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第三話 卵

「卵を定期的に手に入れたいな。どうにかできないかな……」

 これからの生活を考えると、食の確保が最重要課題である。卵は、それだけでもいろいろな料理が楽しめるし、何度か作ったことがある菓子類にも必需品である。といって、コカトリスやロックバード等の卵を毎回見つけるというのは至難の業である。

「卵がほしいのかにゃ? だったらニワトリを飼うといいにゃ。毎日卵を産んでくれるにゃ」


「ニワトリか………どこにいるか知っているのか?」

 この森の中は弱肉強食である。この森で猫が珍しいように、ニワトリのような弱い生物を見つけるのも難しいことである。


「街に行けば、ニワトリを飼ってる人族がいた気がするにゃ」


「街か………」

 できる事なら街に降りて、他の人族と関わりたくはない。くそじじいの話が本当なら、弱そうなよそ者はいきなりいちゃもんをつけられて切りかかってくるような世界らしいのだ。そんな修羅の世界には一歩として足を踏み入れたいとは思わない。


「街以外では心当たりはないか?」


「街以外ですかにゃ……ん~にゃ、にゃっ、そういえばゴブリンの村にもいたにゃ。この前行った山の近くにあるにゃ。でもあいつ等は同族以外は見境なく襲ってくるにゃ。あっちでも気配を消して、2個しか卵を盗むことができなかったにゃ」


「へ~、ゴブリンでもニワトリを飼育してるのか。じゃあ、そのニワトリを貰いに行くか」


「聞いていましたかにゃ? ゴブリンはあっち達を襲って来るにゃ。あいつ等は数で攻めてくるにゃ。いくらあっちがいるからと言ってもあっち達の数が少なすぎますにゃ」


「大丈夫。大丈夫」

 くそじじいとの修行でゴブリンの巣窟に放り込まれたこともあるのだ。その時は魔法を封印して、剣だけで倒すというくそみたいな修行だった。


「話を聞いていたんですかにゃ!? 自殺行為にゃ。あっちの力を頼ってもダメにゃ」


「ゴブリンなら俺一人でも何とかなるから、近くまで案内してくれればいいよ」


「本当ですかにゃ? それにゃらば、まあ……あっちを囮にするとかもなしですにゃ」


 渋々といった感じで、コロネの了承を得て、マンテはゴブリンの村へと向かった。



「な、なんだこれは?」


 ゴブリンの村に到着したマンテの目の前には凄惨な光景が広がっていた。そこらじゅうが血の海で、ゴブリンの死体があちらこちらに散らかっていたのだ。

 マンテにとっては、修行中に見慣れた光景ではあったが、どうにも違和感が感じられた。

 よくよくゴブリンの死体を見ると、マンテはその違和感の正体に気が付いた。

 すべての耳が切り取られているのだ。

「これは一体?」

 

 考えても答えは出ないので、近くで待機しているコロネを連れて再び戻ってきた。


「全員死んでますにゃ。ラッキーにゃ。これなら、ニワトリを持って帰れますにゃ。あそこに見える小屋にニワトリがいたはずにゃ」

 流石はこの森を生き抜いた猛者である。死体の山を見てもうろたえることはなかった。

 そして、コロネの指さす場所へと向かうと、その小屋の中には10羽ほどのニワトリが藁の上を動き回っていた。マンテが覗き込むと、一斉に羽を羽ばたかせて鳴き始めた。


「コケーッ、コケッ」


「コケッ、コケッ、コケッ」


「コケー、コケー、コケー」


「クックルドゥ」


「ココリコ」


「俺達も殺す気か!! 人間がっ!!」


 ラッキーな事にマンテと波長の合うニワトリが1羽混じっていた。


「いや、殺す気はないよ。家に来てもらって、卵を提供してもらえないかと思って来たんだ」


「俺の言葉が分かるのか?」


「ああ、波長が合わないとだめだから、君の言葉しか分からないけど」


「お前はゴブリンたちを殺した人間の仲間じゃないのか?」


「いや違うよ。というか、ここのゴブリンは人間が殺したのか? 耳が切り取られているのだが、それもその人間がやったのか?」


「そうだ。死体から耳をはぎ取っていた。俺達も切り刻まれて、体の一部を持っていかれるかと思って震えていたが、俺達の事は気付かなかったようだな」


 ゴブリンの耳など集めてどうしようというのか。マンテはこの世界の人間の奇行に恐ろしさを感じた。ゴブリンの耳など食べれるようなものではないし、素材としても価値がないのだ。


「そうか。俺にはゴブリンの耳を集めるなんて趣味はない。それに、そんな奴は俺の知り合いにはいない」

 

 というより、人間の知り合いはくそじじい唯一人であった。さらにマンテは言葉を続けた。


「で、一緒に来てくれないか? ここよりいい寝床を提供するし、食べるものに不自由はさせないぞ。その代わり対価として卵を提供してほしい」


「来たら驚くにゃ。絶対来た方がいいにゃ」


 マンテの腕に抱かれたコロネも一緒に勧誘を始める。マンテと波長が合う生物はその生物間でもコミュニケーションが可能である。


「ほう。ここよりいい寝床ねぇ。俺達を満足できる寝床を用意できると………? よし分かった。一度見てみようじゃねぇか。ただし、条件がある。俺達の一人でも用意した環境を気に入らなければ、この話はなかった事にしてくれ。そして、提供する卵だが、無精卵である雌たちの排泄物だけだ。有精卵は提供できないぞ。それでもいいのか?」


 マンテにとって無精卵でも有精卵でも卵には変わりなかったので2つ返事でOKを出した。また実際のところクールべにとってもマンテの提案は渡りに船であった。このまま世話をするもの達がいないこの小屋で閉じ込められたままならば、飢え死に開始まで待ったなしであったのだ。


「ああ、それでよろしく頼む。俺の名前はマンテ。で、こっちが……」


「あっちはコロネにゃ。第一の(しもべ)にゃ」


「はんっ、自分で僕と言っちゃうとはな。プライドがねぇのかよ。俺の名前はクールベだ。こいつらのまとめ役だ。まぁ、いわゆるキングってやつだな。コケッ」


「にゃ、にゃに~」


「まぁ、まぁ、仲良くな。ひとまずここから出すか」

 マンテは小屋の腰あたりまでの高さの扉を開き、ニワトリたちを外へと出した。


「で、その寝床はここから遠いのか?」


「そうだな……遠いけども、走れば夕方くらいまでには到着するな」


「俺たちはそんなに早く移動はできないぜ。どうするんだ?」


「それなら……」


 マンテは魔力を込めて風魔法をニワトリたちに向けて放った。すると10匹のニワトリはマンテの目線の高さまで宙に舞った。


「おっ、おお~。あんた、魔術師だったのか!! すげぇ、俺たちが飛んでるぜ。コケ、コケッ」


 他のニワトリたちも宙で嬉しそうに羽を羽ばたかせていた。


「じゃあ、行くか。クールベ達はあまり暴れないでくれよ。風魔法の範囲から外れると振り落とされてしまうからな」


「わ、分かった。コケッ」


 マンテは腕にコロネを抱き、風魔法でニワトリたちを宙に浮かべたまま家へと走っていった。



「ここが俺の家だ。部屋はいっぱい空いているから、空いている部屋を好きに使ってくれ。自然の中が良ければ、草木が生い茂る部屋に一室を改造する事もできるから、必要があれば言ってくれ」

 

 目の前にある巨大な城をクールベ達ニワトリは見上げる。


「コ、コ、コ、コレは!! こんな巨大な城に住んでいるのか? それも外ではなく、中に住んでいいと? 何という好待遇。何というブルジョワジー、コケーーーーーッッ」


 コロネがニヤニヤとして、クールべの方を見る。


「それで、どうするにゃ? やめておくのかにゃ? 別に替わりはいくらでもいるにゃ」


「………第二の(しもべ)として、このクールベ、粉骨砕身でマンテ殿に仕えさせていただきます!! コケッ」


 クールベは他のニワトリの了承を得る事なく、マンテの家で飼われる事に了承した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 その頃ゴブリンの村では、5人ほどの人間がゴブリンの死体処理をしていた。


 「おいっ、ここにニワトリがいたと思ったんだが、覚えてないか?」


 「確かにいたな。いないのか?」


 「ああ、扉が開いて、全部逃げちまったみたいだな。クソッ。こんなことならあの時、馬車に乗せておけば良かったな。勿体ない事をした」


 「救出した人たちが馬車に乗っていたんだから、ニワトリなんて一緒に乗せられないでしょ」


 「それもそうなんだが………」


 「それに、今回の討伐依頼およびゴブリンにさらわれた人たちの救出で貰った依頼金でニワトリを買えるだろう」


 「いや、せっかく見つけたんだからな……、こんな事なら俺が戻る必要なかったな。案内だけならお前達だけでも十分だったのに」

 

 この世界の冒険者である男2人、女1人のパーティーは3人で会話をして死体の処理から外れていた。この3人は冒険者ではあるが、火の魔法を使える者がいなかった。だから、討伐証明であるゴブリンの耳だけを持ち帰り、死体を焼き払うために魔術師を連れてこの場所に舞い戻ったのである。


 魔法ではない火でゴブリンの死体を焼く場合は、たくさんのゴブリンを一か所に集めないといけず、面倒である。その点、魔法なら村の奥にある洞窟の入り口から洞窟に向かって炎の魔法を放てば、洞窟内のゴブリンの死体は全て処理する事ができるし、村に転がったゴブリンも森に飛び火することなく一体一体焼く事ができる。


 余談ではあるが、今回の討伐で火の魔法を使う魔術師が依頼を受けなかったのは救出すべき人が洞窟内部に囚われていたからである。洞窟内を焼けば救出すべき人達も焼けてしまうのだ。


 こうして、幸か不幸かマンテと人族の邂逅はニアピンというところまではいったが、それが現実になるという事はなかった。


 しかし、マンテの存在はひしひしと人族の世界へと忍び寄ろうとしているのであった………




 



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