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その頃、ライエンはカッツェを腕に抱えて鼻歌を歌いながらお風呂に向っていた。カッツェも上機嫌で一緒に鼻歌を歌い、時には顔を見合わせて微笑んだりもした。出逢ってまだ間もない二人だが、ライエンはこの人懐こくて無邪気な少年がなんだか実の息子のように思えて嬉しかった。そしてまたカッツェも、この大きくて優しい男を好意的に思っていた。それは敵意のない人間というだけでない、自分にとって嬉しい存在、そんなふうに感じていた。
「ねえライエン?」
「うん? なんだ?」
「さっきお姉さんは僕に、ライエンにそんな口の利きかたしちゃダメって言ってたよね?」「なんだそんなこと気にしていたのか。あまり気にするな」
「違うの。お姉さんは僕に注意したけど、あのコックさんはライエンのこと怒ってたよね? 僕はよくわからないけど、騎士さんはコックさんより偉いんでしょう?」
「ああ、なんだそのことか。そうだなあ、話すと長くなるが………バードックとワシは腐れ縁みたいなもんなんじゃ」
「腐れ縁?」
「ああ。ワシは幼い頃、この街にあったスラム街に捨てられたんじゃよ。当時はまだ獣人に対する差別も酷くてな。スラム街で生き残るには戦うしかなかったんじゃよ。だが、ワシに対して侮蔑の目を向ける人間達の中でアイツは唯一ワシを普通の目で見てくれた。まあ色々あって二十歳くらいでアイツは旅に出たしワシは先代皇帝陛下のクラウィス様に拾われて騎士団に入ったし、そこから数年は会う機会もなかったが………十五年前にやっと帰って来て、アイツの飯を待ちわびた陛下が料理長に任命したんだ」
「陛下も、お友達なの?」
「ああ。スラム街によく遊びに来てたからなあ、三人とも腐れ縁じゃ」
ライエンは懐かしむように話した後、豪快に笑った。
「いいなあ、お友達。僕にもできるかな」
「なんだ、不安か? 安心しろ、お前さんとワシはもう友達じゃ」
ライエンは笑い、乱暴に頬ずりしてやった。
カッツェは「おひげくすぐったいー」とキャッキャはしゃいで、自分も頬ずりを仕返してやった。そんな二人は傍から見ると、本当に、仲のいい親子のようだった。
そうして仲良くはしゃいている間に、大浴場に到着した。
ちなみに城には使用人用、騎士用、獣騎士団用の大浴場があり、ここは獣騎士団用の風呂である。昼間は滅多に入る人がいないが、それでもお湯は沸かしっぱなしで、四六時中誰でも利用できるようになっている。ちなみに夜には当番制で小さい売店が開かれ、飲み物やアイスが売られたりするが、それはライエンが駄々をこねてそういうシステムにしたからである。
「ようし、風呂じゃー!」
「じゃー!」
二人はキャッキャ楽しそうに笑いながら、脱衣所に入って行った。
「しかし本当に可愛い子じゃのう。ワシも結婚しとったらあのくらいの息子がいたんだろうか。しかしそういえばエレノア様の専属騎士とか言っとったが、どうなんだろうなぁ」
重い鎧を全部外すのは、意外と時間がかかる。見た目にはあまりわからないが騎士団総長は鎧の下にも特殊な衣服を身に着けなければならない。それは獣騎士団もそうだし黒龍騎士団の総長・躯も同じ。グリングラウンドの紋章を描いた首まで隠れる黒い服に、下半身も同色で、両方とも動きやすさを考慮した体に密着した素材でできている。さらに下半身には膝下まである厚手の布を巻き、両腕には騎士と獣騎士団総長の証である、獣の姿をあしらった腕輪がはめられている。
それらを全部外し終え、大きくため息を吐き出しながら腕を回す。
「あー、肩が凝るのお。もう少しなんとかならんのかなぁ」
と独り言を零しながら、大浴場の扉を開ける。
「おーいカッツェ、ちゃんと体洗ったかー?」
「あ! ライエン、背中洗ってあげるー!」
カッツェは両手を広げ、無邪気に笑いながら、駆けてくる。
「はっはっは! 嬉しいのう、まるで本当に息子ができたみたいじゃ」
笑いながら腰を低く屈め、両腕を広げる。
が。そこで彼は、あることに気が付いた―――両手を広げて無邪気に駆けてくる少年は、しかし、あるべきものを持っていなかった。それどころかあってはならない僅かな膨らみを持っていた。
彼は体に密着した素材で作られた服を着ていた。だからいくら膨らみが小さくても、わかるはずなのだ。彼の胸にある、まだまだ発達途中のその未熟な膨らみが。なのに、なぜ、今の今まで気づかなかったのだろう?
いや、そんなことはどうでもいい。
とにかく、この状況はマズイ。
そう。四十二歳のオッサンと、素っ裸の少年―――いや、素っ裸の少女が抱き合うのはマズすぎる。いくら普段からぼんやりしているライエンでもそのくらいのことはわかったし、この状況を冷静には受け止められなかった。
「ラーイエン!」
「な、なっ………!」
色々なことを一瞬のうちに考えたが、結局、彼は頭の中でそれらを処理しきれなかった。