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【完結】エメヴィベール伯爵夫人の魔法庭園  作者: 礼三


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10/18

新婚生活

 約束どおり、二人は結婚した。シルヴィア18才、ラース23才だった。

 

 結婚式当日…。

 シルヴィアは圧倒的な美しさを誇っていた。

 

 細くしなやかな首筋、すっきりと浮かぶ鎖骨、華奢な肩へ純白のシンプルなドレスを身に纏い、ヴェールで覆われた銀髪は丁寧に編み込まれ霞草が散りばめられていた。

 滑らかな真珠色の肌が目映い。柔らかく陽射しが降り注ぎ、光に包まれたシルヴィアは神聖な存在そのものだ。

 静かに微笑む花嫁の横顔は幸せに満ちていた。


「おめでとう…。とても綺麗だ…」


「先生…。ありがとうございます…」


 誰もがシルヴィアに魅了され感嘆の吐息を漏らした。アシルもその一人だった。


「こらこら…。義妹(ヴィア)へそんな熱い眼差しを送らないでくれ」


 結婚式に参列していたエドモンがアシルをからかった。エドモンの指摘はアシルへ小さな棘となって刺さったが、悟られぬよう言葉を返した。


「そうだな…。申し訳ない…。けれど、このような素晴らしい花嫁を迎えられるラース卿が羨ましく思うよ…」


 素直にアシルは思いを告げた。

 アシルの思慕に気づいていないエドモンはアシルの脇腹を軽く肘で突く。


「まぁ、そうだな…。私にも素晴らしい妻がいるが、お前も早く見つけろ」


「あぁ…」


 アシルは生返事で応じた。


「今日のヴィアの晴れ姿を母上にも見せて差し上げたかった」


 エドモンが不意に言葉を漏らして口を覆う。シルヴィアは切なそうに睫毛を伏せた。

 

 4年前、クレプスキュール侯爵夫妻の別居が決まった。元々、クレプスキュール侯爵夫婦の仲は冷え切っていた。

 

 侯爵夫人は侯爵から熱望されてクレプスキュールへ嫁ぐことを決めた。

 夫人は夫に求められて結ばれた恋愛結婚であると信じていたが、侯爵は夫人の実家であるブーケドール辺境伯の後ろ盾や持参金を狙ったもので、政略的な婚姻に過ぎなかった。

 しかも、侯爵は妻以外の女性との関係も絶えなかった。

 5年前、息子のラースまでもがシルヴィアに対して不実を働いた。これが侯爵夫人が別居へと気持ちを傾ける決定打となった…。

 愛する息子までも夫と同じ道を辿って行く現実に彼女は疲れてしまったのだ。

 侯爵夫人はラースとシルヴィアの婚約も白紙に戻したかった。親友の忘れ形見であるシルヴィアを自分と同じ絶望へ突き落としたくはない。ラースが夫の血を濃く継いでいるのであれば、これからもシルヴィアは苦しむことになるだろう。シルヴィアを手元へ引き取りたいと夫人は切望したが、それは侯爵が許さなかった。

 そこにもクレプスキュール侯爵の政略的意図がある。

 将来、エメヴィベール伯爵になるラースを利用して、エメヴィベール伯爵領をクレプスキュールの管理下に置きたいとの思惑があったのだ。

 

『母上を実の母のように慕っていたヴィアだって…。母上へ花嫁衣装を見せたかったに違いないのに…』


 失言だったとエドモンは自省した。

 あれから、クレプスキュール侯爵夫人は実家のブーケドール辺境伯を頼り、辺境地から戻ってくることはなかった。この別居は事実上の離婚であった。


「アシル教授…。少し宜しいですか?」


 少し離れたところで来客と歓談していたラースが、アシルへ声をかけてきた。アシルはラースを目視した。

 紺色の光沢を放つ絹の長上衣へ優雅な銀色の白百合の刺繍が施されており、白いレースのクラバットがラースのすっきりとした顔立ちを際立たせていた。

 ラースは目鼻立ちが整っており容姿端麗だ。深緑の毅然とした眼差しが凛々しく頼もしかった。


「ああ…。構わないが…。花嫁を残していいのか?」


 シルヴィアが心配そうにラースとアシルを見上げた。戸惑いを隠せず薄紫の瞳が揺れている。


「少し、話をするだけだから…。ほら…。前にシルヴィに話したことだよ…」


「今…。ですか?」


 ラースは優しくシルヴィアの肩へ手を添えて笑った。シルヴィアは俯いて頷いた。

 ラースはアシルを人気のない場所へ誘導した。


「ラース卿…。おめでとう」


「ありがとうございます…」


「でっ?話したいこととは?」


 アシルは話を切り出した。アシルにとって好ましくないことなのはラースの表情から読み取れる。


「シルヴィの治療ですが…。今後も必要ですか?」


「卿は何が言いたい?」


 シルヴィアの症状は落ち着いていた。シルヴィアの定期検診が必要ないとラースは暗に言っているのだ。アシルは理解していた。


「シルヴィに診察の必要はありますか?もう、ありませんよね…。結婚後…。エメヴィベール伯爵領へ来ないでくれませんか?」


 結論から言えば、今後も診察は必要である。不測の事態が起きないとは断言できないからだ。

 だが、ラースの気持ちも分からないではない。妻の近くに妙齢の男がうろつくのが気に入らないのであろう。


「シルヴィア嬢の体調を見守り、何かあればすぐ魔塔へ連絡をくださるというのなら…」


 募る想いへ蓋をするにはシルヴィアと距離を置くのも悪くない方法だとアシルは考えた。


 

 そして、その夜…。

 ラースとシルヴィアは初夜を迎えた。


 ラースにとって、シルヴィアはかけがえのない大切な人であった。

 幼い頃から面倒を見てきた故に、未だに妹のようにしか思えなかったが…。

 それ以上に、アプリシアで起きた事件のことがずっとラースの胸につかえている。

 ラースは葛藤を覚えながらシルヴィアを抱いた。シルヴィアの柔肌へ指を滑らせながら、決して穢してはいけない何かを侵している背徳感に襲われていた。

 自責の念にも苛まれる。

 ラースの憂いはシルヴィアへも肌を通して伝わってくる。シルヴィアは背中へ手を回してラースの肩へしがみついた。

 シルヴィアはラースの全てを包みたいと思ったのだった。


 ラースはエメヴィベールの領地経営へ専念するため王宮の文官を辞職し、シルヴィアと共にエメヴィベール伯爵領地の邸宅で新婚生活を始めた。

 ラースはその頃、エメヴィベール伯爵邸の庭園を大々的に設えた。

 シルヴィアは魔力過多の対策として魔力を植物に与え育てていた。そのせいか、シルヴィアは花々が好きだ。

 シルヴィアは大層喜んだ。ラースもシルヴィアの幸福そうな笑顔をみて満足した。


「この庭園が花いっぱいになれば、きっと僕らはもっと幸せになれるだろう…」


「昔みたいにラース様へ花飾りを作って差し上げたいわ」


「えっ?それはちょっと…。もう立派な大人だよ…」


「ふふ…。」

 

 この夫婦にとって一番幸せな時期だったのかもしれない。

 傷を舐めあうような幸せは脆く、どちらかに罪悪感があるのなら尚更だった…。

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