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闇の抱擁  作者: 横江秋月
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 焼け跡からは、朝倉亮一の遺体が発見された。不思議なことに杏子の遺体は見つからなかった。

 朝倉は、弟が行方不明になってから、ずっとノイローゼぎみだったという。俺たちは多くを語らず、事件はうやむやのうちに処理された。

「彼女は、本当に自分の正体を知らなかったんだと思う」

 焼け跡を眺めながら、若尾がぽつりと言った。

「バンパイアとしての彼女は、潜在意識の奥深いところにずっと隠されていたんだ。それがたぶん、朝倉の指摘によってか、おまえとのつきあいによってか、自覚できるレベルにまで浮かび上がってきたんだろう……」

 俺は首筋に残った小さな傷跡に触れた。

 およそ言い伝えや噂というものは、ほとんどが眉唾だと思う。俺の体に何の変化もないところをみると、バンパイアに血を吸われるとバンパイアになるという話も、どうやら確かなものではなかったらしい。

 とすれば、心臓を杭で打てばバンパイアが死ぬという話も、根拠のない言い伝えかもしれない。

「火をつけたのは、いったい誰だったんだろうね?」

 俺の考えを見透かしたように、若尾が言った。

 俺は若尾の黒い目を見返した。

「それにしても」

 俺は話題を変えた。

「何だって朝倉にばれるようなへまを……」

 朝倉には多分に同情の余地がある。だが、若尾の体に加えられた暴行の痕を見て、そんな考えはいっぺんに消し飛んでしまった。

「朝倉氏にはまいったな」

 若尾は目を伏せて微笑を浮かべた。

「弟の復讐をしたいという思いが、どこですりかわったか、異質な存在に対する憎悪に変わってしまったらしい。俺のことを調べたと言っていた。わざわざ本籍地にまで足を運んでさ。それで、俺たちみんながぐるだとでも思いこんだのか――」

「言っとくが、俺はただの人間だぞ」

 念のため抗議の意を表明したが、彼はそれにはとりあわず言葉を続けた。

「――襲われたときは、正直言って怖かったよ。それでつい、殴られた拍子にぼろを出してしまった」

 俺はまじまじと若尾の顔を見つめた。

 怖かっただって? 若尾が?

 だが俺は別の質問を口にした。

「それはそうと、本籍地って……そこに何かあるのか?」

「さあね」

 若尾は意味ありげな顔をして前髪をかきあげた。

「行ってみたいか? いいぜ」

 すっと俺の耳元に口を寄せた。

「……俺から逃げないと約束するならね」

 二人のあいだを、一陣の風が吹き抜けた。



【完】

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