第95話 王女殿下
リーデル王国王城。
執務室には三人の姿があった。
一人はリーデル王国国王。
レオニス・エス・リーデル。
もう一人は王国有数の名門貴族。
ヴィクトル・フォン・アルヴェイン公爵。
そして。
「それで、そのカナト様という方はどのような方なのですか?」
興味津々な様子で身を乗り出している少女。
フルール・エス・リーデル。
リーデル王国第一王女だった。
ヴィクトルはそんな彼女を見て苦笑する。
「落ち着いてください、フルール様」
「気になります」
即答だった。
レオニス王が小さくため息を吐く。
「また始まったな」
「好奇心旺盛なのは良いことです」
「ほどほどならな」
王は肩を竦めた。
ヴィクトルも否定はしない。
フルールは昔からこうだった。
気になったことは放っておけない。
身分など関係なく興味を持つ。
だからこそ王城の外へ出たがるし、民の話も聞きたがる。
王女としては珍しい性格だった。
「それで?」
フルールは続きを促す。
ヴィクトルは小さく笑った。
「先日、街へ入る直前のことです」
「馬車が故障してしまいましてな」
「修理が終わるまで待機していたのですが」
そこで一度言葉を切る。
「運悪くグレイオーガに遭遇しました」
フルールが目を見開いた。
「グレイオーガですか?」
「ええ」
ヴィクトルは頷く。
「護衛もおりましたが、状況は良くありませんでした」
「その時に助けてくれたのがカナト君です」
フルールは静かに話を聞いている。
「見ず知らずの老人を助けるために躊躇なく飛び込んできました」
「普通なら危険を避ける場面です」
「ですが彼は違った」
ヴィクトルは懐かしそうに目を細めた。
「助けたいから助けた」
「それだけだったのでしょう」
小さく笑う。
「久しぶりに面白い若者を見ました」
そして。
少しだけ言葉を切った。
「それに……」
フルールが首を傾げる。
「それに?」
ヴィクトルは答えない。
代わりに。
レオニス王へ視線を向けた。
ほんの一瞬。
二人の視線が交わる。
それだけだった。
だが。
レオニス王は理解したように目を細める。
「なるほどな」
短い返答。
フルールだけが事情を理解出来ず首を傾げていた。
「?」
二人は何かを知っているらしい。
だが。
フルールには分からなかった。
ヴィクトルは話を続ける。
「それにノクス統括が第九班へ入れた少年でもあります」
その瞬間だった。
レオニス王の眉が僅かに動く。
「……ほう」
短い反応。
だが。
それだけで十分だった。
フルールは首を傾げる。
「ノクス様が?」
「ええ」
ヴィクトルは頷く。
「珍しいこともあるものです」
レオニス王はしばらく考える。
そして。
「ちょうど良いかもしれんな」
「陛下?」
フルールが首を傾げた。
王はゆっくり立ち上がる。
「フルール」
「はい」
「次の視察だが」
「アルビオンへ行ってみるか?」
数秒。
沈黙。
そして。
「本当ですか!?」
フルールが立ち上がった。
満面の笑みだった。
レオニス王は苦笑する。
ヴィクトルも思わず笑ってしまった。
どうやら決まりらしい。
◇
数日後。
アルビオン。
第九班の部屋。
カナトとリゼアは顔を見合わせていた。
「緊張するわね」
「そうだね」
今回の任務。
王女殿下の視察対応。
正直。
何をすれば良いのか分からない。
レオンだけは落ち着いていた。
「大丈夫だよ」
「視察の補佐だからね」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ」
レオンは笑う。
だが。
その時だった。
廊下の向こうから足音が聞こえた。
複数。
しかも規則正しい。
ギルフォードが立ち上がる。
「来たな」
空気が変わった。
扉が開く。
最初に入ってきたのは護衛達だった。
王家の紋章を身に着けた騎士達。
整然と左右へ並ぶ。
自然と背筋が伸びる。
そして。
最後に一人の少女が姿を現した。
その瞬間。
部屋の空気が変わった。
柔らかな金髪。
陽光を閉じ込めたような髪が肩の上で揺れる。
透き通るような白い肌。
宝石のような蒼い瞳。
白を基調とした上品な衣装が、その存在をより際立たせていた。
綺麗だった。
ただ美しいだけではない。
そこにいるだけで周囲が明るくなるような。
そんな不思議な存在感があった。
思わず息を呑む。
カナトだけではない。
初めて間近で王女を見るリゼアも、僅かに目を見開いていた。
少女はそんな視線にも気付かない。
柔らかな笑みを浮かべたまま一礼する。
「初めまして」
「フルール・エス・リーデルと申します」
王女としてはあまりにも自然な挨拶だった。
ギルフォードが頷く。
「第九班だ」
促され。
レオンが前へ出た。
「レオン・クロードです」
続いて。
「リゼア・ヴォルトです」
「カナトです」
二人も名乗る。
フルールは一人一人の顔を見る。
そして。
その視線がカナトで止まった。
「あの方が……」
小さな呟き。
だが。
カナトには聞こえなかった。
フルールはすぐに微笑む。
「よろしくお願いいたします」
その笑顔は。
まるで春の陽だまりのようだった。




