1.厨二病と服装検査
暖かな陽射しが一面に降り注ぐ季節。薄紅に色付いていた遠くの山も落ち着きを取り戻し、木々の間を涼しい風が吹き抜けるようになった。そして図上には、抜けんばかりに真っ青な空。
かつて「漆黒の騎士」と呼ばれた俺には、些か不似合いな程爽やかな空気であるが、決して嫌いではない。
そんな景色の中を俺は歩いていた。群衆には目もくれず、校門を一人潜る。ここから潜入調査が始まる。俺は改めて気を引き締めた。
俺の名前は戸澤拓巳。とある世界で漆黒の騎士としての使命を果たし、この世界に転生した。現在は、ごく普通の人間を演じている。
理由は単純明快だ。俺のこの力は強大すぎるため、数多の人生を狂わせてしまう可能性があるからだ。
ディーン・ベッグ時代がそうであった。俺は「漆黒の騎士」と呼ばれ、敵からも味方からも畏怖されてきた。此度も同様の業を抱えてしまったようで、俺の周囲には誰も寄り付かない。もう慣れっこだが。
幸か不幸か、この町には争いが少ない。そのため生まれて変わって十七年間、俺の能力の出番はなかった。しかし事が起こってからでは遅い。
そこで俺が考えたのは、一般人に紛れて密かに調査し、悪が尻尾を出したところで一掃するという作戦だ。俺がこの平和な生活に甘んじているのは、決して前世の望みのためだけではないのだ。
……おっと、今日は何やら不穏な空気を感じる。
予想通りだ。校門を少し過ぎた所に、腕組みをした鎧姿の大男と、軍服を着こなした少し小柄な少年が鎮座している。大男の方は、竹刀を所持しているようだ。
久しぶりの刺客か。
俺の口許に、自然と笑みが浮かぶのを感じた。上等だ。久々に漆黒の騎士らしいことができる。
しかし油断は禁物だ。慎重に、しかし確実に歩みを進める。
「止まれ」
大男の方が低い声で呟いた。やはり俺の客らしい。ゆっくりと振り返ると、相手は今まで体育の教師に扮していた人物だった。このような危険人物を野放しにしていたとは、漆黒の騎士の腕も鈍ったものだ。
「何か御用か」
あくまでも丁寧な返事を心掛ける。彼らの最期の瞬間まで本心を悟られてはならない。
「生徒会法第24条、頭髪制服検査の項。眼帯は眼病を患った時に、白のみを許可する。大谷先生、これは校則違反です。」
隣で控えていた小柄な少年が、手元の冊子に何やら走り書きをしながら大男に報告している。彼らは如何様な計略を企てているのか。
俺が訝しんでいると、不意に大男の手が此方へ伸びてきた。咄嗟に身を庇うも、目にも止まらぬ早業で左目を封印していた眼帯を奪われた。
「な、何を……」
「二年三組、戸澤拓巳。マイナス一点。以後、お洒落目的の眼帯の着用は止めるように。これは没収する」
大男と少年が立ち去っていく。俺は何も出来ぬまま、その場に立ち尽くすのみであった。
拓巳が元魔術師にも拘らず、「漆黒の騎士」と呼ばれていた理由は一応用意しています……。