。死ぬかと思いました~。無我夢中でブレスを吐いて、ニンゲン達が戸惑っている隙に飛び立ったんですぅ。そしたら今度は私に矢が襲い掛かってきたんですぅ。いっぱい、いっぱい飛んで来たんですぅ。それがいっぱい当たって、無我夢中で逃げたら、気付いたらここに来てしまいました~。悪気はなかったんですぅ~」
マンテはドラゴンのエピソードを聞いて、やはりこの世界のニンゲンは狂気に満ちている事を再度確信した。ドラゴンの力は生物の中でも最強だとクソじじいが言っていた。そんな相手にわざわざ喧嘩を売るような真似をするなんて狂っているとしかいいようがない。幸い目の前のドラゴンは好戦的でないから良かっただけである。ニンゲンの世界は修羅の国であることは間違いないようだと確信を得る。
マンテはそんな事を考えながら、ドラゴンの治療を全て終えた。
「よしっ、これで全部だな」
最後の一か所を治療して、ドラゴンの背中から飛び降りた。
「全然痛くないですぅ~。ありがとうございますぅ~」
「それで、お主はどっちなんじゃ?」
ヘルゲは片目をクワッと見開いて、勿体ぶって質問を投げかけた。何度も言うがただの亀である。
「ど、どっちってなんですか~?」
オリーヴィアだけでなく、マンテも何を言っているのか分からない。
「ふっ、この世界には2種類の生物しかいない。マンテ様に仕えるものとマンテ様に牙を剥くものじゃ。お主はどっちなんじゃ?」
仕える者の反対は仕えない者ではないかとマンテはツッコミたいところであったが、その前にオリーヴィアは返答する。
「えっ、あっ、えっと、治療して助けてもらったのに牙を剥くなんてしません。そんな恩知らずじゃないですぅ~」
「ならば、忠誠を誓うという事じゃな」
「やったにゃ。ドラゴンが後輩になったにゃ。困った事があったら、あっちに頼るにゃ」
「やれやれ。オークを倒したのを見た時、もうこれからは何が起こっても驚かないと決めていたが、まさかドラゴンを配下に置くとはな。コケッ。マンテ殿はどこまでいってしまわれるのか……オリーヴィアよ。困った事があったら俺に頼るといい。コロネは口だけだ」
「にゃに~」
「コケケッ」
オリーヴィアは仕えるものだと一言も発していないし忠誠を誓うとも言っていないのだが、言っていないと本当の事を言える雰囲気ではない。3匹が異様に盛り上がってしまっている。元来、気の弱いオリーヴィアはここでNOと言えるドラゴンではなかった。
「………よろしくお願いします~」
オリーヴィアは空気を読んで仲間になる事にした。ドラゴンの長い寿命の中でここで少し暮らすことはほんの些細な事だと考えてしまったのだ。
「じゃあ、オリーヴィアの住みやすい居住環境を作らないとな。部屋も大きめに作って……地面を掘って地下にも部屋を作るか!!」
マンテはドラゴンのための地下空洞を魔法で作り出した。そして、城の一室を改造してオリーヴィア専用の部屋を3階に作り、テラスから出入りできるように作りかえた。
出来上がった地下室を見てオリーヴィアは感嘆の声を上げる。
「な、なんか、凄いですぅ~。前に住んでたところよりずっと快適ですぅ~。本当にここにいていいんですか~?」
「気に入ってくれて良かったよ。好きなだけここにいてくれ。話相手はたくさんいた方が俺は嬉しいしな」
人間以外だけどな………
マンテはドラゴンをも軽々と屠ろうとする人間にさらなる畏怖の念を抱いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「くそっ、どっちだ!! どっちに行きやがった!!」
青い甲冑を身に纏った男が森の中で吠えた。
「どこにも感知できません。私の魔力感知ですら反応しないなんて!!」
黒い三角帽に黒いローブを着た魔法使いの女が狼狽する。
「私の矢が結構当たっていましたからねぇ。もしかすると、死んでしまったのでは?」
フードを被った男は弓に矢をセットした状態で周りを警戒しながら応えた。
「これ以上森の奥に入るのは危険だと思います。この森の奥はまだ未開の土地です。この先にはドラゴンよりも強力な魔物が潜んでいると言われていますよ。本当に行くんですか? 戦力も半減しているというのに………」
白い神官の服装を身に着けた女性は、これ以上進むことを躊躇していた。ここまで到達するのに仲間の半数近くがやられているのだ。
「アイスドラゴンだぞ。死体から莫大な金になる素材が取れるんだぞ!! 奴のブレスで3人やられてるんだ。それが素材も取れない、討伐証明の証もないじゃあ大赤字もいいところだ」
青い甲冑の男は是が非でもドラゴンから素材を剥ぎ取り、大金を手に入れたかった。そうでなければ、ドラゴンのブレスで重症を負った3人の治療費にアイスドラゴン討伐の準備等を考えれば借金も考えなければならないのだ。
「でもアリスの魔法感知で探せないのであれば、どうしようもないのでは? この辺りを捜索するには危険が大きすぎます」
神官服の女性は何としても森の奥に入る事を止めたかった。回復役であるこの女性は危険な場所には極力ついて行きたくはなかった。
3人の視線が黒いローブを着たアリスの方を見ると、アリスは首を横に振った。
それは、アイスドラゴンがこの広大な魔の森のどこにいるかを見失ってしまった事を意味していた。
「くそッ!!」
青い甲冑の男は剣で近くの木を切りつける。その剣筋は木でとどまる事なく、斜め下へと抜けていく。鞘に剣を収めたとき、木の切られた部分が斜めにずれて、横へと倒れた。
「………仕方ない。帰るか………」
青い甲冑の男は帰ることを決断した。満身創痍の状態でこの森を攻略するのは危険だと判断した結果だった。この危険度への見切りこそが、この男をAランクのリーダーたらしめる所以である。
そうなのだ。この4人はAランク冒険者なのである。ドラゴンをも討伐する力を持つAランク冒険者である。しかし、その冒険者チームがAランクであるのは本来の8人いてこそである。
8人いたチームメンバーはドラゴンのブレスにより、3人ほど回復魔法が効かぬほどの重傷を負ってしまった。残った5人は1人を3人の治療のために残して、4人で飛び去ったアイスドラゴンを追っていたのだ。
重傷を負ったドラゴンなんて、滅多にないシチュエーションである。このチャンスを逃す訳にはいかない。是が非でも仕留めるため、万全の状態ではないにも関わらず無理をして追っていたのだ。
しかし、魔の森という未だ未開の土地でドラゴンの行方を見失ってしまったのだ。
こうして、4人はドラゴンの捜索を打ち切り、街へと戻ていった。
そのドラゴンは今、マンテの結界の中で優雅に甘い果実を食していたのだが、4人達にはそれを知る術はないのであった………