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「ありがとうございます、ライオネルフジタの商品はコアなファンが多く、レアモノが入荷するとすぐに売り切れてしまうんですよ。よければお客様、また広告をお送りしますので会員になりませんか?」
「そうか、それはありがたい。ところで主人よ、この新製品の菓子を全部買っていいか」
「本当ですか? いやあ、それはありがたい」
「ああ。弟の手土産にしようと思ってな」
「それはきっと喜びますよ!」
二人の会話は弾み、とうとうお菓子を買い占められてしまった。
「ああ、残念だったねえエネル。また今度にしようか」
「許せない、です」
「しょうがないよ、早い者勝ちだからね。今度また買ってあげるから、今日は帰ろう」
しかしエネルはそんなこと聞いてはいない。ライトマンの言葉が終わるより早く歩きだし、男性の前に立ち、抗議の意を込めて相手の目をじっと見つめた。
「うん? なんだ君は? もしかしてこのチョコタコが欲しいのか?」
「いえ。ライオネルフジタの新作スウィーツが欲しいのです」
「そうか。だがすまん、新作スウィーツは限定二個限りなのでな。君に譲ることはできない。ひとつは弟への手土産にするつもりなんでな」
「………なら、他のライオネルフジタのお菓子を」
「それも無理な話だ。何故なら私はこれらを家に持ち帰りスウィーツ祭をすつつもりなのでな。ようやく出会えた理想のスウィーツ、そう易々と他人にくれてやるつもりはない」
「博士。潰したい、です」
無表情のエネルから怖い程はっきりと怒気が溢れ、握りしめた拳にうっすらと血管が浮かんでいる。
「だめだめ、だめだよエネルっ!」
「ん? なんだ貴様は、死神か? 」
「うーん、初対面の相手にこうもハッキリ言われてしまうといっそ清々しいよ」
「死神ではありません。かろうじて生きているだけ、です」
「エネルっ?」
「そうか。まあ似たようなものだな。それより、このスウィーツのことだが、すまんが諦めてくれるか。弟もきっと喜んでくれるだろうからな」
「でも買い占めはよくないと思います………です」
「君もわからない子だな。ならばこうしよう。正々堂々と勝負をして、君が勝てたら好きなものをやろう」
「勝負、ですか」
エネルは勝負を受ける覚悟で真っ直ぐに相手の目を見ている。勝負の内容がどんなものであれ彼女にはそれを断る理由などないのだろう。何故なら彼女はライオネルフジタの新作スウィーツを食べなければならないのだから。
「ちょ、ちょっとエネル」
こんなスウィーツの取り合いで騒ぎなんて起こしたくないライトマンはなんとかエネルを落ち着かせようとするが、彼女の背中から放たれる怒りの気配がその行為を無駄だと教えていた。それでもケンカを見逃せるわけもなく、なんとか彼女を落ち着かせようと、強引に彼女の腕を引いた。
「エネル、駄目だよ。今日はもう帰ろう、お使いだって残ってるんだし」
「負け犬にはなりたくない、です」
「だからって戦えばいいってもんでもないよ。お菓子は今度また買ってあげるから、ね?」
「ですが………」
「なんの勝負をするつもりかは知らないけど、お菓子のために人と争うのは無駄なことだと思うよ?」
「でも。諦めてしまうのは悔しいです」
「そうだね。勝負に負けた気がするよね。でも落ち着いて考えてごらん? エネルは、人と争ってまでして、このお菓子を手に入れなければならないのかい? そんなことはないだろう? それに勝負をしないからって負け犬になったことにはならないよ」
ライトマンがゆっくり落ち着いて説得すると、やっとわかってくれたのかエネルは黙ってゆっくり頷いた。
「うん。わかってくれて嬉しいよ、ありがとうエネル」
そう言ってライトマンは、優しくエネルの頭を撫でた。
するとエネルはようやく機嫌を直してくれたのか、さっきまでの怒りが急に消えて、僅かに落ち着いた表情を取り戻した。
「すみません、うちの子が我侭言ってしまって。それじゃ失礼します」
ライトマンは男に頭を下げると、エネルの手を引いて店を出て行った。
そんな二人の姿が扉の向こうに消えるまで、男はただじっと静かにその背中を見ていた。そこへ店主が大きな袋を三つほど抱えて戻ってきた。
「どうかしましたか、なにか騒がしかったような気が」
「いや。気にするな、なんでもない。それより菓子を詰めるのを手伝ってもらえんか」
「ええ、ええ、もちろんですとも」
店主は上機嫌で、手早く辺りのライオネルフジタ製のお菓子を袋に詰め始めた。