第24話:勇者パーティの窮乏と、聖女たちの目覚め(三人称視点)
オークの村が「アイドル・ルルネ」の熱狂と、転売対策による新たな経済システムの確立に沸いていた頃。
村から遠く離れた街道沿いの安宿で、かつて栄光を誇った4人の姿があった。
「……硬い。なんだこのパンは。石か? 俺は勇者だぞ? こんな家畜の餌みたいなものが食えるか!」
アレックスが、カビの生えかけた黒パンを地面に叩きつけた。
彼の黄金色の髪は脂ぎってベタつき、白銀の鎧は手入れ不足で赤錆が浮いている。かつての爽やかなカリスマ性は見る影もない。
「文句言わねぇで食えよ、アレックス。……これじゃ全然足りねえが」
戦士ガイルが、虚ろな目でパン屑を拾って口に運ぶ。彼の大剣は刃こぼれだらけで、鞘に収めることすら困難になっていた。
魔導師リナもまた、空っぽになったポーションの瓶を逆さまにして振ってみるが、一滴も落ちてこず、悲しげにため息をついている。
そして聖女マリア。彼女の純白だった法衣は薄汚れ、裾は泥で黒ずんでいる。
彼女は汚れた爪を見つめながら、力なく呟いた。
「路銀が尽きましたわね……。宿代も払えないから、今夜からは野宿ですわ」
彼らは追い詰められていた。
レンを追放してからというもの、彼らの冒険は失敗続きだった。
遺跡では罠にかかり、森では道に迷い、街では商人との交渉に失敗して法外な値段で物資を買わされる。
レンがいれば全て未然に防げたトラブルばかりだが、彼らは未だにそれを認めていなかった。
「くそっ……! これもあれも、全部レンの呪いだ! あいつが俺たちの運気を吸い取って逃げたんだ!」
自らが追放したことを棚に上げて、アレックスが喚く。
「おい、アレックス。愚痴ってても腹は膨れねぇぞ。……手っ取り早く稼ぐしかねぇ」
ガイルが提案したのは、彼らが最も忌避していた「泥臭い仕事」だった。
「この近くの『魔の樹海』の浅瀬で、魔物討伐をして素材を売るんだ。あそこなら魔物は腐るほどいる。俺たちの実力なら楽勝だろ?」
「魔の樹海だと? まあ、背に腹は代えられんか」
アレックスは渋々立ち上がった。
「いいだろう。サクッと狩って、街で豪遊してやる。行くぞ!」
◇
数時間後。
「魔の樹海」の入り口付近で、無様な悲鳴が響き渡っていた。
「うわぁぁぁっ! なんだこの泥は! 足が抜けない!」
「ちょっ、ガイル! 前に出なさいよ! 私が狙われてるじゃない!」
「無理だ! 剣が抜けねぇんだよ! 錆びてて!」
彼らが遭遇したのは、Sランクの魔物ですらない。ただの「マッド・フロッグ(泥蛙)」の群れだった。
普段なら一蹴できる相手だ。だが、連携が取れず、装備も万全でない彼らにとって、泥を吐きかけてくる蛙は天敵だった。
ベチャッ!!
巨大な泥の塊が、アレックスの顔面に直撃した。
「ぶべらっ!?」
アレックスが無様にひっくり返り、泥水の中に顔から突っ込む。
黄金の髪は泥まみれになり、口からは汚水が垂れる。
「げほっ、ごほっ……! 汚い! 臭い! 俺の顔がぁぁぁ!」
彼は四つん這いになり、顔を覆って泣き叫んだ。
「なんでだ……俺は勇者だぞ……選ばれし者だぞ……! なんでこんな蛙ごときに……! ママァァァ!」
その姿は、あまりにも情けなく、滑稽だった。
だが。
その無様な姿を後方で見ていた聖女マリアと魔導師リナの瞳に、奇妙な光が宿っていた。
マリアは、泥にまみれて泣き叫ぶアレックスを見下ろしながら、ゾクリとした悪寒――いや、熱を感じていた。
(……あら? 何かしら、この胸の高鳴りは)
今まで、アレックスは「完璧で格好いいリーダー」だと思っていた。
けれど、最近の彼はいつもイライラして、失敗して、余裕がない。
幻滅していたはずだった。
なのに。
(泥水をすすり、無様に這いつくばって涙を流すアレックス……。普段の偉そうな態度が嘘のように、弱々しくて、脆くて……)
マリアは無意識に、自分の唇を舐めた。
(……なんだか、普段よりも「輝いて」見えますわ。もっと……もっと泣かせてみたいかも)
隣にいたリナもまた、杖を握りしめながら頬を染めていた。
「ねえ、マリア。アレックスってさ、強い時より、ボロボロにやられてる時の方が、なんか……可愛くない?」
「リナ、貴女もそう思いますの? ……ええ、まるで捨てられた子犬のようですわ」
かつてレンが献身的にサポートしていた頃には決して見ることのできなかった、勇者の「底辺」の姿。
その圧倒的な「惨めさ」が、二人の心の中に眠っていた歪んだ嗜好の種に、水をやってしまったようだ。
「おーい! お前ら何突っ立ってんだ! 助けろよ! 死ぬぅぅ!」
アレックスが蛙に踏みつけられながら助けを求める。
マリアは、ゆっくりと杖を構えた。すぐには助けない。もう少し、その表情を見ていたかったからだ。
「今行きますわ、アレックス。……ふふっ」
かろうじて蛙を撃退した後、彼らは泥だらけの体で肩で息をしていた。
手に入ったのは、安値でしか売れない蛙の皮が数枚だけ。これでは今夜の宿代にもならない。
「くそっ……! こんなはした金で帰れるか!」
アレックスが吐き捨てるように叫んだ。
「もっとだ……もっと奥へ行くぞ! この森の深部には、もっと高値で売れるレアな魔物がいるはずだ!」
「お、おいアレックス。これ以上進むのは危険じゃねぇか?」
ガイルが不安そうに言うが、アレックスは聞く耳を持たなかった。
空腹と焦り、そしてプライドが、彼の判断力を完全に奪っていたのだ。
「うるさい! 勇者が手ぶらで帰れるか! 一発逆転の大物を狩って、豪遊するんだよ!」
アレックスは血走った目で森の闇を睨み、足を踏み出した。
彼らはまだ知らない。
その森の奥に、かつて追放したレンが築き上げた「楽園」があることも、そこで待ち受ける運命も。
ただ盲目的に、破滅へと続く道を進んでいった。




