王城にて
洞窟を出ると、すぐ目と鼻の先に大きな城があった。
城の周囲は山岳に囲まれているようで、天然の防壁となっていると思われる。
というか、山を切り開いたところに城を建造したという感じだろう。
全貌は見えないが、間違いないように思える。
俺はそんなお城の中にある一室に移動していた。
部屋の中には俺と、テーブルを挟んで王女様、騎士団長さん、ローブ姿の女性と司祭服を着た壮年の男性。
この四人が顔を合わせていた。
「では改めまして自己紹介致します。私はレイノース王国第一王女、ルゥナ・コル・レイノースと言います。そしてこちらから、シンセル近衛騎士団長、ラルワ宮廷魔術師団長、バウゼン枢機卿です」
「レイノース王国近衛騎士団長、シンセル・トル・ガインドと申します。以後お見知りおきを」
「宮廷魔術師団長のラルワ・ティス・ノースウッドよ。宜しくね」
「レイリア教のバウゼン・ソル・ルーランと申しますじゃ。宜しくお願いしますぞ、召喚勇者殿」
シンセル騎士団長は、青銀色の鎧を着た精悍な顔つきをした男だ。
年の頃は40前後だろうか?鎧を着ていてもわかる鍛え上げられた肉体は騎士団長と呼ばれるに相応しいオーラを纏っているかの様だ。
ラルワ宮廷魔術師団長は、緑をベースとしたややタイトなローブを身に纏っている。
体の線は細く、華奢で儚げな印象を覚える。
見た目は20代の女性だが、一目でわかるほどに耳が長く尖っている。
これはあれだな、もしかしなくてもエルフだろう。
という事は見た目と年は全然違うのがお約束なのが定番だ。
まあ、女性に年を聞くのは失礼だし聞かないけどな。
バウゼン枢機卿は、白地に黄金色の縁取りをした司祭服を着た男性だ。
生きた年月を物語るような皺が深く刻まれたその顔には、優し気な微笑みを湛えており、慈悲深き司祭様って感じがこれでもかというくらい漂ってくる。
顎に蓄えられた見事な白髭はサンタクロースを彷彿とさせる。
「初めまして、私は芹山 佻と申します。佻と呼んで頂ければ幸いです。では早速ですが、今の状況をお教え下さいますでしょうか?」
「ふむ、ウスイ殿じゃな?話が違って申し訳ないが、大変落ち着いておる様に見受けられる。貴殿は召喚勇者であることは間違いない。では異世界よりこのレイアノールに来たという事。もっと取り乱してしかるべきであろう所にその佇まい。大した度量の人物であらせられるとお見受け致しますぞ」
「いえ、そんな大した人間ではありませんよ。ただ、有事の際にも慌てない様にと常日頃自分に言い聞かせておりました。私は誠二達・・・私と共に召喚された5人の上司に当たります。とは言っても大した役柄でもないですが。そうですね、騎士団で言うと小隊長や中隊長くらいではないでしょうか?しかし、それでも人の上に立つものとして、部下の前で慌てる姿は見せられないでしょう?そんなささやかなプライドなのです」
内心ではかなり混乱しまくっているがね。
どうせ今の状況では自分に出来ることなどありはしないのだから、腹をくくって身を任せた方がいいだろう。
「素晴らしい!感服致しましたぞウスイ殿!近頃の若い騎士たちにはその様な心持の者がおりませんでな。その若さで本当に大したものだと私からも申し上げさせて頂こう!是非なにかの折には、私の部下達にその心意気を説いてやって下され!」
騎士団の事を例えに出したのが気に入ったのか、シンセル騎士団長様がやけに上機嫌に褒めてくれる。
しかし、やっぱり若く見えるんだな。
さっき見た自分は俺の幻覚とかじゃなかったか。
「あ、えっとですね、年齢の事なのですが、こんな見た目ではありますが、私は38を数える歳なのです」
「え?そうなの?もしかして貴方も私と同じ様な種族なのかしら?普通の人族の様だけど、ハーフエルフとかそんな感じだったりするのかしら?」
「いえ、私はれっきとした人間です。どうも若返ったみたいでして」
そうなのだ、ここに来る途中に大きな鏡があったので、ふと自分の姿を確認してみたら、どうも若返っている様だったのだ。
まじまじと自分の姿を見てはいないが、20歳くらいになっているだろうと思う。
なるほど、召喚直後から違和感はこれだったんだと妙に納得してしまった。
で、やっぱりエルフがいるのか。
ほかの種族なんかもいるのだろうか?また疑問が増えたな。
「若返った・・・これも今迄の王国の歴史にはないことですね・・どういう事なんでしょう・・?」
王女様が何やらブツブツとつぶやいている様子を見て、バウゼン枢機卿が大きめの咳払いをする。
「あ、すみません!それではウスイ様、現状の事をお伝えしたいと思いますが宜しいですか?」
「はい、宜しくお願いします。と言いたいところなのですが、多分すべてを把握することは難しいと思います。できればなにかにメモでも取らして貰えると助かるのですが」
「そうですね・・・・わかりました。羊皮紙とペンになりますが問題ありませんか?それでよければすぐに準備させますね」
王女様は少し考えるそぶりをしたが、すぐに了承はしてくれた。
王女様がテーブルの隅にあった鈴を鳴らすと、すぐにメイド服の女性がやってきた。
彼女は王女様に言付けをされると、直ぐに筆記用具を取りに向かってくれた。
「では、聞きたいことなど御座いましたら、先に仰って頂ければ道具が届いてから順番にお答えしますよ」
「そうですね、ではまず・・・・」
俺はここは何処なのか、なぜ召喚されたのか、なぜ若返ったのか等いくつかの疑問を挙げていった。
ほどなくして、部屋の扉がノックされたので王女様が入室を促す。
そうして扉が開かれたところにいたのは先程のメイドさんではなく、執事服をキッチリと着こなした初老の男性だった。
「失礼致します。筆記具をお持ち致しました」
「セイバルドではないですか。ご苦労様です。そうだ、貴方も同席しなさい。こちらは召喚勇者のウスイ様です」
「これはこれはお初にお目にかかります。召喚勇者様にお会いできたこと、光栄の極みに御座います。私はセイバルド・ヴァンホーテンと申す、レイノース王家に仕える執事に御座います。ウスイ様におかれましても、何か御用の際には気軽にお申し付けください。ではこちらをどうぞ」
セイバルドさんはそう言って、執事らしく洗練された所作で頭を下げてくれる。
俺は立ち上がり、お礼を言いながら筆記具を受け取る。
また人が増えたな・・・まずは名前から記入していかないと覚えられそうもないぞ?すでに皆のフルネームなんて忘れてるしな。
俺は早速覚えている範囲で王女様たちの名前を記入していく。
「それではまず、この世界はレイアノールと言います。この世界の神であるレイリティア様がお創りになられたのだと伝えられています。そしてここは中央大陸に位置するレイノース王国の首都、レインブルクです。この国はレイリティア様より祝福を受けた初代女王により建国され、以来500年程その神授の血脈によって統治されています。私の一族、つまり人族によって治められておりますが、この世界に生けるものはすべてレイリティア様に子であるという考えの元、亜人の方々も共生する他種族国家となっています」
うわ、レイレイレイとレイ尽くしだな。
レイリティアという神様の祝福を受けているそうだし、その名を冠しているんだろうな。
「随分とレイリティア様を信奉されている様に聞こえますが、宗教国家ではないのですか?」
「はい、先程も申した通りこの国は、初代女王様よって建国されたのですが、その時にはまだレイリア教は存在しておりませんでした。建国から100年程経ってから、レイリティア様を祀り、感謝を捧げる為のレイリア教が出来上がりました。レイリア教が広がるにつれ、その様な声が出た時期もあったそうですが、すでに地盤が固まっていた王制を崩すこともないという事と、神授の血脈を尊ぶという意志の元、今日に至ります。ただレイリア教は国教に定められておりますし、教皇はその時代の王が兼任しているのですよ」
うわ、凄まじい集権国家の様に聞こえるぞ。
王が王ならとんでもない統治ができそうだけど、500年もの間統治を続けているという事はそれなりの体制ができているという事だろう。
「なるほど、大体この国の事はわかりました。世界の事についてももっと知りたいところですが、それは追々教えて頂く事にして、私は何故この世界に喚ばれたのでしょうか?」
「はい、ウスイ様は召喚勇者となります。召喚勇者とはレイリティア様の秘儀により、異世界から召喚された方の事を指します。そして召喚勇者様をお喚びした理由は他でもなく、レイリティア様に授けられたお力を振るってこの世界の魔王を打倒して頂くという事なのです」
おお、勇者として召喚されて魔王様の討伐とはこれまた予想通りの展開だな。
まあお約束と言えばお約束か。
「ふむ、では私は王女様でなく、レイリティア様に召喚されたという事ですか?」
「えっと、始めにいた洞窟がありましたよね?あそこは召喚儀式の為の場所なのです。私がレイリティア様に神託を受け、召喚儀式を行わせて頂きました。ウスイ様はレイリティア様に選ばれ、そして召喚するに足るお方だと認められたのです。私はその召喚の一役を担っている、というのが正しいですね」
うーむ?わかったようなわからないような。
まあとりあえず、神様と王女様によってこちらの世界に召喚されたと思っておけばいいか。
「レイリティア様は私のいた世界の神に比べて随分と身近な存在の様ですが、会う事はできるのですか?」
「お会いするのは難しいと思います。過去には地上に顕現されていたという記録もあるのですが、ここ50年程は召喚の神託もなさっておられなかったのです。それが3日前に私に神託が下りまして、とてもビックリしました。でも、ああ、あのお優しいお声を聴いた時にすぐにレイリティア様とわかりました。私はなんて幸運なんでしょう!レイリティア様のお声を聴けたなんて・・・!」
説明の途中から王女様が悦に入り始めた。
すかさずバウゼン枢機卿の咳払いが入る。
「あ!すみません!私ったら・・・。ええっと、どこまで説明しましたでしょうか。そうです、レイリティア様にお会いするのはおろか、お声を聴くことも難しいと思いますが、召喚勇者であらせられるウスイ様の事はレイリティア様もご存じのはずです。それに今回の召喚は、過去の召喚とは大分異なっている様です。もしかしたらウスイ様たちは、何か特別な存在なのかもしれません。そうであるのなら、レイリティア様から神託などがあるかも知れませんね」
今迄の召喚と違う?そういえば召喚直後に王女様が驚いていたような気がするな。
「今迄と異なっているとは具体的にどういう事なんでしょう?」
「はい、まず過去の記録では複数人が召喚された事例はありません。それに召喚勇者様が若返った状態で召喚されたという事もないようです。報告がないだけで、もしかしたら中には若返っていた方もいたのかも知れませんが。なんにせよ一度に6人もの召喚がなされた事だけでも、十分に特異であると思われます」
普通の召喚では1人なのに、今回に限って俺達6人が召喚されたという事か。
「そうなのですね・・・自分にはまったく実感が湧きません。なにか力を授けられているとの事ですが、それもわかりませんね」
「まだ召喚されてすぐなのでそう思われても仕方ない事かと。ウスイ様には後程ステータスカードを作成して頂きたいと思っています。そこでレイリティア様より授けられたお力の事がわかるでしょう。他の方々にも目を覚まされたらお願いしようかと思っています」
ほほう、ステータスカードか。
これもまた異世界のお約束事だな。
どうやら俺や誠二達は通常の召喚勇者とは違うみたいだし、チートな能力でも貰っているのだろうか?少し楽しみだな。
そういえば誠二達はどうなっているのかな?
「鑑定をするという事ですね?わかりました。ところで私の他の5人はどの様な容態ですか?まだ意識を取り戻してないのでしょうか?」
俺がそう聞くと、セイバルドさんから返事が返ってきた。
「他の方々はまだ目を覚まされてはおりません。治癒師の方によりますと、体内のマナが安定していないという事です。しかしながら命の別状はないそうですから一先ずはご安心下さい」
「マナ?それはなんですか?」
誠二達が大丈夫そうである事は嬉しい報告だが、またわからない単語が出てきた。
「それについては私が説明するわね。これでもマナ研究においては王国一を自負しているのよ。それでマナの事なんだけど、わかりやすく言うと生命力そのものね。この世界に生きるものはすべて、その生命を繋ぐ為にマナを必要としているのよ。貴方の連れの症状は不安定なマナが原因で、召喚された時の位置が関係していると私は考えるわ」
「そうか、私は魔方陣の中心にいたと思います。そしてその周囲に5人がいた。通常であれば中心に1人が召喚される。であればその様な造りになっているはず。中心にいた私はマナが安定したが、周囲にいた5人はそうではなかったという事ですね?」
「理解が早くて助かるわ。頭の回転が良い人は好きよ?貴方、私と一緒にマナ研究やってみないかしら?」
「む、ウスイ殿には騎士団の若輩者の性根を叩き直して頂くのだ。ラルワの研究に関わっている時間などないぞ?」
「あら?研究は大事よ?マナ研究の結果が、戦いにしろ生活にしろ、役に立っている事を知らないわけではないでしょう?」
「これこれ、こんなところで言い争いをするでない。ウスイ殿も困っておいでじゃぞ?」
王女様の時からだが、話が脱線するたびに修正を入れてくれるバウゼン枢機卿に感謝したい。
「えーと、とりあえずマナが安定すれば皆は大丈夫なんですね。ラルワ魔術師団長様、ご説明有難う御座います」
「そんな堅苦しい呼び方しなくてもいいわ。ラルワと呼んで欲しいわね。貴方は召喚勇者様なのだし」
「ではラルワさんで。またマナについて詳しい事を知りたくなった時には是非ご教授下さい」
「ええ、いつでも歓迎するわ。マナの事はこの世界で生きていくためには必要な知識だと思うもの」
「むむむ、ウスイ殿!私の事もシンセルとお呼び下され!そして騎士団の育成の件も宜しく頼みますぞ!」
「これ!二人ともいい加減にせぬか。姫の御前でもあるのだぞ。夫婦喧嘩は余所でやるが良い」
なにやらやたらと対抗する二人を再び叱るバウゼン枢機卿。
王女様はそんな様子を見て楽しそうに笑っている。
なんか仲の良い親子みたいだな。
「ウスイ殿、二人が申し訳ないのぅ。なに、召喚勇者様方の事はご心配召されるな。私共レイリア教の優秀な治癒師がついております。レイリティア様に誓って皆様を安定させて見せますとも」
バウゼン枢機卿が胸の部分にある12芒星のペンダントを手に、こちらを安心させようと神の名前までも出して宣言してくれる。
丁度その時、再び扉がノックされたのでセイバルドさんが対応に向かってくれる。
そしてなにやら連絡を受け、すぐにこちらに戻ってきた。
「召喚勇者の皆様方がお目覚めになられたとの事です。如何致しましょうか?」
おお、みんな気が付いた様だ。とりあえずは一安心だな。