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【完結】エメヴィベール伯爵夫人の魔法庭園  作者: 礼三


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刃傷沙汰

 その日、シルヴィアは王立アプリシア学院の見学に来ていた。

 シルヴィアを伴って歩いているアシルの姿を生徒たちが目撃し、学院では朝から謎の美少女の話題が飛び交っていた。

 喧騒から逃れるため、ラースの授業が終わるまで、シルヴィアは午後から魔法実技科の準備室でアシルと待機することになった。


「悪いな…。皆、シルヴィア嬢のことが気になるようだ…。騒ぎにならないように、ここでラース卿を待つことにしよう…」


「先生…。ご迷惑をかけてごめんなさい」


 シルヴィアは自分が何故、他者から注目を浴びるのか不思議ではあったが、アシルへ負担をかけている自覚はあった。自分が発した一言で、アシルが奔走していたことも…。


「迷惑だなんて…。一切思ってない…。何ならシルヴィア嬢に頼られて嬉しいんだが…」


 いつも冷淡なアシルの表情が崩れる。シルヴィアはアシルの微笑みに安堵した。

 アシルは白磁のティーカップへミルクティーを注いだ。甘い香りが部屋へ広がる。


「これでも飲んで、ゆっくりしててくれ…。確かクッキーもこの辺に…」


 アシルの机の上には書籍が積み重なり教材が散乱していた。その間からクッキーの入った袋を探しだす。


「だっ…。大丈夫だ…。シルヴィア嬢のために昨日購入したものだから…」


 シルヴィアは全く気にしていないのだが、アシルは言い訳をする。その様子が可笑しくて、鈴の音のような笑い声が弾んだ。


「ふふ…。何も心配しておりませんよ。いただきますね…」


 シルヴィアが手渡された袋を開けたときだった。準備室の扉を叩く音が響く。


「何だ?」


「アシル教授…。今日までの期日だった課題を持ってまいりました」


 女生徒の声にアシルは指を鳴らした。魔法で扉が開く。男子ではないことでアシルの警戒心は薄れていた。

 噂の美少女を一目見ようと、準備室の周囲に隠れていた男子生徒をアシルは先ほど一掃したばかりだった。

 だが、その少女を確認してアシルは後悔した。思い詰めた面持ちで彼女はシルヴィアへ近づく。

 アシルはシルヴィアの前へ立ち塞がった。

 

「この方がラース様の婚約者ですか?」


 鬼気迫る様子で女生徒は尋ねた。

 アシルは再び指を鳴らした。その音を認識した途端、シルヴィアの耳へ女生徒の言葉が届かなくなった。


「君に答える必要はないだろう…。出ていきなさい!」


「アシル教授には関係ないことです!その子に聞いているのです!」


 慎ましやかで品が良いと教師からも信頼がある生徒が、今にもアシルの胸ぐらを掴まんばかりに詰め寄った。

 シルヴィアは声が聞こえないため、状況は把握できなかったが、彼女の(あで)やかな真紅の髪に目を奪われていた。グリーンの切れ長な瞳に怒りが宿っている。


『素敵な人なのに…。何を怒っていらっしゃるのかしら?何故、先生は声を遮ったの?』


 シルヴィアが思考を巡らせている間も、アシルと女生徒の攻防は続いていた。


「はっ?私の客人だ。彼女への話は私を通してからにしなさい」


 ラースの交際相手である女生徒はシルヴィアの容姿をラースから聞いていた。

 月の光のように綺麗で、花びらが舞い散るような儚さをもつ婚約者…。ラースは女生徒と愛し合ったあとでさえ、語ったこともある。ラースが誰よりも大切にしている存在…。

 

「そんな子供に…。そんな子供がラース様の婚約者だなんて…。貴女ではラース様を満足させられないでしょう?ですから、ラース様を解放してあげて…」


 アシルは眉間に皺を寄せた。女生徒の言動でラースとの関係を察したのだ。


「君に発言を許した覚えはない」


「先生…。この方は何を仰っているのですか?」


 アシルの背に庇われていたシルヴィアは不安になり、アシルのシャツを握りしめた。シルヴィアの手には汗が滲んでいる。


「いい加減にしなさい。君は退出するように」


「ですが!」


「衛兵を呼ぶか?君も卒業するまでこの学院へ在籍したいだろう…」


 アシルは魔法で女生徒を振り払えたが、シルヴィアの前で乱暴なことはしたくない。対話で解決すべく彼女を諭した。

 ラースもこの女生徒も今夏で卒業が決まっている。あともう少しの辛抱で、栄誉あるアプリシアの卒業生となるのだ。

 アシルの言葉が響いたのか、少女は踵を返すと走り去っていった。


「私が…。間違っていた…。安易にシルヴィア嬢を連れ回すのではなかった…」


 シルヴィアにアシルの呟きが聞こえた。


「ごめんなさい。先生…。ラース様の学校でのお姿が見たくて」


 クレバスキュールへ残されたシルヴィアが学院から戻ってこないラースを恋しがっていることを、アシルは痛いほど感じていた。

 時折、学院でのラースの様子を伝えると顔を綻ばせた。ラースの話をしただけでも幸せを噛みしめるシルヴィア、一度ぐらいは学院へ連れて来たかった。

 シルヴィアではない…。アシルがそれを望んだのだ。


「構わないよ…。だが、ここには多数の生徒たちが生活をしている。君が…。いや…。ラース卿が誰かの不興を買い、ラース卿の婚約者と知ったその誰かがシルヴィア嬢へ危害を加えないとも限らない」


「あの方からラース様は恨まれていらっしゃるのですか?」


「シルヴィア嬢が気にすることではない。ラース卿の不始末だ。自分で蒔いた種は自ら刈り取るしかないだろう」


 次の授業が始まり、生徒たちの気配が廊下から消える。アシルはシルヴィアを学院の門まで案内した。

 とりあえず、王都にあるクレプスキュール邸でシルヴィアを保護してもらおうと考えたからだ。

 門番に馬車の手配を頼んでいたその一瞬、アシルはシルヴィアから目を離した。


「貴女が!」

 

 アシルが振り向くと、血溜まりの中にシルヴィアが倒れていた。

 まさかあの女生徒がこれほどの凶行に及ぶとはアシルは予想もしていなかった。

 シルヴィアは女生徒に腕を刺されていた。

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