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【完結】エメヴィベール伯爵夫人の魔法庭園  作者: 礼三


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フルール

 シルヴィアがフルールと初めて対面したのはシルヴィアが18才、フルールが9才のときだ。

 

 フルールは両親の顔を知ることなく孤児院へ預けられていた。そのためか、親に対する憧れが強かった。

 日頃、両親…。特に母親から愛される日々をフルールは想像していた。そして、一つの物語がフルールの中で成り立っていた。

 フルールの母は人間と恋に落ちた妖精で、フルールを産んだが、妖精王に許されず、泣く泣くフルールを残して妖精界へ旅立ったのだ。

 父は母を恋しがり酒を浴びるようになって、フルールは孤児院へ捨てられた…。

 だから、フルールはシルヴィアを見て衝撃を受けた。

 

 静寂な森の湖に浮かぶ月光を集めたかのように輝く髪、雨に濡れた紫陽花のような紫の瞳…。この世の儚さを全て知り尽くしたかの如く今にも壊れそうに繊細な顔立ち…。


「お母様だわ…」


 フルールが夢にまで見た母親像、そのものがシルヴィアだったのだ。

 周囲の大人たちは唖然とした。

 シルヴィアはエメヴィベール伯爵夫人とはいえ、ラースと結婚したばかりで年若い。

 それに加えて、孤児が伯爵夫人を母と呼ぶとは不敬だ。然るべき罰を与えられても致し方ない。


「なんて事を…。エメヴィベール伯爵夫人に対して…。フルール謝りなさい!」


 エメヴィベール伯爵領はシルヴィアがラースと婚姻するまでレーヴドール王家の預かりであった。レーヴドール王家の管轄領は広大だ。放置はされなかったが、エメヴィベール伯爵領の孤児院へ割り当てられる予算は少ない。

 そこで孤児院を経営していた院長はシルヴィアへ救済を願う手紙を送った。それに応えて、シルヴィアは孤児院へ訪れたのだ。


『このままではシルヴィア様の援助が受けられない…。孤児院の行く末が…』

 

 院長はフルールの言動に焦った。だが、フルールはどこ吹く風だ。

 妖精族は老いることはない。だから、フルールはシルヴィアを母だと信じた。


「お母様だわ!間違いないっ!」


 フルールは気立ても良く、容姿も他の子供たちより秀でていた。ただ、少し考え足らずのところがあった。院長はもっと躾けるべきだったと頭を抱えた。


「えぇー!フルールお姉ちゃん!変!」


「こんなに綺麗なお姉さんがお母さんなんて!」


「お母さんじゃなくて!お嬢様でしょ!」


 周囲の子供たちが騒ぎ立て始め、収拾がつかなくなった。

 院長は絶望的だと心の中で嘆いたが、シルヴィアは穏やかな口調で子供たちへ話しかける。


「ふふ…。構いませんわ…。私のことは好きに呼んでも…。ですけど、この孤児院の敷地外に出るときは私のことは奥様と呼んでいただきたいの…。出来るかしら?」


 シルヴィアは貴族としての矜持もクレプスキュール侯爵家で学んでいる。領民から軽んじられる存在になってはいけない。

 だが、小さい頃、両親をなくしたシルヴィアには孤児院の子供たちを他人事のように思えなかった。幸い、シルヴィアは我が子と同様に可愛がってくれていたクレプスキュール侯爵夫人がいた。病弱なシルヴィアを支えてくれたラースやエドモンのような存在も…。

 シルヴィアは孤児院を訪問する前から支援を決めていた。


「えっ?ここなら、お姉ちゃんって呼んでもいいの?」


 孤児院で一番年上の少女がシルヴィアへ尋ねる。


「えぇ…」


「お姫様でも?」


 幼い少年が上目遣いで訴えるのを見て、シルヴィアは笑った。


「では、貴方は王子様かしら?」


「お母さん!お母さん!」


 フルールは涙目でシルヴィアへしがみついた。シルヴィアのドレスが皺になり涙で濡れる。


「あらあら、泣かないで…」

 

 フルールを皮切りに子供たちはシルヴィアへ群がった。付き添った侍女と護衛がシルヴィアを庇おうと慌てて、一人一人引き剥がそうとする。


「いいのですよ…。子供たちの好きにさせてあげて…」


「何と…。慈悲深い…」


 院長は胸を撫で下ろすとともに、シルヴィアの寛大な対応に感謝した。


 その後、シルヴィアは子供たちとの交流を深めるため、頻繁に孤児院を慰問するようになった。

 ときには、離れたくないと泣き叫ぶ幼子のために夜更けまで孤児院へ滞在することもあった。シルヴィアは子供たちが眠るまで傍らで子守唄を聞かせたりもした。


 孤児院へ訪れるようになってから一年の月日が流れた。

 シルヴィアが子供たち一人一人へお菓子を配っていた。最後にシルヴィアからお菓子を受け取ったフルールは椅子へ上った。

 突然、フルールが朗々とした声で子守唄を響かせる。何度も来てくれるシルヴィアへのお礼の気持ちを伝えたかったのだ。

 フルールの歌声はのびやかで堂々としており、子守唄を聞かせただけで、よくここまで歌いあげたものだとシルヴィアは心が震えた。

 

「とても…。素晴らしいわ…」


「本当ですね…」


 居合わせた院長や侍女たちも感動している。

 フルールには音楽の才能があるのかもしれないとシルヴィアは思った。


「私もフルールお姉ちゃんと歌いたい!」


「えぇーーー!なら、僕も歌う!」

 

「私も!」

 

「オレも!」


 シルヴィアは孤児院で読み書きなどを試してみたが、子供たちは嫌がったり飽きたりして続けることが出来なかった。


『歌を覚えるときに文字も教えてみるのはどうかしら?歌ならすぐ覚えちゃうわね…。そうよ…。劇であれば台詞もあるし…』


 シルヴィアは皆の顔を見渡して両手を叩いた。

 

「そうだわ!歌劇をみんなでやってみましょう!」


 この提案が(のち)にシルヴィアが創立したエメヴィベール音楽院へと発展したのだった。

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