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ミライ、ウラシマ

作者: 針間有年

「それでは行ってらっしゃい。100年後の素晴らしい世界へ」

亀井氏はそう言って蓋を閉じた。


目が覚めてみると確かに100年がたっていた。

ただ、僕が被検体として参加した亀井氏のコールドスリープ実験は、危険なものだったらしく、目覚めたのは運がよかったようだ。

被検体として得た莫大な収入は、僕の手元には残ってはいない。

だが、危険な実験の被害者として、僕は眠っている間に賠償金をもらっていた。

そのおかげで、貯金はそれなりにあった。暮らしには困らない。

100年後の素晴らしい世界に、僕は満足している。


『7:00です。おはようございます』

「おはよう」

AIの声で目が覚める。布団からのろのろと体を起こす。

外気温は四度。今日もいつも通り寒い。だが、部屋もいつも通りの22度。快適だ。

部屋を見渡す。

昨晩、友人と飲みに出かけ、散らかしたまま寝たはずだが、綺麗に整頓されている。

家に内蔵されたAIはすごい。音もたてずに、整理整頓を行ってくれる。

はじめは恐怖も感じたが、慣れるとこれなしでは生きていけない気がする。

軽く伸びをし、ベッドから出た。

リビングに行くと完ぺきな朝食が出来上がっている。

今日は、鮭の塩焼きに、味噌汁、それからご飯に、おひたし。どれもこの家のAIが作ったものだ。

「いただきます」

口に含んで眉をしかめる。

「味薄くないか?」

僕がそういうと、机の下からモニターが出てくる。

表示されるのは、子供の落書きのような簡素な顔。にこにことした表情を浮かべている。

『今朝の血液中の塩分濃度を調べましたところ、本日召し上がるものは薄味の方がよいかと』

「…おせっかいだなぁ」

小声でつぶやく。

『聞き取れませんでした。もう一度、お話しください』

「なんでもないよ」

『問題ないようでしたら、会話モードを終了いたします』

息をつく。これで下手に注文を付けると、また厄介だ。

このAIのおかげで健康を保っているのは確かなのだ。

この前、油ものを減らされて、不満を覚え、自分の食べたいように食べたら見事に体調を崩した。

AIのありがたさを知った。

「テレビをつけてくれ」

そういうと真っ白な壁に画面が映し出される。

映ったのは朝の情報番組。時代が変わろうと、朝のニュースというのはあまり変わりがない。

今日は金曜日。一連のニュースのあと、レジャー情報がピックアップされる。


映った画像に、僕は首をかしげた。

既視感がある。

しばらくじっと見て、場所の名前が出てきたところで気付く。

映っていたのは「上川高校」。今の僕には関係のないものだ。

だが、今日は誰と会う予定もない。散歩がてらに行ってみよう。

気の迷いでそう思った。いや、本当は気になって仕方なかったのだ。


***


身支度を整え、いつものように、外出用のVRスイッチを入れる。これで準備完了だ。


ヴァーチャルリアリティ。略してVR。

この技術が当たり前になってもう久しいという。

VRとはパソコンによって作られた仮想世界をあたかも現実世界のように体験できる技術だ。

僕のVRの知識は、ゴーグルをつけて遊ぶゲーム止まりだった。

だが、目が覚めてみると、世の中はVRの時代になっていた。


人々は仮想世界に自身の分身としてアバターなるデータを作る。

そして、そのアバターを自分の行きたい場所、例えば学校や職場に送る。

現実の体は家に置いたまま、職場や学校に出かけることになる。

そして、仮想世界から送られてくるデータを脳で受信し、あたかも実際その場にいるような体験をする。

五感全て仮想世界と共有できるというのだからすごい。


しかも、仮想世界だけでなく、現実世界に自分のアバターを投射できるというのだから、もはや誰が現実の人間で誰が仮想のアバターなのか判別がつかない。

ただ一点。生身の人間とアバターは触れ合うことができない。


この技術が当たり前になったため、人々は家から出ることがほとんどない。

アバターをその場所に送り込むだけでいいのだから。

だから道という道には人はいない。

今や道は輸送ロボットのためだけにあるようなものだ。


僕も、アバターを作ってみた。はじめは、別人のような仮想世界の自分に、うまく馴染めず抵抗も感じた。

だが、そのうちアバターで生活することに親しみを覚えるようになった。

僕は今の僕が気に入っている。


家から人が出ない時代。

衣服は、適温を保ったままの家の中で着るものしか生産されない。

コートなんか、もってのほかで、買おうと思えば結構な値段がする。

僕は、冷たい風にあたることなく、ボタン一つで目的地へ向かった。


***


わずか数秒で到着した上川高校は僕の記憶通りだった。

鉄筋コンクリートの変哲もない校舎。塗装の落ちた正門。よくわからないオブジェ。散り際の桜。

あの頃のままだ。


平日だというのに、上川高校はにぎわっていた。

上川高校は世界的にも数が少ない「学校テーマパーク」の一つだという。


学校テーマパーク。

旧き良き時代の学校生活を体験するための文化施設。一種の遊園地だ。

アトラクションとして、授業や部活なんてものがある。

僕は教育には詳しくないが、今の学校は僕らの通っていた時のものとは全く違うらしい。

同じ建物に集まって集団で授業する、なんてことはない。

個人の成熟度に合わせた教育、そして、友人作りはVRを使ったレクリエーションで行う。

長年の友人に直接会ったことがないというのは普通の事らしい。

そもそも、校舎というものがない。現在の学校は全て仮想世界上に存在する。


そうしたことによる反動だろうか。

学校テーマパークは近年人気を博しているらしい。

画一的な制服や、集団授業なんかが今の人たちにとっては斬新で面白いようだ。

校舎という概念も希薄な世界だ。彼らにとって学校は未知の世界なのだろう。


空間に投影されたナビ板に従い、学校アトラクションの入り口に向かう。

入り口は下駄箱らしい。

混雑というほどでもないが、空いているわけでもない。

おそらく、ここに実際にいる人はいない。

仮想世界から、投影されたアバターしかいない。見分けがつかないが、きっとそうだ。


下駄箱で靴を履き替える。

こういったことが珍しいらしく周りでは、感嘆の声が上がっている。

安っぽい金属の下駄箱を開けると、トイレのスリッパのような中履きが出てきた。

今では、ボタン一つでアバターの衣服は変更できる。こうやって靴を履き替えるなんて懐かしい。


制服姿の案内係が、客を誘導している。僕の順番はまだ遠い。

手持無沙汰なので、人が読もうともしない説明書きに目を通す。

案内係は、全てアンドロイド。

アンドロイドは、かつての上川高校の生徒という設定がなされているのだとか。

客は転校生。リピーター客は在校生として扱われるらしい。

この年で高校生という設定も心苦しい。まあ、テーマパークとはそういうものなのだろう。

選べるアトラクションは、いろいろとある。授業、部活、給食、その他。


わざわざ来たにもかかわらず、惹かれるものはなかった。

この校舎を目にして、思わず来てしまったが、特に何がしたいというわけでもない。

懐かしいと言いあえる人ももういないのだ。

いや、今の時代、寿命は延びていて百歳を超えるのは当たり前、延命治療をすれば二百歳くらいまでは生きることができる。

探せば誰かが生きている可能性もある。だけど、僕はそうしない。

たとえ誰かが生きていたとしても、懐かしいなどと言えないのは僕の方なのだ。


だんだんと憂鬱になってくる。

長い列に並ぶアバター達。この、列に並ぶというシステムも、今の技術では省こうと思えば省けるのだ。

それをわざわざ古風で奥ゆかしいと取り入れているのだ。

この時代に生きている僕とは言え、流石に理解できない。


やっとのことで、案内役のアンドロイドのところまでたどり着く。

懐かしい制服を着た女子生徒の姿をしたアンドロイドが、親し気に話しかけてくる。

『こんにちは、あなた転校生よね。よければ私が案内するわ』


***


僕は、古びた廊下を一人で歩く。

アンドロイドの案内は断った。アトラクションで遊ぶつもりもないし、校内を回るだけなら一人でも十分だと判断した。

あちこちの教室で授業が行われている。授業といっても、もちろんエンターテインメントのようだ。

僕らが受けていたものとはだいぶ違うらしい。

教室の後ろ扉にある小さな窓を覗くだけでもそれがわかる。

黒板から飛び出すイラスト。派手に身振り手振りをする教師。笑いあう生徒。

そんなものではなかった。

静かに響くチョークの音。教師の淡々とした話し声。つまらない授業に飽き飽きする生徒。

僕もその中の一人で。だけど、少しだけ楽しみもあった。


窓の外を見ると、東校舎の美術室が目に入る。

放課後、暖かな日の中、僕らは淡々と絵を描く。

短い会話。わずかに聞こえるキャンパスに筆を置く音。油絵の具の独特の匂い。


胸の痛みに、僕ははっとしてかぶりを振る。

なぜここにきてしまったのだろう。思い出すだけなのに。

僕は踵を返す。一刻も早くここから出よう。

僕はもう、この時代に生きる人間。過去の僕とは違うのだ。


入り口側の東校舎に向かおうと、僕は足を速める。

渡り廊下に出た。そこには、一人のおばあさんがいた。彼女はじっと、僕を見ている。

僕は見覚えのない彼女の横を通り過ぎようとする。


「いい天気だねぇ、ななみちゃん」


しゃがれた声に振り返る。見渡しても僕しかいない。

僕を見ると、彼女は嬉しそうにえくぼをつくった。そして、僕の方に歩み寄る。

僕は戸惑う。誰かと間違えられているようだ。

しかも、ななみちゃん。性別からして違う。


「あの、僕は違います」

「きっとそうよ。ね?」

「いや、その」


その時、強い風が吹いた。彼女がよろめく。

僕は思わず彼女の肩を支えようと手を伸ばした。

だが、その手は彼女をすり抜けた。

僕は気づく。彼女は実際にこの場所にいる生身の人間だ。


いよいよ僕は困ってしまった。

記憶も足取りもおぼつかないおばあさんを一人置いていくのはあんまりだと思うくらいには道徳心がある。


「ねえ、ななみちゃん。私、探しているものがあるの。手伝ってくれる?」



僕は入り口の案内係のところまで彼女を連れて行きたかった。

だが彼女はそれを拒んだ。

案内係に聞けば探し物は見つかるはずだと説得したのだが、自分で探したいのだという。

そのまま彼女を一人置いていくわけにもいかず、僕は彼女の後ろをついていく形になる。


「私はねぇ、この学校の生徒だったのよ」

この数分で彼女は何度もそう繰り返した。

「この学校は私にとって特別なの」

もう五度目の言葉だ。

彼女は何かを探していると何度も言う。だが、探しているものが何かは本人にも分かっていないようだ。

僕はため息をつく。一刻も早くこの場所から出たかったのに。

しばらくは彼女に付き合うことになりそうだ。


彼女はゆったりとした足取りで校内を回る。

階段を一歩一歩上る。僕は支えようとするが、その手は彼女をすり抜ける。

アバター同士なら触れ合えるのだが、生身の人間とは触れ合えない。不便なものだ。

もし彼女がこけてしまったらどうしよう。はらはらとしながら見守るしかない。


階段の踊り場で彼女は座り込む。

「休憩ね。原くんも疲れたでしょう」

「ええ、そうですね」

彼女の中で僕はななみちゃんだったり原くんだったり。呼ばれるたびに名前が変わる。

僕は彼女の隣に腰を下ろす。行きかう人々は僕らの方をいぶかしげな眼で見る。

僕だって、彼らの立場なら、そうしただろう。

アバターの身体は疲れを感じない。休息など必要ないのだ。

階段の踊り場に僕らは腰を下ろす。

歩いて暑くなったのだろう。彼女は羽織っていたカーディガンを脱いだ。

薄手のシャツの袖口から、いくつもの注射の跡が残る手首が見えた。

延命治療をするとそういった傷が残ると聞いたことがある。


「私ね、いつもここにきているの」

「そうなんですか」

「ええ。なんたって私にとって大切な場所だもの」

へぇ、と僕は適当な相槌を打つ。

「あなたはどうして来たの?」

突然問われ、僕は思わず答える。

「僕は…もともとここの生徒だったので」

「あらそうなの!私と同じね」

彼女はとても嬉しそうだ。


そう。ここは僕の母校だ。かつて、それなりに楽しく過ごし、そして大切な人に出会った場所だ。

どうして来てしまったのだろう。

僕の後悔の念はさらに大きくなる。

思い出したくもないことが、胸の内に膨らんでくる。


「そうだ!」

彼女が急に立ち上がる。

「私の探し物は美術室にあるわ!」

「美術室は、えっと」

僕は手元にモニターを浮かべ、校内の地図を表示する。

「そんなもの見なくて大丈夫。私についてきて」

彼女は自信満々に言った。僕はその顔にふと懐かしさを覚えた。

僕たちは、また一段一段丁寧に階段を上り始める。

僕の足取りは重い。

それでも彼女に追いつき追い越してしまう。彼女が階段を上り切るのを待つ。

美術室は東校舎の三階だ。

今は西校舎の二階にいる。騒がしいアバターだらけの教室を彼女は微笑みながら眺める。

「私たち。次は何の時間だったかしら?」

「美術の時間ですよ」

「まあ、美術は大好きだわ」

「それは良かったです」


ゆっくりゆっくりと進む彼女に歩調を合わせながら僕は彼女の話に耳を傾けた。

ななみちゃんとは親友だったこと。原くんとは幼馴染だったこと。数学は嫌いだったこと。美術部だったこと。画家になったこと。

どこまでが嘘で、どこまでが本当なのかは分からない。

 

廊下で巡回している案内アンドロイドとすれ違った。

彼女を託してもよかったはずだ。だけど僕は、そうはできなかった。

もう気のせいでは済ますことはできないことに気づいていた。


話すたびに彼女は変わる。

時に彼女は高校生であり、画家であり、それを思い出すおばあさんでもある。

様々な時間を彼女は旅する。

僕は、彼女の旅に思いをはせた。まるで自分の思い出のように。


「私、これでも若い頃、重い病気を患っていたのよ」

「それは…辛かったでしょうね」

 少なくとも僕の目にはそう映っていた。だが彼女は、はにかむような笑顔を見せた。

「いいえ。辛くても苦しくても毎日手を握ってくれる人がいたの。だから耐えられたわ」

 僕は息を呑む。彼女は、皺だらけの手に視線を移す。彼女の笑顔が陰る。

「でも今はいないの。だからね、私は探しているの。私の手を握ってくれるあの人を」


***


僕たちは、東校舎の二階と三階を繋ぐ階段を上がる。

目的の美術室まであと少しだ。


「ここは私にとって特別な場所なの」

「そうでしょうね」

「あなたにとっては?」

「僕にとっても特別な場所です」


僕たちは東校舎の三階に上がる。

美術室で行われるアトラクションが始まるまで時間があるらしく、人はまばらだ。

彼女は嬉しそうに扉を開ける。木製の引き戸が、がらがらと大きな音を立てた。


中には、かつての在校生たちの作品の複製品が飾られていた。

僕は、その中の一枚に目を奪われる。

「あった!」

彼女は、声を上げた。僕と同じ絵を見て。

「そう、この絵よ!」

彼女は言った。


そこには、一枚の油絵が飾られていた。

美術室とそこにいる生徒。

僕はこの情景をよく知っている。


季節は春。窓の外には散り際の桜が見える。

美術室の端に座る男子生徒。真剣な面持ち、いや、つまらなさそうな面持ちでキャンバスに向かっている。

何故つまらないか。彼は、絵のモデルとしてそこに座らされているから。

動かないように何度も彼女に注意され、不貞腐れながら座っているのである。


「これは私が描いた絵よ」

彼女の言っていることは嘘か本当か分からない。

「これはね、私の大切な人」

 だけど、それだけは嘘だ。

「そんなはずはない…」

僕は口にしていた。

「それはあなたを捨てた男です」

「ななみちゃん?」

「病気に苦しむあなたを置いて、逃げ出した最低な人間です」


もう百年以上前の話だ。この美術室でのたわいない会話から、僕らは友人となり恋人となり夫婦となった。

彼女は画家になり、僕は会社員となった。幸せだった。

彼女と結婚して、三年。彼女が難病にかかった。彼女は意識を失った。僕は待ち続けた。何年も何年も。

だけど彼女は目を覚まさない。

僕の希望は絶望に変わり、治療費だけがかさんでいった。


ある時僕は、コールドスリープの被検体を募集していることを知る。

僕は飛びついた。

これだけの額があれば彼女を救えるかもしれない。

そして、僕はもう、眠り続ける彼女を見なくて済むかもしれない。

僕は未来へ旅立つことを決めた。そのことを彼女に告げぬまま。


「僕は、あなたを置いて一人で消えた。金だけおいて僕は逃げた」


頬に涙が伝うのがわかる。

行きかう人々が、僕を見て見ぬふりをしているのがわかる。

彼女は、僕をななみちゃんと呼ぶ。それでも止まらなかった。

「探す価値なんてないのに…」

目の前に、手が差し伸べられる。僕は顔を上げる。彼女は微笑む。

「それでも私が探しているは、たった一人。その人の掌だけよ」

僕は、思わず彼女に手を伸ばした。

だが、その手は彼女をすり抜け何もない空間に宙ぶらりんになった。


『ああ、やっぱりここにいたんですね』

その声に、彼女は振り返る。つられて僕もそちらを見る。

介護用アンドロイドがそこにはいた。アンドロイドは僕に頭を下げる。

『彼女についていてくださり、ありがとうございました』

介護用アンドロイドは、慣れた様子であっという間に彼女を連れて行った。

僕は、引きとめることもできず、唖然としてその様子を見ていた。


僕は家に戻った。未だに夢を見ているような気分だった。

ただただ、ぼんやりと立ち尽くした。


***


僕が、この世界に目覚めて、はじめにしたことは遠くに行くことだった。

日本から遠く離れた土地に住んだ。僕を誰も知らない土地に。

次にしたことはアバター作りだった。僕とは似ても似つかないアバターを作った。

たくさんの友人ができた。交際した女性もいた。

僕は別人になりたかった。彼女を捨てた僕を捨てたかった。そして実際にそうした。


だけど、彼女は捨てていなかった。その姿も、自身を捨てた僕への思いも。


***


目が覚める。外気温は二度。それでも暖かい方だ。

僕はアンドロイドに頼み、日本行の飛行機のチケットを確認する。

ここは日本から遠く離れた国。年中寒い北の国だ。

僕はアンドロイドに頼み、至急暖かいコートを買った。


僕は扉を開いた。

外の空気は冷たく、肌に刺さる。寒さに手をこすれば、皺だらけの自分の手が目に入る。

足取りもしっかりしない。

振り返ると、四角い箱のような僕の家があった。

僕は、コールドスリープから目覚め、この小さな箱の中で七〇年過ごした。

VRの世界の中で、年も取らず、体の衰えも感じず、いつも誰かとつながっていられる。

何もかもが快適で夢の様だった。


それでも、僕は箱を開けた。


僕は一気に老け込んだ。

そりゃそうだ。アバターの僕の設定は三〇歳。実年齢は百を超えているのだから。

外には誰もいない。使う人なんてもうほとんどいないバス停に僕は向かう。

歩道は狭く、道行くのは輸送用ロボットばかりだ。

凍てつく風。灰色の人一人いない道。まるで世界が終わってしまったかのようだ。


会えるかわからない。会ったとしても彼女が僕を僕だと分かってくれるかも分からない。

それでも僕は、歩みを進める。僕を探す彼女がいるあの場所まで。


***


僕は、今日も美術室の窓際に腰を下ろす。

テーマパークを楽しむ人々を横目に見ながら、あの絵の前で。

がらがらと大きな音を立てて扉が開く。


「ああ、なんだ。こんなところにいたの。ずいぶん探したのよ?」


彼女は嬉しそうに言った。僕は彼女の手を強く握った。


終わり

閲覧いただきありがとうございます。

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