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魔眼治癒師の最適解  作者: 鍵音-kagine-


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第97話 医療部門視察

 カナトに案内され、一行は医療部門へと足を踏み入れた。


 戦術部門とは対照的に、そこには穏やかな空気が流れている。


 薬草の優しい香り。


 治癒師たちが患者へ丁寧に声を掛け、スタッフたちが忙しくも落ち着いた足取りで行き交う。


 人の命を守るための場所。


 そんな空気が自然と伝わってきた。


「こちらが医療部門です」


 カナトは少し緊張しながら説明を始める。


「怪我や病気の治療だけではなく、健康診断や生活指導も行っています」


「病気になってから対処するだけではなく、病気を未然に防ぐことも大切な役目です」


 フルールは感心したように頷いた。


「予防も治癒師のお仕事なのですね」


「はい。病気にならないことが、一番の治療になる場合もありますから」


 その時だった。


「ミズキ先生、ありがとうございました」


 若い母親が頭を下げながら診察室から出てくる。


 その腕には、生後間もない赤ちゃんが抱かれていた。


 後ろから現れたミズキは穏やかな笑みを浮かべる。


「順調に育っていますよ」


「また何か心配なことがあれば、いつでも相談してくださいね」


 母親は安心したように微笑んだ。


 その様子を見たフルールは自然と歩み寄る。


「可愛らしいお子さんですね」


 赤ちゃんは小さな手を動かし、無邪気な笑顔を見せる。


 フルールも思わず頬を緩めた。


「何かお困りのことはありますか?」


 優しく問い掛けると、母親は少し困ったように笑う。


「実は、この子にもっと栄養を付けさせてあげたくて……」


「食事には気を付けているのですが、これで十分なのか不安なんです」


 フルールは真剣に耳を傾けた。


「そうだったのですね」


 その時、フルールは最近自身の食事に使用されている食材を思い出した。


 料理長からも栄養があると言っていたはずだ。


「そういえば、蜂蜜は身体に良いと聞いたことがあります」


「栄養も豊富ですし、この子にも良いのではありませんか?」


 母親は「あっ」と声を上げた。


「実は知り合いからいただいた物がありまして」


「食べさせようか迷っていたんです」


 そう言って、小さな瓶を取り出す。


「駄目です!」


 思わずカナトの声が響いた。


 部屋の空気が一瞬で静まり返る。


 しかし、その直後だった。


(……あれ?)


 カナトの視界が揺らぐ。


 蜂蜜の瓶を見つめたまま、景色が塗り替わった。


 白く照らされた診察室。


 小さなベッドの上には、生後間もない乳児が横たわっている。


 泣く力もなく、手足はぐったりと脱力し、抱き上げられても首に力が入らない。


 母親は不安そうな表情で医師へ訴えていた。


「便秘が続いた後から、急に元気がなくなってしまって……」


 やがて医師は静かに診断を告げる。


「乳児ボツリヌス症です」


「筋力低下が進行しています。このままでは呼吸に必要な筋肉まで動かなくなる危険があります」


 家族の顔が青ざめる。


 医師は落ち着いた口調で続けた。


「原因として蜂蜜の摂取が考えられます」


「健康な大人には問題ありませんが、一歳未満の乳児には与えてはいけません」


「少なくとも一歳になるまでは避けてください」


 映像はそこで途切れた。


 カナトは息を呑む。


(今のは……)


(知識だけじゃない。まるで、その場にいたみたいだ)


 以前よりも遥かに鮮明な光景。


 魔眼が見せる景色は、確実に変化していた。


「カナト様?」


 フルールの心配そうな声で我に返る。


「どうかなさいましたか?」


「……す、すいません」


 カナトは軽く頭を下げ、改めて蜂蜜の瓶へ視線を向けた。


「その蜂蜜は、一歳未満のお子さんには与えないでください」


「重い病気を引き起こし、命に関わる危険があります」


 母親は慌てて瓶を抱き寄せた。


「そ、そんな……」


 隣でミズキも静かに頷く。


「医療部門では、一歳未満のお子さんには蜂蜜を与えないよう保護者へお伝えしています」


 母親は何度も頭を下げた。


「教えていただいて、本当にありがとうございました」


「危うく食べさせてしまうところでした」


 フルールも申し訳なさそうに目を伏せる。


「私も、良かれと思って勧めてしまいました」


「知らないというのは、本当に恐ろしいものですね」


 カナトは静かに首を横へ振った。


「ですが、王女殿下はその子を思って提案されたんですよね」


「そのお気持ちは、とても大切だと思います」


「そこへ正しい知識が加われば、もっと多くの命を救えるはずです」


 フルールはゆっくりと頷いた。


「ありがとうございます、カナト様」


「今日もまた、大切なことを学ばせていただきました」


 そのやり取りを見守るミズキは、優しく微笑む。


 フルールは先ほどの出来事を思い返すように、静かに目を伏せた。


 医療とは、魔法だけではない。


 良かれと思った言葉が、誰かを傷つけることもある。


 だからこそ。


 知らなければならない。


 学び続けなければならない。


 そのことを、今日初めて実感していた。


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