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【完結】エメヴィベール伯爵夫人の魔法庭園  作者: 礼三


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愛人の哀哭

 フルールはシルヴィアが埋まっている墓の前で泣き叫んだ。

 フルールは地面へ膝をつく。漆黒のドレスは汚れ、爪の隙間には土がめり込む。

 

「シルヴィア様を…。お母様を冷たい土へ埋めないで…。お母様…。いやっ!お母様をここから!ここから出してよ!」

 

 使用人たちはフルールが何を言っているのか理解できなかった。

 錯乱したフルールを介抱してラースは慰めるも、フルールは墓石の前にしがみつき離れない。


「ああぁーーー!嫌よ!嫌っ!私を置いていかないでーーーっ!うっくぁ…。あぁ……ぁ…。い…やぁ、おいて……」


 嗚咽が止まらないフルールは苦しそうに喘ぐ。


 ラースがフルールを伴い戻ってきたのは、シルヴィアの葬儀を終えたあとだった。

 エメヴィベールの使用人はシルヴィアが危篤に陥り、早馬をラースの元へ走らせたが、フルールの公演途中であったため、ラースは帰省を遅らせた。


『まさか…。本当に…。シルヴィアが死ぬなんて…』


 ラースはどこかで、これもまた自分の気を引きたいシルヴィアの一芝居だと考えていた。

 振り向けばきっと…。煌めく銀糸の髪を風になびかせ、花が散るような儚い微笑みでラースの名前を呼ぶ…。


「ラース!今更…。何をしに来たのだ!」


 突然、ラースの頬へ衝撃が走る。そのままラースは地面へ倒れこんだ。


「お前はっ!お前はっ!」


 ラースの前に大きく立ちはだかる影…。それは彼の兄エドモンであった。

 エドモンもまたシルヴィアの臨終に立ち会えなかった。

 それでも、シルヴィアの死期が近づいていた数日前、エドモンはシルヴィアを見舞った。

 シルヴィアの体調が優れないと耳にしたエドモンは、領地への視察のためにクレプスキュールへ帰る途中にエメヴィベールへ赴いたのだ。


「ヴィア…。こんなにやつれて…。ラースはラースはどうしたんだ?どこにいる?」


 エドモンはラースが王都で愛人と暮らしていることを知っていた。

 だが、シルヴィアがこのような状況で放置することはないだろうとラースを信じていた。

 シルヴィアは辛そうに顔を伏せる。

 エドモンはすぐに文をしたため、ラースへ送った。

 エドモンからの手紙が、エメヴィベールからの差し出しだと確認したラースは、例の如く手紙を捨てたのだった。


「出て行けっ!」

 

「兄上のお怒りはごもっともですが…」


 ラースの頬は見る間に膨れあがった。赤く腫れた頬を認めても、使用人の誰一人、主人を手当しようなどと思わなかった。

 

「はっ!私の怒りなどどうでもいい!お前は!ヴィアを!ヴィアを!どうして!大切にしてやれなかったんだ!」

 

「…」

 

「何をグズグズしているんだ!サッサと出て行けっ!」

 

「兄上!それでも私はエメヴィベール伯爵でこの地の領主だ!シルヴィアの…。夫でも……ある…」

 

「何て!厚顔無恥なっ!私は王に進言をして、ルーネを当主として立てようと考えている!お前は隠居でもすればいい!」

 

「何を勝手なっ!」

 

「お前の醜聞は王宮にまで届いている!領地を放置している現状、今までの行い、その全てを私が国王へ願い出れば、ルーネを当主として認めてくれよう!」

 

 エメヴィベール伯爵の血筋はシルヴィアだ。婿としてラースは伯爵家当主となったが、領地を顧みず好き勝手に王都で生きてきた。

 エドモンは宰相補佐官筆頭秘書から補佐官へと出世もしており、現クレプスキュール侯爵でもある。彼の発言力は強く、長く王宮へ勤めていることもあり、国王からの信頼も厚い。

 エドモンが本気で実行すれば、当主の座はラースからルーネへ委ねられるだろう。

 

「フルール…。ここに僕らの場所はない…。帰ろう」

 

「何故?何故です?お母様はここにいらっしゃるのですよ…」

 

「君の最愛の人は僕だろう…。シルヴィが亡くなって僕も悲しい…。シルヴィを知っている僕らはお互いに慰めあうべきだ…」

 

「何が仰りたいの?私の最愛の人はお母様だわ…。お母様が喜ぶと仰っていたから、私…。貴方に尽くしただけです…」


 フルールはただひたすらに純真だった。

 フルールはラースの愛人となり献身的に身を捧げたのは全てシルヴィアのためであった。


「君まで何を言う?」


 ラースの声が震える。


「ふふ…。お母様…。私はずっと側におりますわ。手紙を書いても返事をくださらなかったのは…。私がいなくて寂しかったのでしょう?これからはずっと一緒……」


 地面がひび割れて真っ逆様に落ちていくような感覚にラースは囚われていく。


「フルール?」


 それでも、ラースは愛する人の名前を呼んで確かめずにはいられない。

 

「お母様との会話を遮らないでくださいませ」

 

「どうして…。君まで僕を捨てるのか?」

 

「おかしな事を仰るのね?元々、拾っておりませんもの?捨てるなんて?ねっ?お母様…」

 

「ああ!ああぁ!」


 運命の人だと信じていた(フルール)(シルヴィア)の信奉者でラースなど愛していなかった。

 確かに、ラースはフルールを騙すような形で操を奪った。だが、何度も身体を重ねていくうちにラースはフルールの心は自分のものだと錯覚したのだ。

 

「お母様…。私…。今でもお母様が私の歌を褒めてくださったことを覚えているの…。聴かせて差し上げますわね…。



群青の空へ星が流れていくよ…。


この美しき世界で君の未来は広がっている…。


だから一人で泣かないで…。


この儚き世界で君には僕がいるのだから…。


さぁ、愛しき人よ…。


星の瞬きを数えて眠ろう…。


ずっと傍にいるよ…。貴女が眠りにつくそのときまで…」

 

 フルールは情感をこめて歌った。

 昔、シルヴィアが教えてくれた歌を…。

 その子守唄は…。いつだったか、ラースがシルヴィアを寝かしつけるために口ずさんでいた歌だった。

 そこにいた皆は呆れていたが、奇跡でも起こしそうなその歌声に聴き惚れた。

 例えば、シルヴィアが生き返るような…。

 ラースが腫れた頬に流れた涙が滲みて痛みを感じた。それは心を侵していく。


『シルヴィは僕を愛してくれていたのに…』

 

 懐かしく愛しい小さなシルヴィアが蘇る。幼い彼女はラースの前で踵を返すとレースのドレスの裾を翻し天へ昇っていった。


『シルヴィ…。行かないでくれ…』


 土へ膝をつくラースを横目にフルールは墓石を抱いて微笑む。


「お母様、今はお休みになられているだけですよね…。ぐっすり眠って早くお目覚めになって…」


 ラースの口車に乗せられシルヴィアを苦しめていることも知らなかったフルール…。

 彼女は純粋な愚か者であった。

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