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第34話:リバ可の誓いと、新たな時代の夜明け

 一触即発だった。

 広場の中央で、ゴウダ率いるオークの「王道スパダリ派」と、セレーネ率いるダークエルフの「下克上女王受け派」が睨み合っている。


『レン兄ちゃん! あんたも男なら分かるやろ! 騎士団長は『守ってあげたい』存在やろ!? 震える肩を抱きしめたいやろ!? ワシらに賛同してくれ!』


 ゴウダが俺の左肩をガシッと掴む。ミシミシと骨が鳴った。


「おい、レン。貴様は我と同じ「闇の眷属」だろう? ならば理解できるはずだ。あの騎士の瞳にある「加虐的な愛」が! 将軍を沼に引きずり込む、あの魔性の輝きが! 我につけ!」

(ねえレン、あんた私の味方よね? 分かるでしょ? あの騎士様、絶対ドSだって! 将軍の方がメロメロにされてるんだって! こっちに来なさいよ!)


 セレーネが俺の右側から杖を突きつけてくる。


 俺の答え一つで、この村が二分されかねない空気だ。

 これまでの村づくりで直面したどんな危機よりも、今が一番ヤバイかもしれない。


 俺は助けを求めてカーミラ(ペンネーム桃色吐息)を見た。

 彼女なら「公式設定」という神の一声で、この戦争を止められるはずだ。


「桃色吐息先生! 先生の解釈はどうなんですか! 正解を言ってください!」

「うぅ……私は……私はどっちも好き……。昼は将軍がリードして、夜は騎士が乱れる……そんな『ギャップ』を描きたかったのにぃ……決められないわよぉぉ……」


 彼女は「どっちも尊い」派だった。

 優柔不断め。いや、クリエイターとしてはそれが正解なのだが、今の過激派には通用しない。むしろ「ハッキリしない作者」として両陣営から攻撃される恐れすらある。


 その時、一人の若いオーク戦士が叫んだ。


『俺たちの解釈こそが正義だ! 異端者は排除する! まずはその生意気な長耳から引きちぎってやる!』


「させるか! 我が「漆黒の翼」を穢す者よ……闇の炎に抱かれて消えろ!」

(やれるもんならやってみな! 全員黒焦げにしてやるわ!)


 エルフたちが魔法の杖を構える。大気中のマナが震え始めた。

 物理攻撃と魔法攻撃がマジで激突する5秒前。


 せっかく築き上げた村が、BLの解釈違いで滅びるなんて最悪だ。

 俺は大きく息を吸い込み、腹の底から声を張り上げた。


「やめろォォォォッ!!」


 俺の必死の叫び声が広場に響き渡る。


「お前たち……この数日、何のために汗水垂らして本を作ってきたんだ? 紙を漉き、インクを練り、アラクネたちと共にページを綴じた。それは、自分たちの解釈を押し付けるためか?」

『うっ……それは……』

「違うだろう。この『物語』を愛したからこそ、一人でも多くの仲間に届けたいと思ったからじゃないのか? 桃色吐息先生が込めた『魂』を、本当に理解しているのか?」


 俺はゴウダの正面に立った。彼の目を見据える。


「ゴウダはん。あんたは言ったな。『将軍は包容力のある旦那様だ』と」

『おう! 間違いあらへん!』

「じゃあ聞くが、その強靭な将軍が、たった一人の人間の騎士のために、自分のプライドを捨てて跪くシーン……あれをどう読んだ?」


 ゴウダが口ごもる。

 将軍が騎士の傷ついた足に口づけをする、あの名シーンだ。


「あれは『負け』じゃない。愛する者のために、あえて『下』になることを選んだ、最強の男の余裕だとは思わないか? ただ力で守るだけじゃない。相手を尊重し、崇める心。それこそが、あんたの言う『包容力』の真の姿じゃないのか?」


 オークたちがざわめく。


『あえて……下になる……?』

『せや……ワシらは強いからこそ、嫁の尻に敷かれてやるんや……』

『それが、男の甲斐性……! 深すぎるで……!』


 俺はすかさず、セレーネの方を向いた。


「そしてセレーネ。あんたは『騎士が主導権を握っている』と言ったな」


「当然だ。精神的優位マウントこそが真の支配ルールだ」

(当たり前でしょ。気持ちで勝ってる方が偉いのよ)


「だが、騎士は最終的に、将軍の腕の中で安らかに眠った。あれは『支配』か? 違うだろう。張り詰めていた糸を緩め、全てを委ねられる相手を見つけた『安らぎ』じゃないのか?」


 セレーネの目が揺れる。


「支配したいと願う女王様が、ふとした瞬間に見せる『甘え』。……それこそが、最強のギャップ萌えじゃないのか? あんたがいつも言う『黄昏の孤独』を癒やすのは、そういう無防備な瞬間なんじゃないのか?」


 ダークエルフたちがハッとする。


「甘え……デレ……!」

「ツンデレの極致……!」

「支配者が堕ちる瞬間……それもまた、退廃的な美学……!」


 空気が変わった。

 対立していた熱気が、別の種類の熱気――相互理解への渇望へと変質していく。

 俺は両手を広げ、この戦いに終止符を打つ結論を提示した。


「つまりだ。オーク将軍は『普段はスパダリだが、夜は騎士に奉仕することに喜びを感じる』。そして騎士団長は『普段はツンツンしているが、将軍の前では鎧を脱いで甘えん坊になる」


 俺は一拍置き、魔界の歴史を変える魔法の言葉を放った。


「そう――二人の関係は『固定』されていない。流動的であり、互いに補い合う関係……すなわち『リバーシブル《リバ可》』なのだ!」


 リバ可。

 その概念が、魔物たちの脳内を雷撃のように駆け巡った。

 絶対的な「攻め」も「受け」もない。愛があれば、その役割は入れ替わり、混ざり合い、より高みへと昇華される。

 それは、種族の壁を超えて共存する、今のこの村の姿そのものではないか。

 陰と陽。光と闇。筋肉と魔法。それらが混ざり合うこの村の在り方こそが、この物語の真髄だったのだ。


『リバ……可……?』


 ゴウダが呆然と呟く。サングラスがずり落ち、つぶらな瞳が露わになる。


『せや……ワシらかて、たまには嫁に甘えたい夜もある……。膝枕してほしい時もある……。ワシらの中にも、騎士ちゃんはおるんや……』

「……混沌カオスの中にこそ、秩序コスモスがあると言うのか……? 我らとて、時には深淵の重圧から逃れ……力強いログに抱かれたい時もある……。私の中にも、将軍を求める心が……」

(……言われてみればそうね。私たちだって、たまには何も考えずに甘えたい時くらいあるわよ……)


 セレーネがマントを握りしめ、頬を染める。

 両者の視線が交差した。そこにはもう、敵意はない。

 あるのは、互いの「性癖」を認め合い、新たな扉を開いた者同士の共感だけだ。


 セレーネが歩み寄り、手を差し出した。


「……貴様、なかなか良い「魔眼センス」を持っているようだな。我々の「魔性の騎士」を受け止めるには、それくらいの器量タンクせいのうが必要だということか」

(あんた、意外と話が分かるじゃない。私たちの騎士様を受け止めるには、それくらい図太くないとダメってことね)


『へっ……姉ちゃんこそ。騎士団長があんなに可愛い顔をするのは、将軍への愛が深いからやってこと、教えてもらったわ』


 ガシッ。

 オークの太い手と、ダークエルフの細い手が、固く握手された。

 歴史的和解の瞬間である。

 周囲から、割れんばかりの拍手が聞こえてくる。


「よかった……! みんな仲良し……! リバ最高ぉぉぉ!」


 カーミラが号泣しながら俺に抱きついてきた。

 俺は彼女の頭を撫でながら、全身の力が抜けていくのを感じた。


「やれやれ……これでやっと、昼飯が食えるな」


 その後、村では「リバ可」の精神に基づき、互いの文化を尊重し合う風潮がさらに強まった。

 オークたちはエルフの詩を聞き(理解できているかは怪しいが)、エルフたちはオークの筋トレに参加するようになった。

 解釈の違いは争いの火種ではなく、語り合うための薪となったのだ。

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