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第23話:逆転の商談と、死霊の鎮魂歌

 翌日の正午。

 オークの村の広場の一角は、昨日にも増して異様な殺気と絶望感に満ちていた。

 荷車の上にふんぞり返っているのは、赤いバンダナを巻いたコボルト商人だ。彼は以前、俺と農具の取引をした、あの早口のリーダーだった。

 彼は一枚のチケットをヒラヒラと見せびらかし、扇動的な演説を行っていた。


『さあさあ! これが最後の一枚ばい! ルルネちゃんの汗が飛んでくる最前列、SS席! 定価は銀貨1枚やけど、今なら特別に銀貨20枚から! 欲しい奴はおらんかー! 早い者勝ちやでー!』


 周囲を取り囲むファンたち――特に所得の低いゴブリンや、遠方から来たリザードマンたちが、憎悪と欲望の入り混じった目で見上げている。


『ふざけんな! そんな金ねぇよ!』

『でも欲しい……! 俺の晩飯一ヶ月分だけど……!』

『買った! 借金してでも俺が買う!』


 一人のリザードマンが、震える手で財布を取り出そうとした時だった。


「待った」


 俺は群衆をかき分け、コボルト商人の前に立った。

 隣には、サングラスをかけて腕組みをしたゴウダと、不機嫌そうに杖を構えたセレーネが控えている。

 商人が俺の顔を見て、ニタリと笑う。


『おや? 人間の兄ちゃんやないか。なんや、アンタも欲しいんか? 相談役だからって割引はせんばい。商売は対等やけんね』


「いいえ。俺はチケットを買いに来たんじゃありません。……あなたの商売のやり方に、ちょっと『提案』をしに来たんです」


『提案? なんやそれ。ワシは正当な商売をしとるだけばい。安く仕入れて高く売る。商人の基本やろ? 需要があるところに供給する、これぞ商人の鑑ばい』


「ええ、基本ですね。でも、あなたは大事なことを忘れている」


 俺は一歩踏み出し、商人を真っ直ぐに見据えた。


「あなたが今やっているのは『焼畑農業』だ。目の前の利益のために、ファンを焼き尽くしている」


『なんやと?』


「銀貨20枚。確かに今は売れるでしょう。でも、それを買えるファンは限られている。大半のファンは諦めて帰るか、無理をして破産する。そうなるとどうなるか? 彼らは疲弊し、アンチに変わるか、あるいは生活が破綻して二度とライブに来られなくなる」


 俺は周囲のファンたちを見渡した。

 彼らの目は、失望と怒りに満ちている。この熱気は、一歩間違えれば暴動に変わる寸前だ。


「彼らはルルネを応援したい。グッズも買いたい。村の宿にも泊まりたい。でも、チケット代だけで財布が空になれば、他にお金は落ちない。経済効果は一瞬で終わり、後に残るのは『あそこは金持ちしか相手にしない』という悪評だけだ。商売人として、そんな短命なビジネスでいいんですか?」


 コボルト商人の目が泳いだ。彼らは計算が速い。俺の言っていることの長期的な損失を、瞬時に理解したはずだ。


『む……ぐぬぬ……。せ、せやけど! 今ここにある需要を無視するのは商人として勿体なかろうもん! この熱狂を金に変えんでどうする! ワシらも商売なんや! この熱が冷める前に稼げるだけ稼ぐのが鉄則ばい!』


「だから、別の方法を提案します。もっと太く、長く稼げる方法を」


 俺は懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。

 昨晩、徹夜で書き上げた企画書だ。


「転売で小銭を稼ぐのはやめて……我々と『公式パートナー契約』を結びませんか?」

『公式……パートナー?』

「はい。チケットの転売は禁止します。その代わり、あなた方には『公式グッズの独占販売権』と『ファンクラブ会員証の発行手数料』の一部をお支払いします」


 コボルト商人が懐からそろばんを取り出し、弾き始めた。

 パチパチパチパチ!!

 凄まじい速度だ。指が残像になって見える。


『……グッズの……独占販売……? 会員証……継続課金モデル……!? しかも、ファンクラブ会費の一部がバックされる……!?』


 計算を終えた商人の顔色が変わり、脂汗が噴き出した。


『な、なんちゅうデカイ規模の話や……! 転売なんてチマチマした稼ぎとは桁が違うばい! しかも安定的……! 在庫リスクも分散できる……!』

「でしょう? ルルネの人気はこれからもっと上がります。魔王城での公演だって夢じゃない。その時、あなたが『公式スポンサー』として名を連ねていれば……利益は計り知れませんよ」


 悪魔の囁き(ビジネス提案)。

 商人はゴクリと唾を飲み込んだ。


『負けたばい……! 兄ちゃん、いや、レン社長! ワシらを傘下に入れてくれ! 今日から転売はやめて、真っ当な『正規代理店』になるばい!』

「ありがとうございます。……あ、それともう一つ、条件があります」

『な、なんや?』


 俺は商人の目を鋭く見据えた。


「これまでに高値で転売したチケット。あれもすべて、定価との差額を購入者に返金してください」


 商人の目が飛び出そうになった。


『はぁぁ!? そこまでやるんか!? もう懐に入った金ばい!? 商売成立した後やろ!』

「『公式』を名乗るなら、ファンからの信用が第一です。過去の悪行を清算して、クリーンな姿を見せてください。それが、長い目で見れば一番の宣伝になります」


 商人は唸り声を上げ、脂汗を垂らしながら葛藤した。

 しかし、将来の莫大な利益と、目の前の小銭を天秤にかけ、決断したようだ。


『くぅぅ……! 兄ちゃん、鬼や……! 分かった、やるばい! 差額は返す! 信用第一ばい! この最後のチケットも定価で売るばい!』

「交渉成立ですね」


 ワァァァァッ!!

 沸き起こる歓声。リザードマンが泣き崩れながら俺の手を握ってきた。


 さて、ここからが本番だ。

 俺はすぐさま広場に演台を設置し、集まった魔物たちに向けて声を張り上げた。


「みんな、聞いてくれ! チケット騒動で嫌な思いをさせてすまなかった! そこで、これからの活動を円滑にし、みんなが公平に応援できるように、新しい組織を作ることにした!」


 俺は背後の幕をバサァッ! と下ろした。

 そこには、昨夜加工した漆黒のプレートが輝いていた。


「名付けて、ルルネ公式ファンクラブ――『死霊の鎮魂歌レクイエム・オブ・ソウル』だ! この俺、レンが初代会長に就任する!」


 おおおおおっ!!

 どよめきが広がる。厨二心をくすぐるネーミングが、魔物たちには大ヒットしたようだ。


「入会金は銀貨3枚! 会員にはチケットの最速先行予約権、会報誌、そしてシリアルナンバー入りの魔石プレート製会員証がついてくる! 特にこの会員証には魔法的な『生体認証』を施すから、本人以外は使えない。つまり、これで転売は不可能になるんだ!」


 会場のボルテージが最高潮に達する中、俺は続けて技術担当を紹介した。


「そして、このシステムの構築者であり、ファンクラブ副会長を務めるのがセレーネだ!」


 セレーネが進み出る。彼女は不敵な笑みを浮かべ、高らかに宣言した。


「フッ……。我と契約し、魂の盟約を結ぶ者よ。この『闇の契約書(入会申込書)』に血判サインを押すがいい……! さすれば、貴様らは永遠に『同志』となる!」

(意訳:みんな入会してね! 一緒にルルネちゃんを推そう! サインよろしく!)


 その言葉と共に、受付には長蛇の列ができた。

 だが、今度は殺気立ってはいない。秩序ある、愛に満ちた列だ。


 その夜。

 俺は北の廃墟へ向かった。

 ルルネに、完成したばかりの会員番号「No.001」のプレートを渡すためだ。


「レンさん……ごめんなさい。私のせいで……」


 暗い顔をしていたルルネに、俺はプレートを渡した。


「これからは、この『ファンクラブ』が君を守る盾になる。君は何も心配せず、歌うことだけに集中してくれ」


 ルルネが会員証を受け取り、その表面を愛おしそうに撫でた。


「ファンクラブ……。『死霊の鎮魂歌』……。なんか、すごい名前ですね」

「セレーネ副会長の命名だからな。カッコいいだろう?」

「ふふっ。……はい。嬉しい。私、もっと頑張る。みんなの魂を震わせるような、最高の歌を届ける!」


 彼女の瞳に、強い決意の光が宿った。

 俺は微笑み、自分のポケットから「No.002」のプレートを取り出した。


「あ、ちなみに俺の会員番号は002だ。001は、君自身のものだからね」

「えっ?」

「アイドルの一番のファンは、アイドル自身であるべきだ。自分を愛せなきゃ、他人は愛せないからな」


 ルルネは顔を赤らめ、会員証を胸に抱きしめた。


「はいっ! ……ありがとうございます、プロデューサー! あ、会長!」


 その後の宴会では、コボルト商人が持ってきた高級な酒が振る舞われた。

 普段はがめつい彼らだが、こういう「関係構築」や「未来への投資」となる場ではケチらない。締めるところは締め、出すところは出す。その嗅覚こそが、彼をただの守銭奴ではなく一流の商人にしているのだろう。


 ただ、宴会の途中、酔っ払ったセレーネが「次は私の詩集を売り出すべきだ」と絡んできたのは、少し面倒だったが。

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