第33話:王道スパダリ派と、下克上女王受け派
広場のあちこちから、規則正しい機械音が響いている。
ガシャン、シュッ。ガシャン、シュッ。
初版の1000部が瞬殺されたことで発生した、「買えなかった!」「保存用と布教用と観賞用がいる!」「転売ヤーから買いたくない!」という魔物たちの悲鳴に応えるため、俺たちは増刷に取り組んでいた。
だが、俺が目指すのは、あくまで持続可能でホワイトな、魔界一の優良企業的な村づくりだ。
シフト制の導入により、作業員たちは十分な休息を取りながら働いている。
『よっしゃー! A班、昼休みや! 今日の社食は、コボルト商会直輸入の香辛料を使ったマンドラゴラカレーやで!』
『休憩時間はたっぷり2時間! しっかり寝て午後に備えるで! 仮眠室の枕、スライム製でフカフカやぞ!』
現場監督のオークが声を張り上げると、作業員たちが歓声を上げる。
適度な休憩と、栄養満点の食事が支給される環境に、オークたちの士気は爆上がりしていた。彼らの肌はツヤツヤと輝き、筋肉は以前にも増してパンプアップしている。
カーミラ……いや、原作者の桃色吐息先生も『健康的な生活で、肌の調子が良すぎてファンデーションのノリが違うわ』と、規則正しい生活で創作意欲を漲らせていた。
インクの香ばしい匂いと、スパイスの効いた炊きたてのご飯の匂いが混ざり合う、平和な昼下がり。
しかし。
文化が成熟すればするほど、そこには新たな「争い」の種が生まれるのが世の常だ。
休憩時間の終わりを告げる鐘を鳴らそうと、俺が広場へ降り立った時のことだ。
そこは、カレーの食欲をそそる匂いではなく、もっと剣呑な、一触即発の殺気に満ちていた。
さっきまで談笑していたはずのオークとダークエルフたちが、広場を挟んで対峙している。
全員、手には武器ではなく、ボロボロになるまで読み込まれた『聖騎士団長の憂鬱』が握りしめられていた。
『違う言うとるやろ! そこは『攻め』やない! 包容力のある『受け』や! ワシらの将軍をナメとんのか! 筋肉は飾りやないんやぞ!』
「愚かなる肉塊よ……。貴様らの瞳には、深淵なる真理が映らぬのか? あの聖なる騎士の瞳に宿る、絶対零度の支配欲が見えぬとは……嘆かわしい」
(バカじゃないの? ちゃんと読んでよ。あの騎士団長は、どう見ても将軍を精神的に支配してる女王様タイプでしょ。目が節穴なの?)
広場が、見事に真っ二つに割れていた。
右翼に陣取るのは、ゴウダを筆頭とする「オーク派」。
左翼に陣取るのは、セレーネ率いる「ダークエルフ派」。
そしてその中心で、原作者のカーミラが、頭を抱えてうずくまっていた。
「やめて……私のために争わないで……! どっちも尊いのよぉぉぉ! 私の作品で血を流さないでぇぇ!」
……何が起きているんだ。
俺はこめかみを抑え、激しい頭痛を覚えながらも、二つの勢力の間に割って入った。
「待て待て待て! お前ら、貴重な昼休みに何を揉めてるんだ! カレーが冷めるぞ!」
俺が叫ぶと、ゴウダが血走った目で俺に詰め寄ってきた。
その迫力は、森で初めて会った時の数倍は怖い。
『レン兄ちゃん! 聞いてくれ! こいつら、わかっとらんのや! せっかく姉ちゃんらに読んでもろたのに、この神聖な物語の『解釈』を間違えとる! これはオーク族の尊厳に関わる問題なんや!』
「解釈……?」
「黙れ、筋肉ダルマ。我々が慈悲をもって朗読してやったというのに、貴様らごとき単細胞生物には、言葉の裏に潜む混沌が理解できんのか。……黄昏の断罪者たる我が、貴様らの蒙昧を切り裂いてくれよう」
(せっかく読んであげたのに、あんたたち全然分かってないじゃない。文字も読めないくせに生意気よ。あんたたちみたいに単純な思考じゃ、この物語の奥深さは分からないのよ。私が真実を教えてあげるわ)
セレーネもまた、眼帯の下の瞳を怪しく光らせている。
……どうやら彼らは、それぞれの種族観に基づいた「譲れない解釈」を生み出してしまったようだ。
まずはオーク側の主張だ。ゴウダが本を開き、唾を飛ばしながら熱弁を振るう。
『ええか、レン兄ちゃん! よう見てみぃ! この絵や! 我がオーク将軍はな、騎士団長を力でねじ伏せたんとちゃう! 騎士団長の孤独ごと『包み込んだ』んや!』
ゴウダの太い指が、挿絵の将軍の腕をバンバンと叩く。
『この将軍が騎士を片腕で抱き寄せるシーン! あれは『捕獲』やない、『守護』や! ワシらオークにとって、筋肉は愛する者を守るための鎧なんや! つまり将軍は、精神的にも肉体的にも、騎士をリードする絶対的な『旦那様』やろがい!』
『せやせや! オークは包容力や! 騎士ちゃんは守られてナンボや!』
『ワシらの将軍が、細っこい騎士ごときに主導権握られるわけないやろ!』
『騎士ちゃんの健気さが分からん奴はモグリや!』
オークたちは、自分たちの種族をモデルにした「オーク将軍」に深く感情移入している。
彼らにとって、将軍の「男としての器の大きさ」こそが物語の核であり、騎士団長は「愛されるべきヒロイン(健気受け)」であると主張しているのだ。
彼らの理想とする「強いオーク像」が、そこにはあった。
対するダークエルフ側の主張。セレーネがマントをバサァッと翻し、冷え切った視線をオークたちに投げる。
「ククク……浅い。浅すぎるぞ、緑の獣どもよ。貴様らは表面的な事象しか追えていない。文字を追うのではなく、魂の鼓動を聞け」
セレーネは杖で空中に魔法文字を描きながら反論する。
「騎士団長があの夜、涙を流したのは弱さ故ではない! 自らの高潔さを汚してまで、将軍ごときに「愛する許可」を与えた……慈悲と背徳の涙なのだ!」
(全然分かってないわね。あの涙は弱さじゃないわ。プライドの高い騎士様が、あえて野獣に身を任せてあげたっていう、上から目線の愛なのよ! あんたたちが襲ったんじゃない、襲わせてあげたの!)
彼女の取り巻きのエルフたちも頷く。彼女たちの瞳には、ある種の狂信的な光が宿っている。
「つまり、魂の位階において上位に立つのは騎士団長! ベッドという名の処刑台で主導権を握っているのは、白銀の誘惑者たる騎士の方なのだ! 将軍はただの座椅子に過ぎん! 理解したか、下等生物どもよ!」
(つまり精神的に勝ってるのは騎士様なの! ベッドで主導権を握ってるのは、誘ってる騎士様の方なんだから! 将軍はそれに踊らされてるだけ! 分かったかバカ!)
……面倒くさい。非常に面倒くさい。
ダークエルフたちは、繊細で美しい「騎士団長」の耽美な美学に惹かれている。
彼女たちにとって、騎士団長はただ守られるだけの存在ではなく、将軍を翻弄し、その野性を手玉に取る「魔性の女王様(襲い受け)」でなければならないのだ。
高慢なエルフ族らしい解釈とも言える。
つまり、これは――。
「『解釈違い』による宗教戦争か……」
「王道スパダリ」派と、「下克上女王受け」派の対立。
オタク文化において、最も血が流れると言われる聖戦が、この村で勃発してしまったのだ。




