転生
「…」
声が聞こえる。
「…」
言ってることが、理解できない。
「…」
意識がまだ遠い。
バゴッ
脳みそが揺れる。何が起こっているのか理解できない。
直後、激痛が走る。初めて何が起こったか理解する。
蹴られた。
足が当たった程度ではない。意図的に、暴力的に蹴られた。決して手加減などはない。
余りの痛さに意識が覚醒する。
「寝すぎなんだけど!!」
突如聞こえたのは、女性の声。声の主は比較的に若いことが分かる。
声のした方へ振り向く。そこには天使が立っていた。
「ホント、ありえないんだけど!!」
天使は椅子へ座る。それはもはや椅子と呼ぶには豪華すぎる。玉座。それは玉座といっても過言ではない。天使は玉座に座る。
????
やはり、理解できない。意識が戻ったにも関わらず理解できない。
周囲を見渡す。
何も無い。本棚や机など天使の私物が玉座の周りにある。それだけだ。この空間には端が無い。地平線が無い。色が無い。何も無い。
「私はエール!
熾天使エールよ!!」
天使は突然、自己紹介を始めた。
背後には機械的な翼が6つある。機械的であって機械ではない。水晶のような透明な翼だ。しかし、その翼は彼女から直接生えているわけではない。
彼女は人間と見た目は変わらない。髪は燃え上がる様な赤く長いストレート。瞳は奥深い真紅。肌は驚くほど白い。鎧のようなものを身に着けている。大理石のような白さである。しかし、鎧は全身を覆っているわけではない。肩や胸、腰などしか覆われておらず、決して覆われてるいる部分は多くない。むしろ、局部以外はほとんど覆われていない。
(うん、いいじゃん)
僕は彼女を見た目だけで判断してしまう。後々、後悔するとも知らずに。
「あんた、なんでここに居んのか分かってんの?」
僕は思い出す。事故にあったことを。
なら、なぜここに居るのか分からない。
ここがどこかすら分からない。
「わからない…」
こう答えるしかなかった。
「ハァ」
天使はため息をつく。
「あんた、自分が死んだことも覚えてないの?」
突然の死亡宣告。
分からない。理解できない。実感がない。
僕は言葉が出ない。
「何も分かって無さそうな間抜け面ね!!」
天使は続ける。
「なら、教えてあげるわ!
ここは転生の間。死者のみがこれる場所よ!!
つまり、あんたは死んだってことね!」
「死んだ?僕が?」
「えぇ、交通事故でね。でも、そこが問題ではないわ!
1番の問題は、あなたが無職だったってこと よ!」
「無職は関係ないだろ」
死んでなお、無職に対して追求してる天使の性格の悪さが分かる。
「人間は生存の代償として、勤労という対価を払わなければならない。それが神から与えらた役割でもあるのよ!
そんで、そうしなければ死んでも成仏できないってわけよ!!」
「あんたは、生きているのに何もしない。何も生み出さないゴミみたいな存在だから成仏できないってこと!!」
僕が、社会的敗者ということは十分に理解している。人間の屑というのも理解している。けど、他人にいわれるおぼえはない。
自分のことを馬鹿にする人間にロクなやつはいない。この天使もまた例外ではない。
僕は自分が嫌いだ。自信もないし、誇れることも何も無い。
それ以上に、他人が嫌いだ。僕は、特別優れているわけではない。また、特別劣っていることもない。しかし、他人と比べると誇れるものが何もない僕は劣って見えてしまう。劣っていると思ってしまう。
他人と競争する社会、そんな社会が嫌いだ。他人がいなければ競争もしなくていい。だから、僕は他人が嫌いだ。
「僕の何が分かる。
お前に僕の何が分かる!!
何も知らないお前が僕を馬鹿にするな!!」
自分でも思う。怒るなんて珍しい。
他人に馬鹿にされたから?
他人に自分を語られたから?
違う。
自分でも分かっている僕の弱さを、醜悪さを語られたからだ。つまり、彼女が言ったことは図星だった。
「なにをそんなに怒ってんだよ?
もっと他に聞くことがあんでしょ?」
「…」
「あんた、このまんまじゃ成仏できないだよ?」
天使は、まだ僕に対して軽蔑の眼差しを向けてくる。
「なら、どうやったら成仏さしてくれるんだ?」
怒りはおさまらない。頭が回っていないことが分かる。
「ここは転生の間。
つまり、あんたには転生してもう一度人生を送ってもらうってわけ!!」
天使の顔に笑みが浮かぶ。不敵な笑みが。
「どういうことだ!?」
頭がぼーっとしている。もはや、怒りが原因なのかどうかも分からない。
天使は空を見上げる。
そこには、砂時計があった。とてつもなく大きい砂時計だ。これまで気づかなかった。この空間には、影がない。だから、真上にあった巨大な砂時計に気づかなかったのだろう。
砂時計の砂はほとんど落ちている。残りは十数秒程度しかない。
「もう、ほとんど時間がないじゃん!!」
天使はわざとらしく焦る。
「転生先の世界はこっちで勝手に決めといたから、後はがんばってねぇ!!」
天使は笑顔で話す。
「…」
僕は、このときほとんど頭が回っていない。
また、意識が遠のいていく。
天使はまだ、笑顔だ。手もふってくれている。
僕が最後まで見ていたものは彼女の笑顔だった。
やっぱり、かわいいじゃん…