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【完結】エメヴィベール伯爵夫人の魔法庭園  作者: 礼三


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婚約者の学院生活

 ラースは学院で自由を謳歌していた。

 

 シルヴィアは可愛くて愛おしい…。

 滑らかな絹のように眩い銀の髪、小さな唇に整った鼻筋…。紫苑の花のように清廉な眼差し…。

 子供の頃から面倒をみてきたのだ。大切な婚約者には違いない。

 だが、長く一緒にいたためか、ラースはシルヴィアを一人の女性としてみられなかった。

 シルヴィアは家族であって恋人ではない。

 それにまだ幼い…。


 王立アプリシア学院へ入学してから気づいたことだが、ラースは異性から人気がある。

 ラースはシルヴィアが屋敷に一人残されて寂しがらないように、貴族の集いも最小限にとどめていたので、同じ年頃の女の子たちとの交流はほぼなかった。学院へ入学してから、やたら女生徒たちの熱視線を浴び、ラースは自覚した。

 彼女らは皆一様にキラキラとした眼差しでラースを見つめる。ラースが弓形に目を細めると彼女らは奇声をあげたり、頬を赤らめて顔を背けた。

 それ故に彼女たちを牽制するため、ラースは婚約者(シルヴィア)がいると公言していた。


『あの時は…。魔がさしたのだ…』


 それは夕日が柔らかく窓から差しこむ教室、ラースは勉強を教えてほしいと女生徒の一人から声をかけられた。

 しなやかで魅力的な肢体、溌剌とした肌…。潤んだ眼差しにラースは絡めとられる。

 長い髪がさらりと風に運ばれ、果実のような甘酸っぱい香りがラースの鼻腔をくすぐった。

 

「婚約者がいるのは知っていますわ…。だから、この学園で過ごす間だけでいい…。あなたの恋人にしてほしい」

 

 彼女は生活態度も真面目で教師からも一目置かれていた。クラスの男子から人気のある女生徒だ。

 ラースから見ても魅力的な女性だった。


「二人だけの内緒の関係ですわよ…。私は誰にも言ったりしない…。ラース様…。あなたが好きなの…」


 ラースとて女性へ興味を持つ年頃の男子だ。シルヴィアへの罪悪感を抱きつつも、彼女に誘われるがまま、秘め事の交際が始まった。

 品性高潔と謳われる彼女が、秋の山へ燃ゆる紅葉のような鮮やかな色の髪を振り乱し情熱的な姿で、ラースと睦みあう。ラースは彼女の身体に夢中になり深みにはまっていった…。

 二人は何度も逢瀬を重ねた。



「私…。一度で良いのです…。アプリシアへ行ってみたいわ…」

 

 それはアシルの前で何気なくシルヴィアが呟いた言葉だった。

 シルヴィアは魔力があるとはいえ、魔法使いではない。王立アプリシア学院への入学は許されなかった。

 もし、誰もが学院へ入学が可能だったとしても、シルヴィアの身体のことを考えれば、クレプスキュール侯爵は辞退を申し出たはずだ。

 日頃、クレプスキュール侯爵領で療養を強いられているシルヴィアは同世代の少女たちと関わる機会が少ない。

 アシルはシルヴィアを不憫に思った。


「そうだな…。一度は王都ノアゼリスに行ってみるのもいいだろう…。きっと良い経験になる…」

 

 王立アプリシア学院は王都ノアゼリスにある。シルヴィアはクレプスキュール侯爵邸で生活するようになってから領地の外へ出たことがない。

 シルヴィアの体調は安定していた。

 社交界デビューは難しくとも、学生生活を夢見るシルヴィアへ学院の見学ぐらいは許可してもよいのではないだろうか…。

 アシルはエドモンへ相談した。エドモンは二つ返事で承諾してくれた。


 アプリシアを訪問して、シルヴィアの見学の手続きを済ませたエドモンが、その旨をラースへ伝えに行く。

 ラースは何故かあからさまに不機嫌になった。エドモンはラースの握りしめた拳に目を向けた。


「なぜ…。来るんです?シルヴィアの身体のことを思えば…。クレプスキュールから王都ノアゼリスへ来る道のりが負担になるでしょう?」


「アシルが付き添うから大丈夫だ。魔法陣を利用するだろうな…」


 アシルはアプリシア学院の教師でもある。

 王都ノアゼリスからクレプスキュール侯爵領まで馬車で五日はかかる道のりだ。

 授業があるので頻繁に長期休暇を許されないアシルは、シルヴィアの診察の度に転移魔法陣で行き来していた。


「はっ?アシル教授が?あの人はいつも勝手なことを…。魔法の扱えないシルヴィアですよ!移動のときに魔法酔いするかもしれないではないですか!」


「シルヴィアは治療が上手くいっているようで…。魔力への抵抗力はあるから心配ないとアシルは言っていた。シルヴィアはクレプスキュール邸でしか世界を知らないんだ…。視野を広げるのもシルヴィアのためだと思うが?」


「しかしっ!」


「お前はっ!…」


 頭からシルヴィアの訪問に否定的なラースに対し、エドモンは衝動的に会話を遮ってしまった。

 ラースは兄の怒りを感じて怯む。

 エドモンは一呼吸を置いて再び口を開いた。弟に対して暴言を吐きたくはない。ラースを諭すようにエドモンは告げた。

 

「ラースは…。シルヴィアがここへ来たいと望んだことが嬉しくないのか?多分…。ラースに会えない寂しさから、珍しく希望を口にしたんだ…。せめて、王都を案内してやれ…。きっと、喜ぶ…」


 寄宿学校で生活しているラースがクレプスキュール領へ戻るのは夏休みのような長期休暇だけだった。シルヴィアが寂しがっていることもラースは理解していた。

 エドモンの言葉にラースは何も言い返すことが出来ずに口を噤んだ。

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