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初日

 テスト勉強してると、妙に部屋の片付けがしたくなるよなぁ。

 そんで漫画とか夢中になって読んでしまったりして、後悔するわけ──




「修一郎、テスト明日でしょ?…なにやってんの」


 部屋のドアにもたれる姉ちゃんの呆れ声に、俺は読んでいた漫画から顔を上げ、


「現実逃避」


 ぼそりとつぶやいた。

 途端に、姉ちゃんの平手が俺に炸裂。マジ痛ぇ。

 顔はいいのに暴力的だから26にもなって彼氏いない暦=年齢なんだよ、という言葉を俺はぐっと飲み込み(火に油を注ぐってやつ)頬をさすりながら姉ちゃんを睨み付けた。


「あんた、やる気あんの?この間のテストだって最悪じゃん」


「世の中勉強だけじゃないと思うんだ、未夜」


「屁理屈言ってんじゃねーよ!しかも呼び捨てるな!」


 しゅばっ!と俺の手から漫画を奪い取り、姉ちゃんは仁王立ちになってあぐらをかいて座る俺を見下ろす。


 …その気迫が怖いデース。


 ナースの母ちゃんが夜勤の時、姉ちゃんは恐ろしい鬼へと姿を変える。今がまさにそう。



「進学校に入れたんだから、あんた勉強すればできる子なの。だから勉強しな、死ぬ気で。てか死ね」


「死ねと申しますか」


 わぁお。


 机に向かって黙々と勉強とか大嫌いだしさ、ましてや一夜漬けでなんとかなるもんじゃないと思うんだけど。今日の夜に隕石でもなんでもいいから何か降ってきて、学校爆発しねぇかな…とか切実に願ってみたり。


「ほら、変なこと言ってないで、さっさと取り掛かれ」


「じゃあコンビニでお菓子買ってくる」


「なんで」


「勉強するなら夜食がないと」


 そう言いつつ、逃げ出したいだけなんだけど。

 姉ちゃんは明らかに不満顔。口をへの字に曲げて、腕を組んでる。──こりゃ、作戦がばれた?


「いってきます」


 俺は素早くベッドから財布を引ったくると、姉ちゃんの脇をすり抜け部屋を飛び出した。

 姉ちゃんが後ろで騒いでるけど、気にしないでおく。無視。


(しばらく時間つぶして帰るか)


 今は夜の10時。姉ちゃんも仕事があるしいつも1時までには寝てる。そんくらいに帰ろう。

 玄関の靴箱の上に飾ってあるガラスの灰皿から家の鍵をポケットに移し、準備万端で俺は家を出た。







     ***



「今ひま?付き合わね?」


『ひまじゃねーよ』


「なんでよ?」


『テスト勉強』


「えー。君は、アレかい。友情よりも大事だって言いたいのかい?」


『うん』


「……そっすか」


『おーう。お前もさすがにヤバイじゃん。がんばれ』


「…ほどほどに」


『カンニングすんなよ』


「…」


 なんて失礼なやつだ。


 俺はチョコレートを噛りながら、通話終了の携帯電話をポケットの中に押し込んだ。

 珍しく俺の友達はみんなテスト勉強中。今回のテストは進級がかかっている大事なものらしいし、本当は俺も真面目にやんなきゃないわけで。


(だからって別に頑張る必要もないわけだけどさ)


 毎日毎日、学校で勉強して家でも勉強しなきゃないなんてやってらんないよな。一応、名門進学校への入学を以て親の期待に応えたわけだし──


「ほんと、何のために生きてんだろーな、俺」


 暗黒の空に問い掛けても、答えが返ってくるはずもなく。俺は気恥ずかしさから思わず笑いを噛み殺す。

 朝起きて学校行って帰ってきてテレビ見て寝る。たまに友達と遊ぶときもあるけど、毎日だいたいこんな感じ。趣味もやりたいこともない。

 だらだら一日が過ぎていくだけ。

 だったら勉強しとけって話なんだけど。


(何かすごいことが起きねぇかな…宇宙人に遭遇とか、異世界へ旅立つとか)


 漫画とかゲームの見すぎ?


 でも──異世界とかに旅立って、すげぇ刺激的な日常を送ってみたい。モンスターとかばっさばっさ倒したり、不死身の勇者になんかなったりさ。や、痛いな俺。


「…だけどほんとにそういう世界があるんなら、行ってみてー!神様お願いします!わりと切実に!」


 なんて。

 俺は笑いながらもう一度空を見上げた。

 雲に隠れた白い満月がさぁっと顔を出し、眩しすぎる月光が俺の体を輝かせる。──ん?


 待て待て待て!?月ってあんなに白かったっけ?それにあんな大きくないだろ?なんで俺の体、透けてんだ──!?


 混乱する俺。無理もないだろ、だって…空に浮かぶ月は規格外のでかさで。目も開けられないほど白く輝いてる。しかも、俺の体が月光に包まれて薄くなっていく!

 地面に敷き詰められたレンガが透けていく足越しに見えるんだぞ。


 平常心でいられる訳ねーよ!



 慌てふためく俺の体は少しずつ夜の空気に溶けてるように消えて──気が付けば、腰から下がぜんぶなくなっていた。


「うわっ!怖ッ!なんだってんだよ!」


 無我夢中で手を振って、なんとか逃れようと藻掻く。けれども。


「うわぁあああ!」


 一瞬。

 目の前で光が爆発し、俺は情けない悲鳴を上げて──そこでぷっつりと意識を失ってしまった──








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