第30話:魔界コミケの開催と、欲望の長蛇の列
決戦の朝が来た。
オークの村の広場は、普段ののどかな風景とは一変していた。
ルルネのステージに掲げられた看板には、セレーネの達筆な文字(装飾過多なフォント)でこう書かれている。
『第一回 魔界・知と芸術の祭典』
俺はステージの裏手で、ゴウダたちと円陣を組んでいた。
みんなアラクネが作ってくれたスタッフジャンパーを着ている。
「いいか、みんな。今日の敵は魔獣でも人間でもない。『行列』と『在庫管理』だ。準備はいいか?」
俺が声をかけると、ゴウダがニカっと笑って親指を立てた。
『任しとき! 列整理はワシらオーク警備隊と、アラクネの姐さんらで完璧や。広場の端から端まで、姐さんらの糸で「誘導レーン」を作ったからな。割り込みしようとする不届き者がおったら、即座に糸で簀巻きにして、優しくつまみ出す手はずになっとる』
「頼もしいな。……セレーネ、レジ周りはどうだ?」
セレーネがジャラジャラと硬貨の入った袋を揺らし、フンと鼻を鳴らした。
「抜かりはない。コボルト商会から貨幣を大量に徴収してきた。それに、我が配下のダークエルフ部隊を「会計の守護者」として配置済みだ。計算ミスなどという不浄は、我が美学に反するからな」
(意訳:釣銭を両替して準備もバッチリよ。計算が得意な子を揃えたから任せて)
「よし。……で、本日の主役、カーミラ、じゃなくて桃色吐息先生は?」
俺が視線を向けると、積み上がった本の壁の前でガタガタと震えているサキュバスがいた。
「ど、どうしようレンさん……。60ページも描いちゃったし、1000部も刷っちゃった……。誰も来なかったら……在庫の山に埋もれて圧死する未来が見える……」
「先生、今さら弱気にならないでください」
「だってぇ! もし売れ残ったらどうするのよぉ! 在庫の山に埋もれて孤独死するサキュバスなんて笑えないわよぉぉ! やっぱり50部くらいにしておけばよかったぁぁ!」
彼女が半泣きで俺の袖を掴む。
「大丈夫です。俺たちの宣伝工作と、先生の実力を信じてください。コボルト商人が配ったチラシ、ルルネのMCでの告知、街道沿いのポスター……種は撒きました。潜在的な「萌え」に飢えた魔物たちに、先生の情熱は必ず伝わっているはずです!」
「でもぉ……」
「時間だ。……ゴウダはん、開場!」
『おう! 開門やぁぁぁ!!』
ドォォォォン!!
セレーネが合図の爆発魔法を空に放つ。
その直後だった。
ズズズズズズ……。
地鳴りのような音が、村の入り口から響いてきた。
『……なんや? 地震か?』
ゴウダが耳をそばだてた瞬間。
『うおおおおおおおおおおっ!!』
『新刊ンンンンンンッ!!』
『噂の『桃色吐息』先生の本をよこせぇぇ!』
怒号と共に、黒い奔流が雪崩れ込んできた。
オーク、コボルト、リザードマン、ゴブリン、ハーピー……。ありとあらゆる種族が、財布を握りしめて突撃してくる。
「ゴウダはん、アラクネ部隊! 抑えろ!」
『了解や! 押すな! 押すな言うとるやろ! 村の中はダッシュ禁止や! 最後尾はあっちやで!』
『――あらあら、元気ねぇ。はい、そこのトカゲさん、割り込み禁止よ。私の糸に触れると切れちゃうわよ?』
アラクネたちが巧みに糸を操り、殺到する群衆を強引かつスムーズに列へと形成していく。
あっという間に、机の前には長蛇の列が出来上がった。
「す、すごい……。何なのこの人数……」
呆然とするカーミラの前に、先頭の客――息を切らせたミノタウロスが立った。
『ぜぇ、はぁ……! 新刊! 『聖騎士団長の憂鬱』一部くれ! 保存用にもう一冊!』
「え、あ、はい! ありがとうございます!」
カーミラが震える手で本を渡すと、ミノタウロスは本を胸に抱いて感涙にむせんだ。
『うぉぉぉ……! この厚み……! 印刷もめっちゃ綺麗やないか……! 騎士団長の表紙、尊すぎて直視できねぇ……! ありがとうございます先生! 一生ついていきます!』
「あ、ありがとう……!」
次々と客が押し寄せる。
『ワイにもくれ! 3冊や!』
『騎士団長の受け顔が見れるってマジすか!?』
『オーク将軍の包容力を学びにきました!』
カーミラとセレーネ、そしてダークエルフ部隊が、必死の形相で本を渡し、金を受け取る。
その速度は、もはや戦闘行動に近い。
購入した客たちは、分厚い本を抱きしめて感涙にむせんでいる。
『オーク将軍のスパダリ感、たまんねぇな!』
『うっ……! 『背中を預けるシーン』……尊すぎて浄化される……!』
『ブフォッ! ……字は読めんけど、絵だけでも妄想が広がる!』
『この糸綴じ、職人技やぞ! アラクネの仕事か! 丈夫で開きやすいわ!』
『騎士団長のツンデレ、わかりみが深すぎる……!』
その熱気を見て、最初は怯えていたカーミラも、次第に表情が変わっていった。
不安が消え、代わりにクリエイターとしての喜びが満ちていく。
「……届いてる。私の描いた萌えが、みんなに……!」
彼女は汗を拭いながら、笑顔で接客を続けた。
そして――。
「最後尾の方! 申し訳ありません! 完売しましたーッ!!」
俺の声が響き渡った。
『ええええええええっ!?』
『嘘やろぉぉぉ! あとちょっとやったのに!』
『再販! 再販はいつや!?』
買えなかった客たちを、ゴウダがなだめる。
『すまんなぁ! またすぐに刷るからな! 堪忍な!』
拍手喝采の中、カーミラが机に突っ伏して泣いていた。
「よかった……よかったぁ……! 私の萌えが……世界に届いたのね……!」
セレーネも、満足げに空になったダンボールを片付けている。
「フン……。深淵の叡智が全て解放されたか。悪くない光景だ」
(意訳:全部売れたわね! すごいじゃない!)
俺はカーミラの元へ歩み寄り、労いの言葉をかけた。
「おめでとうございます、桃色吐息先生。伝説の始まりですね」
「レンさん……! ありがとう! 貴方が背中を押してくれなかったら、私は一生、狭い部屋で一人で妄想を描いていただけだったわ。……こんな景色、初めて見た」
「いえ、これは先生の実力ですよ。……さあ、撤収作業をして、打ち上げに行きましょう。今日は美味い酒が飲めますよ」
『おう! 宴会や宴会! コボルトがええ酒もっとるらしいで!』
ゴウダが嬉しそうに叫ぶ。
こうして、第一回魔界コミックマーケットは、伝説的な成功と共に幕を閉じた。
その夜の宴会は、大いに盛り上がった。
コボルトのエールで乾杯し、オークたちが肉を焼き、アラクネたちが舞い、ダークエルフたちが(厨二病な)詩を詠む。
俺は、この混沌としていながらも温かい光景を見つめながら、確信した。
この村は、新たな文化の発信地として、魔界の歴史に名を刻むことになるだろうと。




