表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/38

第24話:勇者パーティの窮乏と、聖女たちの目覚め(三人称視点)

 オークの村が「アイドル・ルルネ」の熱狂と、転売対策による新たな経済システムの確立に沸いていた頃。

 村から遠く離れた街道沿いの安宿で、かつて栄光を誇った4人の姿があった。


「……硬い。なんだこのパンは。石か? 俺は勇者だぞ? こんな家畜の餌みたいなものが食えるか!」


 アレックスが、カビの生えかけた黒パンを地面に叩きつけた。

 彼の黄金色の髪は脂ぎってベタつき、白銀の鎧は手入れ不足で赤錆が浮いている。かつての爽やかなカリスマ性は見る影もない。


「文句言わねぇで食えよ、アレックス。……これじゃ全然足りねえが」


 戦士ガイルが、虚ろな目でパン屑を拾って口に運ぶ。彼の大剣は刃こぼれだらけで、鞘に収めることすら困難になっていた。

 魔導師リナもまた、空っぽになったポーションの瓶を逆さまにして振ってみるが、一滴も落ちてこず、悲しげにため息をついている。


 そして聖女マリア。彼女の純白だった法衣は薄汚れ、裾は泥で黒ずんでいる。

 彼女は汚れた爪を見つめながら、力なく呟いた。


「路銀が尽きましたわね……。宿代も払えないから、今夜からは野宿ですわ」


 彼らは追い詰められていた。

 レンを追放してからというもの、彼らの冒険は失敗続きだった。

 遺跡では罠にかかり、森では道に迷い、街では商人との交渉に失敗して法外な値段で物資を買わされる。

 レンがいれば全て未然に防げたトラブルばかりだが、彼らは未だにそれを認めていなかった。


「くそっ……! これもあれも、全部レンの呪いだ! あいつが俺たちの運気を吸い取って逃げたんだ!」


 自らが追放したことを棚に上げて、アレックスが喚く。


「おい、アレックス。愚痴ってても腹は膨れねぇぞ。……手っ取り早く稼ぐしかねぇ」


 ガイルが提案したのは、彼らが最も忌避していた「泥臭い仕事」だった。


「この近くの『魔の樹海』の浅瀬で、魔物討伐をして素材を売るんだ。あそこなら魔物は腐るほどいる。俺たちの実力なら楽勝だろ?」


「魔の樹海だと? まあ、背に腹は代えられんか」


 アレックスは渋々立ち上がった。


「いいだろう。サクッと狩って、街で豪遊してやる。行くぞ!」



 数時間後。

 「魔の樹海」の入り口付近で、無様な悲鳴が響き渡っていた。


「うわぁぁぁっ! なんだこの泥は! 足が抜けない!」

「ちょっ、ガイル! 前に出なさいよ! 私が狙われてるじゃない!」

「無理だ! 剣が抜けねぇんだよ! 錆びてて!」


 彼らが遭遇したのは、Sランクの魔物ですらない。ただの「マッド・フロッグ(泥蛙)」の群れだった。

 普段なら一蹴できる相手だ。だが、連携が取れず、装備も万全でない彼らにとって、泥を吐きかけてくる蛙は天敵だった。


 ベチャッ!!


 巨大な泥の塊が、アレックスの顔面に直撃した。

 

「ぶべらっ!?」


 アレックスが無様にひっくり返り、泥水の中に顔から突っ込む。

 黄金の髪は泥まみれになり、口からは汚水が垂れる。


「げほっ、ごほっ……! 汚い! 臭い! 俺の顔がぁぁぁ!」


 彼は四つん這いになり、顔を覆って泣き叫んだ。


「なんでだ……俺は勇者だぞ……選ばれし者だぞ……! なんでこんな蛙ごときに……! ママァァァ!」


 その姿は、あまりにも情けなく、滑稽だった。

 だが。

 その無様な姿を後方で見ていた聖女マリアと魔導師リナの瞳に、奇妙な光が宿っていた。


 マリアは、泥にまみれて泣き叫ぶアレックスを見下ろしながら、ゾクリとした悪寒――いや、熱を感じていた。


(……あら? 何かしら、この胸の高鳴りは)


 今まで、アレックスは「完璧で格好いいリーダー」だと思っていた。

 けれど、最近の彼はいつもイライラして、失敗して、余裕がない。

 幻滅していたはずだった。

 なのに。


(泥水をすすり、無様に這いつくばって涙を流すアレックス……。普段の偉そうな態度が嘘のように、弱々しくて、脆くて……)


 マリアは無意識に、自分の唇を舐めた。


(……なんだか、普段よりも「輝いて」見えますわ。もっと……もっと泣かせてみたいかも)


 隣にいたリナもまた、杖を握りしめながら頬を染めていた。


「ねえ、マリア。アレックスってさ、強い時より、ボロボロにやられてる時の方が、なんか……可愛くない?」

「リナ、貴女もそう思いますの? ……ええ、まるで捨てられた子犬のようですわ」


 かつてレンが献身的にサポートしていた頃には決して見ることのできなかった、勇者の「底辺」の姿。

 その圧倒的な「惨めさ」が、二人の心の中に眠っていた歪んだ嗜好の種に、水をやってしまったようだ。


「おーい! お前ら何突っ立ってんだ! 助けろよ! 死ぬぅぅ!」


 アレックスが蛙に踏みつけられながら助けを求める。

 マリアは、ゆっくりと杖を構えた。すぐには助けない。もう少し、その表情を見ていたかったからだ。


「今行きますわ、アレックス。……ふふっ」


 かろうじて蛙を撃退した後、彼らは泥だらけの体で肩で息をしていた。

 手に入ったのは、安値でしか売れない蛙の皮が数枚だけ。これでは今夜の宿代にもならない。


「くそっ……! こんなはした金で帰れるか!」


 アレックスが吐き捨てるように叫んだ。


「もっとだ……もっと奥へ行くぞ! この森の深部には、もっと高値で売れるレアな魔物がいるはずだ!」


「お、おいアレックス。これ以上進むのは危険じゃねぇか?」


 ガイルが不安そうに言うが、アレックスは聞く耳を持たなかった。

 空腹と焦り、そしてプライドが、彼の判断力を完全に奪っていたのだ。


「うるさい! 勇者が手ぶらで帰れるか! 一発逆転の大物を狩って、豪遊するんだよ!」


 アレックスは血走った目で森の闇を睨み、足を踏み出した。

 彼らはまだ知らない。

 その森の奥に、かつて追放したレンが築き上げた「楽園」があることも、そこで待ち受ける運命も。

 ただ盲目的に、破滅へと続く道を進んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ