第四話 花
「ところで、コロネはいつからマンテ殿の元にいるんだ? コケッ」
「一週間前にゃ」
「コ、コケッ!! じゃあ、ほとんど俺が来た時と一緒じゃないか!! それで先輩風を吹かせるなんて納得がいかないぞ」
「一日でもあっちの方が先輩は先輩にゃ。敬うといいにゃ」
「先輩とは認めん!! 俺は卵を毎日届けてマンテ殿に貢献しているのにお前はどうだ。何かしているのか? ただ食べて寝ているだけではないか」
「にゃ? し、し、し、心外にゃ。あっちがいるかいないかで全然違うにゃ。とっても役に立ってるにゃ。クールベ程度ではあっちの凄さが理解できないにゃ」
「へぇ~、例えばどんなことだ? コケケ」
「そ、そ、それは………ち、知識にゃ。あっちの野性の嗅覚で見つけた食べ物で貢献しているにゃ。だからあっちはマスターの頭脳といえるにゃ。軍師にゃ!!」
「そんな頭脳があるとは思えないけどなー。じゃあ俺はマンテ殿の右腕という事でいいな」
「失礼にゃ。それにクールベには右腕は務まらないにゃ。あっちが頭脳であり右腕にゃ。クールベは左腕がお似合いにゃ」
「なんだと?! コケッ!」
「やるのかにゃ」
2匹は不毛な争いを玉座の間で繰り返していた。
マンテは2匹の仲裁に入る。
「喧嘩はやめろ。2匹とも仲良くするんだ」
「あっちの事を無駄飯くらいと言って馬鹿にしてくるにゃ。あっちのおかげで食糧事情が改善されていってるにゃ。今日も甘い果実の情報を提供しようと思っていたにゃ」
「甘い果実?」
「どうせガセネタだろ!!コケ!!」
「違うにゃ。ずっと小屋で生活していたクールベには分からないにゃ」
「な、な、何だと!! コケッ」
「いい加減にしろ! それで、その果実はどこにあるんだ?」
「ずっと向こうにゃ。池の周りにその果実の木が生えてるにゃ」
コロネは片腕をあげて、東の方角を指さした。
「果実か………行ってみるか」
マンテは甘い果実の味を想像してゴクリと喉を鳴らした。差し当たって、食の充実こそが第一課題である。
「じゃあ、俺も行くぜ。コロネが本当の事を言ってるか確かめないとな。コケケッ。マンテ殿、俺に魔法をかけてこないだのように宙に浮かせてくれ!!」
「本当の事にゃ。本当にあったらあっちの事を二度と役立たず扱いしちゃいけないにゃ。マスター、クールベだけ魔法をかけるのは不公平にゃ。あっちにもかけるにゃ」
マンテは二人の仲の悪さにため息をついた。
マンテは二人に風魔法をかけてやる。
「おお、これこれ」
「にゃ、これは凄いにゃ。浮遊感が溜まらないにゃ」
「じゃあ行くか、コロネは俺の前を飛んでもらうぞ。その場所まで先導してくれ」
「分かったにゃ。任せるにゃ」
俺達はコロネを先頭にその果実の木の生えている場所へと向かった。
「あそこにゃ。あのピンク色の花が咲く木にゃ」
「あれは………」
池の周りにピンク色の花を咲かせた木がぐるりと生えていた。そこにあった花は何故かマンテの郷愁を誘った。何故、郷愁を感じるのか疑問に思ったが、少し考えて合点がいった。前世の記憶にある桜の木のようであったからである。前世の国では桜の木がその国のシンボルであった気がするのだ。
しかし、桜に果実はできない。
近づいてみると、確かに木には実がなっていた。その果実を魔法で3つばかり撃ち落とし、皮をむいて、コロネとクールベに渡してやる。
そして全員、それに齧りついた。
中から果汁が溢れ出て、優しい甘さが口内を満たす。
「これは桃というやつか………美味いな」
形と味から、マンテの前世の知識と照らし合わすとこれは桃という果実によく似ていた。くそじじいと暮らしている時は修行、修行でこんなところに果実がある事なんて知らなかったのが悔やまれる。
「うめぇー、やるじゃないか。コロネでも役立つ時があるんだな。コケッ」
「いつも役立ってるにゃ!! これからはちゃんと先輩として敬うにゃ」
「ぬっ、……それとこれとは話は別だな。俺とほとんど一緒にマンテ殿の下についたんだからな。先輩も後輩もないな」
「約束と違うにゃ」
「そんな約束はしてねぇ。コケッ」
すぐに言い争いを始める2匹を放って、マンテはこの木を家に持って帰れないかを考えていた。土魔法で地面を掘り起こし、根とその周りの土ごと風魔法で運べば何とかいけるのではないだろうか。
そんな事を考えていると、マンテの耳に微かな声が聞こえてきた。
「たす………助けてくれ」
声のする方を見ると池のそばにオーク3匹が何かを取り囲んでいた。
そして、その微かな声は取り囲まれた何かから発せられていた。
「儂など取って食っても美味くないんじゃあ。誰か!! 助けてくれー!!」
「グギャギャギャ」
「グギギギ、ギャギャグ」
「グギャグギャ」
3匹のオークが中心にいる生き物を棒で弄んでいた。よく見るとその棒でつつかれている生き物はコロネと同じくらいの大きさの亀であった。
「コケッ!! オークじゃねぇか。早く逃げなきゃ喰われちまうぞ。ここはオークのたまり場だったんじゃねぇか。こんな危ない場所に連れてくるなんてどういう事だ!!」
クールベは羽をばたつかせて、オークから遠ざかろうとする。
「にゃ、にゃ、前はいなかったにゃ!! そんな事より、あっちより先に逃げ出すなんてありえないにゃ。クールベは殿にゃ。あっち達の囮になるにゃ」
コロネはクールベを掴んで離さない。
「コケッ!! コロネが殿をやれ!! マンテ殿の右腕を自負するなら、そのくらいして当然だろう!!」
「あっちは左腕にゃ!! クールベが右腕って言ってたにゃ。だから、クールベがちゃんと囮になるといいにゃ」
マンテは2人がもみ合っている姿を一瞥して、オーク達の方をもう一度見る。
前世の記憶でこんなシチュエーションがあった気がするな。たしか、亀を助けたらいい事があった気がする。
前世の記憶が混濁しているマンテは、亀を助けるべきだという使命に駆られた。波長も合っている事がさらに助ける理由になった。
オーク3匹に向かってマンテは声をかけた。
「おい、お前らやめてやれ。と言っても波長が合わないから、俺の言葉は分からないか………」
オーク達はマンテの方を見る。
「コケッ!! 気づかれたぞ!! マンテ殿何をしているんだ!! って、おい、やめろ、俺の羽を掴むのをやめろ!!」
クールベは叫んだ。
「そっちがあっちの腕を掴むのをやめるにゃ!!」
コロネも叫んだ。
「おーー、救世主じゃ」
亀は祈りを捧げた。
「グギャ、グギャ」
オーク達は臨戦態勢を取り、マンテの方へと一歩を踏み出す。
「今日は久々にオークの肉で焼肉にするか。【風の刃】」
マンテにとってオークは脅威にもならない只の食材である。
風の刃を3つ創り出し、瞬時に3匹のオークの首を切り飛ばす。
「にゃ? 凄すぎにゃ!! オークを一瞬で葬り去ったにゃ」
「コケッ!! 俺達の主人はこんなに強かったのか!?」
「…………逃げようとするなんて、右腕失格にゃ。やっぱりあっちが右腕にゃ」
「コケッ!! コロネも逃げようとしていただろうが!! マンテ殿の右腕は俺こそが相応しいぞ」
2人がもみあっているのを無視して、マンテは亀の方へと近づいた。
「お~、助けてくれて有難うございますじゃ。儂はこの池に住み着いているヘルゲと申すものですじゃ」
「俺はマンテだ。たまたま通りかかっただけだから気にしないでいいぞ」
といいつつも、少し竜宮城的な何かを期待するマンテ。
「お~、なんて心の広い御仁ですじゃ。それに儂達のような言葉にも通じてらっしゃるご様子。何かお礼を差し上げたいが、あいにくと持ち合わせがないですじゃ。何か力になれる事があればいいのですが………」
どうやら前世で知っているようなお返しはないので少し落胆をするマンテ。
「いや……そうだ。ここにある果実の木を貰っていってもいいのか?」
「果実の木ですか? 全然構わないですじゃ。どうせここにある果実の実はオーク達が持っていってしまいますじゃ。儂はたまに落ちている果実を食べるくらいで……先ほどはそれが見つかり、オーク共に殺されそうになりましたじゃ。少しと言わず、果実の実を全部持っていってください。オーク達の悔しがる顔が見てみたいですじゃ」
ヘルゲは果実の実が全てなくなっているのを見たオークが驚く顔が見たかったのだ。しかし、マンテの言った意味を真に理解してはいなかった。
「ふ~ん。オークが取ってるのか………じゃあ、持って帰っても大丈夫か………」
「ええ、どうぞ、どうぞ、遠慮なさらずに」
「よし、それじゃあ……【土壌砕破】からの【空中浮遊】」
マンテが魔法を行使すると、池の周りの地面がぼこぼことシェイクされる。そして土のついた根ごと桃の木が空中に浮かび上がる。
「な、何じゃ? ま、まさか………か、か、神の御業じゃ。マ、マ、マ、マンテ様、儂も神の一員に加えてくだされ。末席でもいいですじゃ。粉骨砕身、働かせていただきますじゃ」
全ての木を抜いて浮かせる等という行為ができるものなんて今まで生きてきて出会ったことがなかった。この少年について行けば、自分の退屈な人生を一変させることができるとヘルゲは考えた。それに、将来の安泰が約束されたようなものである。ヘルゲは必死に頼んだ。
「えっ? いいけど……」
マンテが了承すると、マンテの後ろにいた2匹がマンテの前に出る。
「あっちはコロネ。マスターの第一の使徒。いわば右腕のような存在にゃ!!」
「コケッ!! 俺もマンテ殿に仕える古参の一人、クールベだ。知る人ぞ知る、真の右腕だ!!」
「にゃんだと」
「あ~!! やるのか!! コケッ!!」
「儂はヘルゲじゃ。よろしく頼むじゃ」
こうして新たに亀のヘルゲがペットに加わることになった。
家に帰ると、まず桃の木を庭に植えて、土魔法と水魔法で池も作ることにした。ヘルゲが池の中と城の中を行き来できるように一階の部屋にも池を作り、庭の池と城の中の池を地中でつなげる事にした。
ヘルゲはその居住環境に泣いて喜んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「どういう事だ!! 昨日までここにあったマモウの木が全てなくなっているぞ」
「イーレとリャンとサリュートも昨日から帰ってこないらしいぞ」
「何だ? 一体何がどうなっている」
オーク達は昨日までマモウの木があった池の周りで、何が起きたのか解明しようとしていた。
結界に覆われたマンテの城周辺は遠くからは見つける事が困難である。
だがしかし、その異変、僅かながらの謎の残滓に気付くものがちらほらと出始めていた。
マンテの存在は人族だけでなく他の種族の世界へとも忍び寄ろうとしているのであった………