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闇の抱擁  作者: 横江秋月
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 若尾は四日後に帰ってきた。

「まず、彼女がつきあってたっていう相手のことを調べてみたんだけどね」

 俺がありあわせの材料で作ってやったチャーハンをかっこみながら、若尾は興奮した様子で報告を始めた。

「高校のときに二人と、大学に入ってから一人……例の院生を除いて三人いたことがわかった。そのうち二人は、確かに彼女と交際中に失踪している」

 一人目は杏子と同い年の幼なじみで、これはつきあいはじめて間もなく別れ、現在も別の大学で元気にやっているという話だった。

 二人目は上級生で、当時高校三年生。交際三か月目に失踪したが、進学について悩んでいたこともあり、受験ノイローゼによる家出ということで片付けられた。

 三人目は、サークルのコンパで知り合った同じ大学のOBで、一か月足らずで姿を消している。だが彼の場合、麻薬の運び屋をやっていたという噂があり、何らかの事件に巻きこまれたとみて警察が捜査を続けていた。

「ふうん、そりゃあ……」

 三日かそこらでよくこれだけのことを調べてきたものだと感心しながらも、俺は気のない返事をした。

「しかしそれだけじゃ、何とも言えないなあ」

「まだ続きがあるんだ」

 若尾は鋭い目で俺を見つめた。

「彼女が幼なじみと別れた原因なんだが……どうやら強姦事件があったらしい」

 高校一年生の夏、杉本杏子は、下校途中の雑木林で倒れているところを、昆虫採集に行った子供たちによって発見された。彼女は何があったかまったく覚えていなかった。着衣の乱れ具合や体に精液が付着していたことから、強姦事件と推定されたが、結局犯人は見つからなかった。

 だがこの事件には、事件そのもの以上に人々の好奇心をあおる、あるおまけがついていた――。

「首筋の、ちょうどここらへんに」

 と、若尾は自分の喉元を指差して言った。

「鋭い牙でかまれたような傷が二つ、ついていたというんだ」


 じつをいうと俺は、杉本杏子と金曜日の夜に会う約束をしていた。もちろん約束を反古にする気などさらさらなかったが、さすがに出ていく前に、もう一度振り返って若尾の顔色をうかがった。

「とめたって聞きゃしないだろ?」

 若尾はにやりとした。

「おまえの悪い癖だ」

 一歩外へ出ると、俺は先程までの後ろめたい気持ちをすっかり忘れ、飛ぶように待ち合わせ場所に向かった。

 この日も杏子は先に来て待っていた。

「今日は何食べる?」

「うーん。えーっとね、そうだ、この近くにパスタおいしいお店あるんだ。どう?」

「いいね」

 俺たちは他愛のないことをしゃべりながらその店に向かった。途中、杏子がさりげなく俺の肘に手を滑りこませてきた。俺は気付かないふりをしながら、少しだけ歩調を緩めた。

「それでねえ、あの先生ったら……」

「えー、嘘嘘。それじゃさあ……」

 あっという間に時間が過ぎていった。

 食事のあと、俺たちはカラオケボックスで騒ぎ、飲み屋を何軒かはしごしたあげく、べろべろの状態でタクシーに乗りこんだ。

 杏子が当然のように自分のアパートの名を告げ、俺も当然のように黙っていた。


 もう待ちきれなかった。

 部屋に入るとすぐ、俺は後ろから杏子の腰に腕を回した。電気はつけさせなかった。酒臭い口で乱暴に唇を奪い、彼女の着ている物をむしりとりながら、いっしょにベッドに転がりこんだ。

 服を脱ぐのももどかしかった。もがくようにジーンズから足を引き抜き、靴下を投げ捨てた。すっかり裸になると、俺は杏子の上に乗って、もう一度深く口付けした。それから静かになった。

 二人とも初めてではないはずだった。だが俺たちは、まるで生まれて初めて経験するように、おずおずと互いを求めた。

 杏子の柔らかな体に触れるたび、彼女の指に触れられるたび、次々に快感の扉が開かれていくようだった。俺はいつの間にか、はしたない声を上げて腰を揺すっていたように思う。


 気がつくと、朝の陽射しが顔半分を照らしていた。二日酔いで頭ががんがんするのに加え、三日ぐらい行為に励んでいたような強烈な疲労感があった。

 杏子は俺の横で、あどけない表情を浮かべながら、安らかな寝息を立てている。

 俺はそっとベッドを抜け出した。洗面台で顔を洗ってから、ふと思いついて首のあたりを調べてみた。出来物一つない。

 ――おまえの悪い癖だ――。

 若尾の言葉を思い出した。俺は鏡の中の自分の顔に向かって苦笑した。

 そう。確かに悪い癖だ。危険とわかっていて飛びこんでしまうのは。

 だが若尾の詮索好きといっしょで、こればかりはどうしようもない。

 俺は、闇という名の街灯に引き寄せられる、一匹の無分別な蛾だった――。

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