この世界には、神殻修理工なる職業がある。
生活に欠かせない魔操という力を扱うために必要な『核』を修理したり、または神殻そのものを修理したり、一般家庭に出張修理に行ったりと、大忙しだ。しかもまともな値段で請け負ってくれる神殻修理工が今のところライトマン一人しかいないので、帝国中の仕事が一気に彼に集中してしまっているのである。ちなみに他の修理工はというと、魔操学術都市・ディオスセイバーの片隅にある研究所兼学園『ノートルダム』―――通称アカデミーと呼ばれているそこに引き抜かれてしまい、今は彼しかまともな値段で商売していないのだ。しかしそれで彼に仕事が集中するものだから結局は順番待ちできずにアカデミーに依頼する者も多く、結局はアカデミーも濡れ手に粟というわけだ。
そして今日も、その男は、死神みたいな顔して床を這いずっていた。
「う、うぅ………なんとか今月分、終わった」
涙目で情けなく呻くのが、ライトマン。
不健康に痩せ細って頬は扱け目の下にはクマ、肌は色白を通り越して青白く、髪は伸び放題に伸びた白い髪。そして服装がいつも黒いコートに黒いスーツ姿なので、一見すると彼はただの死神である。
そんな彼の周りには依頼人から預かった、即席でパンを焼く小型の四角い神殻・通称グリーユパンやら温度を低くし食料の長期保存を可能にしたキュールシュランクと呼ばれる小型の食糧保管庫が転がっている。その他にも核をはめ込んで使うタイプの武器やら核そのものも山のように積まれていて、伝票や書類も整理しきれずもっさりそこら中に積み上げられた状態だ。
「………まだ終わってはいません、です」
感情のない声がライトマンの頭上から降ってきて、目の前にどっさりと依頼書が置かれる。驚いて顔を上げると、冷ややかな眼差しの助手・エネルが立っていた―――整った顔に大きくくりっとした瞳、白い肌に薄桃色の唇、145センチと背は低く小柄だが胸は程よく成長していて、それがまた独特の魅力となって彼女の美しさを引き立たせている。
「な、なんでまだそんなに残ってるのっ?」
「日付が変わって今日から五月分の仕事をしなければならないから、です」
「うええええ……そんなのないよ、ワシもう死ぬ」
「大丈夫。死ぬ前に呼び戻します、です」
エネルは相変わらずの無表情で言って、足をシュッシュと切れ良く動かす―――そう、何かを踏みつけるように。ライトマンは思わず股間を押えて蹲り、涙目で首を振るのだった。その彼女の動きだけで彼女が何を言っているのか理解できるのは、恐らくライトマンだけだろう。何故なら彼女のその動きは、殆ど日課と化してしまったライトマンへの電気あんまを意味しているのだから。
「エ、エネル。それやったらトドメ差されてワシ死んじゃうよっ?」
「博士はそんなにヤワではない、です」
そして彼女の足はますます素早く動くのだった。
「うぅう、助手が怖い………」
ライトマンはちょっと泣いてしまったが、気づかれないようにこっそりと涙をぬぐった。それから何とか話を逸らそうと思考を巡らせて、ひとつ、良いことを思いだした。
「あ!そうだ。今日、エレノア様が旅行からお帰りになられるんだったよね! エネル、お土産あるかもよ?」
「………エレノア様、ですか」
「そうそう。確か常夏の島・ルルアに行ってたんじゃなかったかな。南国のフルーツとか山ほど貰えるかもよ? よかったねえ」
仕事の事も電気あんまのことも忘れてほしくて、必死になって話をそらそうとするライトマン。その甲斐あってかエネルはもうそれらのことを口にしなくなり、逆に、黙り込んでしまった。あまり喜んではいないようだ。
「ど、どうかしたのかい? エレノア様が戻ってくるんだよ? あ。大丈夫だよ、沢山フルーツ貰っても、ちゃんとバードックさんに渡してお菓子にしてもらうから。今夜のデザートは豪華だよ、楽しみだねえ」
話をそらそうと必死になっていたライトマンも、山盛りのフルーツやお菓子の事を考えると、ちょっと楽しくなってしまった。だがエネルはというと、何故か頬を赤らめ口先を尖らせて、明らかに拗ねた顔をしてプイと顔を逸らすのだった。そんな彼女に気付き、甘いお菓子は好きなはずなのにおかしいな、と首を傾げたり「フルーツ嫌いだった? あ。それともぬいぐるみがいいのかな」と機嫌を取ろうとするが、ますます機嫌を損ねてしまったようで、思いっきり頬を抓られてしまった。もちろん無表情で。
「うぎゃあああっ? なに、なになになんでっ?」
「………なんとなく、です」
「君のなんとなくは怖いなぁ」
情けない顔して頬をさすりながら、がっくりと肩を落とすライトマン。
と、窓の外から、なにやら賑やかしい声が聞こえてきた。
「あ。エレノア様が帰って来たのかな、見てみようエネル」
そして二人は机の向こうに一つあるだけの小さな窓から揃って顔を覗かせて、外を確認してみた。だがそこには花が咲き誇る中庭だけが、見えていた。
「………博士。正門に行かなければ、ここからでは何も見えないです」
「あはは、本当だね。じゃあ散歩がてら、近くまで行ってみようか」
「はい、です」
そうして二人は急いで部屋を飛び出した。