離別1
謁見の日から3日が経過した。
その間、俺達は城内施設の案内を受けたり、レイリア教大神殿への礼拝、王都の主要施設への視察などに赴き、関連する人物への顔合わせなどを行っていた。
すでに俺達が召喚勇者である事は城内はおろか市井にも広がっており、どこに行くにも好奇や期待の目で見られる事になった。
王都の視察には王家御用達の馬車を使っての移動だった。
王都は5つの区画に分かれており、神殿区画・貴族区画・ギルド区画・商業区画・一般区画がある。
神殿区画にはレイリア教大神殿がある他、教育機関や図書館などがあり、日本で言う公共施設の類が揃っていた。
病院や裁判所にあたる施設もここにあるそうだ。
貴族区画はその名の通り貴族の屋敷が軒を並べる。
神殿区画と貴族区画は防壁によって周囲を囲まれているが、神殿区画の通用門は解放されているのに対し、貴族区画の警戒は厳重で、各通用門には守衛が駐屯していた。
俺達は王家の馬車に乗っていたのでフリーパスだったが、冒険者や一般人等は通過するのに厳しい審査を受けるそうだ。
俺達召喚勇者は王国にその身分を保証されているので、この区画に居を構えても良いとの事だった。
なんでも召喚勇者用の屋敷もあるらしく、いつでも入居可能だそうだ。
使用人達の手配、生活費などすべて王国が工面してくれるそうなので、もう少し落ち着いたらこちらに住むのもいいかも知れない。
神殿・貴族区画を囲む防壁の外側には商業区画とギルド区画がある。
商業区画では、道ゆく人々は活気に溢れ、大通りには所狭しと露店が並んでおり大勢の客が賑やかしていた。
直接露店には訪れていないが、馬車の窓から見るだけでも、見た事のない野菜や果物が並んでいた。
武器や防具を扱う店には冒険者風の人々が居たのも覚えている。
巡回する兵の姿もよく見られ、治安も大分高い様だ。
大広場には、俺達の姿がホログラムの様に映し出されていたのには驚かされた。
【映像】の魔法を応用した魔法具の一つなのだと付き添いのラルワさんが教えてくれた。
ギルド区画は、冒険者ギルドや商業ギルド等、各ギルドの本部が存在する他、魔道具の実験場や戦闘訓練用施設がある。
王城の中にも訓練場はあったが、こちらは冒険者等の一般人用に開放しているそうだ。
さらには闘技場もこの区画にあり、連日、様々なイベントが執り行われているそうだ。
商業・ギルド区画の周囲にさらに防壁があり、その外側には一般区画が広がる。
一般区画は、都民や冒険者等の居住区であり、宿泊施設や食事処、酒場などがこの区画に多くあるらしい。
商業区画にもその手の店舗はあるがそちらは高級志向で、貴族や高ランクの冒険者、上級騎士達の社交の場になっているそうだ。
こちらの区画は基本的に自警団によって治安が守られており、一部にはスラム街もあるとの事。
そして一般区画の外側に、最後の防壁が王都全体を囲んでいる。
切り開いた山岳を背に王城が建ち、城を起点に神殿区域、貴族区域が。
その外側にはギルド区域と商業区域、さらに外側に一般区域が放射状に広がる。
天然の防壁と三段構えの城壁に囲まれた要塞都市。
それがレイノース王国首都、レインブルグだ。
王都視察には常にラルワさんが同行してくれていた。
俺達が召喚されてからほぼ毎日行動を共にしてくれているラルワさんに、職務の方は大丈夫なのかと聞いてみたら『副団長がやってくれるからいいのよ』との事。
大丈夫か?王国宮廷魔術師団・・・
まあお陰で移動の最中、ラルワさんに色んな話を聞く事ができた。
俺は今、王城内の自分に割り当てられた部屋で、情報の整理と今後の予定を立てていた。
まず、魔王についてだが、当代の魔王は20年ほど前からその存在は確認されているものの、特に際立った行動は起こしていないとの事。
それでも魔王がいる限り、世界各地には魔獣や魔物が発生するそうで、地方の町や村では少なくない被害が出ているらしい。
人々が平穏に暮らすには、魔王を倒し、魔物達の発生を食い止める必要があるのだ。
次に貴族についてだが、やはりというか当然というか、派閥があるそうだ。
ここ近年、昔に比べ魔物の動きが少ないせいで、貴族に余裕ができてしまった。
故に貴族間では水面下で権力抗争が生じてしまっているらしい。
大まかには、魔王が攻めてこないならわざわざ打って出る必要がないという主義の穏健派と、率先して魔王を討伐する必要があるという主義の開戦派の二つがある。
穏健派には商業ギルド等を抱え込む財務貴族や争いを好まない司法貴族が多く、開戦派には武門貴族や魔道貴族が多い。
魔王が動かないので長らく穏健派が主導を握っていたが、俺達の登場で国が魔王討伐ムードになった為に力関係が逆転するのではないかと予想されている。
穏健派にとって、魔王討伐へのシンボルである俺達は邪魔な存在である為、俺達を害しようと行動する可能性は十分にある。
彼らの動向には注意せねばなるまい。
しかし、外の敵が大人しくなれば、内に敵を作ってしまうとは皮肉な物だな。
そして俺達の今後についてだが、戦闘経験のない俺達はしばらくの間、王城にて騎士団や魔術師団に混じって訓練を行い、それと並行して座学も行う予定だ。
戦闘訓練に関しては、それぞれの長所を生かした訓練を受けるのだが、パーティーとしての連携を学ぶ必要もあるだろう。
座学に関しては、基本はスキルや魔法について学ぶのだが、その他にも魔獣や魔物についての事や、アイテムの事、この世界の地理など覚える事は多岐にわたる。
魔王を討伐する為に遠くの地まで旅をする必要がある。
王国軍も同行するのだろうが、強力な魔物の前に力尽きてしまうかも知れない。
もし俺達だけが生き残った場合に、この世界の知識が満足にないのでは話にならないのだ。
最後に俺自身の事だが、レイリティア様を癒す為には大量のマナが必要になる。
ラルワさんに聞いた所、ランク100上げるには一流の者でも、早くて数年はかかるのだそうだ。
だが俺は強力なスキルがある為、効率よくやればもっと早く上がるかも知れないとの事。
ちなみにマナを取り込むのは、訓練を行ったり、魔物を討伐すれば自然と吸収される物らしい。
詳しい事は座学の時に教えてくれると言っていた。
良くは聞き取れなかったのだが、レイリティア様は眠りに就く直前に、効率よくマナを集めるのには王に協力して貰えという様な事を言っていた。
あれはフルド王の事を差していたのだろうか?確かに王は俺達召喚勇者を支援してくれるのだから、そういう意味ではすでに協力してくれている。
しかし、わざわざ別れの間際にそんな事を伝えるわけもないだろうし、別途便宜を図って貰えという事かもなのだろうか。
彼女が言っていたのがフルド王の事かはともかく、一度王様にマナの効率よく稼ぎたいという事を相談してもいいかもしれない。
現状、最低戦力である俺の成長は急務でもあるし、悪くはしないと思われる。
さて、この後にラルワさんやシンセルさん達を交えて訓練の打ち合わせを行う予定だ。
効率の良いスケジュールが組めると良いな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
いつも集まっている部屋で打ち合わせを終えた俺達は、6人で連れ立って自室へと戻っていた。
その道中、辻君が己の心中を吐露する。
「座学は大丈夫だと思いますが、私に戦闘なんてできるのでしょうか?運動は苦手です・・・」
「辻君は基本的には後方支援をする事になると思うぞ。だが、敵が襲い掛かってこれば直接戦闘せざるを得ない時もある。だから訓練はしなければな。とりあえずは自身を守る術を身につけるといいのではないかな?まあとにかく、まずは頑張ってみようじゃないか」
「・・・はい、そうですね。まずは頑張ってみなくちゃですね!」
辻君は素直ないい子だな。
天草君が気に入っていつも一緒にいるのもよくわかるというものだ。
「俺は座学なんてだりぃっス。なんで今更勉強なんてしなくちゃいけないんスか」
「私も勉強嫌。そんなの知ってる人が一緒に付いて来てくれればいいじゃん」
誠二は勉強するのが不服らしく、打ち合わせの時から終始不機嫌そうにしていた。
それに小鳥遊君も追随する。
彼女はここ数日で口調が前とは変わってしまっているが、こちらが素なんだろう。
「それは違うぞ二人共。何か不測の事態に陥った時、俺達自身にこの世界の知識がなければ生き延びる事が困難になるかも知れない。そうならない為にも勉強することは必要なんだ」
「はあ?俺達は過去最強の勇者様なんでしょ?不測の事態になんてなるわけねーだろーが!」
俺が二人を諭そうとしたのがいけなかったのか、誠二は語気も荒く反論してくる。
「っていうか俺考えたんだけどさ、なんでアンタがいつまでもデカい顔して俺達仕切ってんの?俺達の中でダントツに弱いクセによ」
「そうよねー。芹山課長って・・・あ、もう課長じゃないか。じゃあ芹山?って、只のお荷物よね」
「ちょっと!二人共いきなりなにを!」
「お美紀さんは黙っててよ。さっきの打ち合わせだって勝手に俺達の予定まで決めやがって、いい迷惑なんだよこっちは」
「あれは課長が私達の長所を考えてくれた上のスケジュールだったじゃない。里田君にはそれがわからなかったの!?」
天草君が俺を庇うように反論してくれるが、誠二は止まらない。
「パーティーの連携がどうとか言ってたけどよ、アンタが居たんじゃ連携なんて取れるわけないだろ。裕磨もそう思うよな?」
「・・・お世話になった課長にこんなこと言うのも悪いけど・・・誠二の言う通りだと思う。僕達が課長に合わせて戦えば、僕達は雑魚を相手にしなければならないし、逆に課長が僕達に合わせれば、ほとんど役に立たない所か僕達の足を引っ張る事になると思う」
確かに裕磨の言う通りだ。
俺が成長するまでは嫌でも皆の足を引っ張ることになる。
ゲームでも、一人でも低レベルの者がパーティーにいると、そこから瓦解して全滅という事も良くある事だ。
そうならない為にも早く強くなろうと思っていたが、そのせいで俺は焦っていたかも知れない。
結果、俺は自分の考えを皆に押し付けてしまい、誠二達の心情に向き合えず今の事態になったのだろう。
「誠二と裕磨の言う通りだな。俺の失態だ。申し訳ない」
俺はそう言って頭を下げたが、誠二はまだ止まらなかった。
「いつまで上から口調でモノ言ってんだよ。それにアンタ中身はおっさんのままだろうけど、見た目は俺より年下だろうが。そんな奴に偉そうなクチ利かれるんじゃ、過去最強の勇者様である俺の面子が潰れるんだよ。敬語使えよ敬語。・・・文句あるならいつでもかかって来いよ?相手してやるからよ」
「・・・・・わかりました。申し訳ありませんでした」
「アッハハハハ、みっじめ~!ウケるー!」
「芹山課長・・・里田さん・・・あの・・その・・・」
小鳥遊君は俺の姿を見て笑い出し、辻君はどうすればいいのかわからずにオロオロしている。
そんな中、この情けない姿を見た上でも、天草君はまだ俺を庇おうとしてくれる。
「いい加減にしなさい!課長に今迄お世話になってきたのを覚えていないの!?それなのにこんな事・・・!」
「いいんだ、天草君・・・いや、天草さん。庇ってくれてありがとうございます」
「課長!私にまでそんな風に喋らないで下さい!私は今迄の通りでいいです・・・!」
天草君の悲痛な声に心が痛む。
「もういいってお美紀さん。ソイツもわかったみたいだしさ。・・・おい、ウスイ。俺達は近い内に貴族区画にある屋敷に移り住むからよ。・・・お前はどうすればいいのかわかるよな?まあお前の言う通り、皆で協力して魔王は討伐してやるから安心しとけって。だから邪魔すんなよ。・・・じゃあな」
そう言い残して誠二達3人は去っていった。
残ったのは俺と、天草君に辻君。
「課長・・・」
「・・・・少し一人にしてくれないかな?」
「あ、あの、芹山課長!私、課長は全然悪くないと思います!」
「ありがとう辻君。それと天草君、さっきはすまなかった」
そう言って俺は二人を残し自分の部屋へ戻った。
さて、この先どうしたものかな・・・・。