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窓の外

作者: 弥生 菜未
掲載日:2026/06/06

 鳥が鳴いている。カラス、ウグイス、そして名も知らぬ鳥の声。

 ベランダの下は谷になっていて、その谷間には家やアパート、小さな畑などが敷き詰められている。


 私はそれらを眺める。


 空はくすんだ水色をしていた。雲が薄い層になって空を覆っていた。でも、眺める景色は確かに陽の光を浴びていて、橙色を帯びている。

 風は感じない。だが、カーテンはわずかに揺れている。窓を閉めていたつい先ほどまでは、時間が止まっているみたいに何もなかったのに、今はひんやりと空間に温度が、そして音が、伴っている。


 心中は“無”であった。気力がなかった。

 身体が疲れているのか、はたまた心が疲れているのか、ぼぅっと窓の外を眺める。ただそれだけのことをするので精一杯だった。

 やらなければいけないことは、山のように積み上がっていた。

 だから今は、現実から逃れ、何でもない時間を過ごしたかったのかもしれない。


 鳥は繰り返し繰り返し、同じ鳴き声で鳴いている。同じ擬音をあてがわれている。

 私も、鳥と同じように繰り返せばいいのだろうか。繰り返し繰り返し、期待されるままに存在していればいいのだろうか。あてがわれた役割をこなすことが、私の役目なのだろうか。

 悲しくはない。ただ、ぼんやりと考える。


 鳥も話をしている、鳥同士で。そして羽ばたいて、羽ばたいて、羽ばたいて…………新たなる場所へ。


 移りゆく。


 建物も、畑も、空模様も、互いに影響し合って、その景色を変える。手があって化粧をするわけでもないのに、身体があって服を着るわけでもないのに、足があって歩き出すわけでもないのに、私を置いて、次なる姿へ。


 今、心の中には何もなくて、空っぽであるはずだった。とても静かで、喜びも哀惜もないはずだった。

 だから、もしそうであるはずなら、ここにある“無力感”というものは“無”に等しいのだろうか。


 空は闇を孕んでさらにくすみはじめた。冷えすぎて快を通り越した風は、私の産毛を逆立てる。窓を閉めれば、音もなくなる。カーテンを閉めれば、景色もなくなる。


 これで私は守られただろうか。そもそも、何に侵されていたのだろうか。

 あぁ、そうだ。やらなければいけないことがあるのだった。


 机に向かう。ペンを持つ。気が進まなければ、手も進まない。時間だけが過ぎていく。

 そして。


 …………………………………ぐぅ。


 と、腹が鳴る。

 気づく、人間であることに。

 生きていることに。


 繰り返される日々に、私は生きている。やりたいこととやらなければいけないことは噛み合わないが、それでも私は移りゆく一つとしてこの世界に溶け込んでいる。

 それが今の私の、唯一の救いであるような気がした。


 私はこれから、数年、数十年と長い人生を歩む。微笑むばかりでなく、嘆き悲しむ時もあるかもしれない。流れゆく時間の中で、彷徨い、行く末を見失い、喪失を知ることもあるかもしれない。

 それでも、私は自らの足で立つ。歩き、走る。止まって、また、歩く。


 生きることを目的にして。

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