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【完結】エメヴィベール伯爵夫人の魔法庭園  作者: 礼三


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8/18

伯爵夫人の孤独

「シルヴィ…。ここにいたのか?」


 名を呼ぶ声の方向へシルヴィアは顔を上げた。

 真っ直ぐな眼差しでシルヴィアを見つめるラース、金色の髪が春風に揺れる。

 シルヴィアと出会って一年ぐらいだろうか…。まだ少年のラースがシルヴィアを目指して駆けてくる。

 

「ラース様…」

 

「晴れているとはいえ、まだ風が冷たい…。さぁ、屋敷に戻ろう」


 ラースは促すもシルヴィアは動かない。

 シルヴィアの小さな両手にラースは視線を移す。白詰草の可憐な花がシルヴィアの手元に散らばっていた。

 地面へ直接お尻をついて座っていたシルヴィアの足元には花冠が幾つか出来上がっている。

 

「これ…」


 シルヴィアは花冠を掴んでラースへ差し出す。

 

「これは…。男の僕にはいかがなものだろう」

 

「ラース様に似合うと思ったの…。王子様みたいだから」


 はにかんだシルヴィアを愛おしく感じて、ラースはシルヴィアの頬を両手で挟んだ。

 

「花冠は恥ずかしいかな」

 

「むぅ…。おそろいなの…」


 一度は断ったものの、シルヴィアは引き下がるつもりはないらしい。

 膨らんだシルヴィアの頬の感触がラースの手から伝わる。もちもちしていて柔らかい。

 

「分かったよ」


 ラースが恭しく頭を下げるとシルヴィアは満面の笑みでラースへ冠を捧げた。

 

「ふふ…。ラース様大好き」


 シルヴィアの側にはいつもラースがいた。一人でいても必ず見つけてくれる。

 いつも寄り添ってくれるラースの温もりを感じる。シルヴィアは寂しくなかった。

 残っている花冠を重ねたラースは、シルヴィアの頭へ載せた。

 

「花婿と花嫁のようだね。いつか…。幸せな結婚式を挙げよう」


 シルヴィアとラースの周りで白詰草が風に踊る。目に沁みるような青空の下、ラースの笑顔が眩しかった。

 

 

 東の窓から差し込む光が瞼に落ち、シルヴィアは目を覚ました。目頭から涙がこぼれる。幸せな夢を見ても、涙は流れるものなのだなとシルヴィアは思った。

 


 昨日の幻想的な少年との出会いは夢でなかったようだ。床に転がる小瓶をメイドが拾いあげる。


「奥様…。こちらが落ちておりました」


 小瓶が陽に反射して、キラキラと青色の光を放った。手渡された小瓶の中身が波打つ。


「ありがとう…。夢ではなかったのね…」


「はい?」


「気にしないで…。独り言よ…」

 

 シルヴィアが水桶で顔を洗っている間、この屋敷に配属されたばかりの新人メイドはテキパキと寝具を整えた。

 鏡台の前へシルヴィアが腰かけると、手紙の束が視界へ入る。

 その殆どは付き合いのある貴夫人からで、お茶会を開催するにあたり、エメヴィベールの庭園を貸してほしいとの依頼の書簡だ。

 本来であれば、開催者の邸宅で行うのが常であるが、シルヴィアの庭園は素晴らしく、場所を借りたいとの希望者は後を絶たない。

 シルヴィアは自身が参加しないことを条件に彼女たちへは了承の返信を送っていた。

 メイドはシルヴィアの身支度を手伝う。


「これは…。火にでもくべてちょうだい」


 シルヴィアは桃色の封筒を目視して指さした。


「はい…。かしこまりました」


 長年、付き従っている侍女であれば、この手紙を持ってくることさえなかっただろう。

 手紙の主はフルールである。彼女は定期的にシルヴィアへ手紙を寄こした。

 だが、ある日を境にシルヴィアはその封を切ることがなくなった。


『夫には…。送っても返事が来ないのに…。愛人からは毎月決まった日に届くなんて…』


 シルヴィアは胸の奥に濁りのようなものが沈んでいくのを感じた。

 シルヴィアは明るい声で髪を()かしているメイドへ問いかけた。


「今日はイーダの娘…。ティナだったかしら?誕生日だったわね…。手配したウサギのぬいぐるみは届いているかしら…」


 エメヴィベール伯爵家の使用人は本人と家族の誕生日に特別休暇が貰える。

 一人で過ごす誕生日ほど寂しいものはない…。シルヴィアは自身の過去を振り返って、静かに微笑んだ。


「イーダさん、喜んでおられましたよ。奥様がティナちゃんのプレゼントまで用意してくださったって…」


「そう?何にしようか、悩んだかいがあったわ…」


 メイドはシルヴィアの長い髪を丁寧に解きほぐす。櫛で梳くたびに銀色の輝きが増した。


「この邸宅で働かせていただけるなんて…。私はもちろん、皆も幸せを感じております」


「大袈裟ね…」


 シルヴィアは鏡に映ったメイドと目が合った。この娘も孤児院からこの屋敷へ就職を決めた者の一人だ。


「奥様には感謝しかございません」


 シルヴィアが笑顔を返すと、溌剌とした年若いメイドは頬を紅潮させた。

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