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第22話:転売屋の暗躍と、涙のチケット争奪戦

 伝説の一夜から、数日が過ぎた。

 村の北にある廃墟で行われた、バンシーの少女ルルネのデビューライブ。

 『魂を揺さぶる絶叫』『聞くと元気になる呪い』という触れ込みで行われたそのステージは、俺の予想を遥かに超える熱狂を巻き起こした。

 ドラムのバズが叩き出す原始的なビート、セレーネによる幻想的な魔法演出、そして何より、ルルネの魂のシャウト。

 それらが一体となったデスメタルの宴は、娯楽に飢えていた魔物たちの心を鷲掴みにし、村は今や「ルルネ旋風」の只中にあった。


 だが。

 光が強ければ強いほど、影もまた濃くなるのが世の常だ。


 俺はログハウスの二階にある執務室から、眼下の広場を見下ろしていた。

 そこには、かつてないほどの殺伐とした空気が漂っていた。

 広場の中央には、次回のライブチケットを求める魔物たちの長蛇の列ができているのだが、その列の進み具合は遅々としており、あちこちで怒号が飛び交っている。


『押すな! 押すな言うとるやろ! 一列に並べぇ!』

『うるせぇ! 俺は西の山から三日かけて来たんだ! ルルネちゃんの『呪いのブロマイド』付きチケットをよこせ!』

『最後尾はあっちや! 割り込みしたら棍棒でカチ割るぞ!』


 俺は手に持っていたマグカップ(コボルト製の粗悪品だが、中身はマンドラゴラ茶だ)を置き、深いため息をついた。


「……健全な推し活とは程遠いな」


 ライブの成功は喜ばしい。だが、急激な人気爆発に、運営側の体制が追いついていない。

 特に問題なのが、チケットの供給不足だ。廃墟のキャパシティには限界がある。

 そこへ、ハイエナのような連中が群がってきたのだ。


 ドスドスドスッ!

 階段が壊れそうなほど荒々しい足音が響き、バンッ! とドアが勢いよく開かれた。


『レ、レン兄ちゃん! 大変や! 緊急事態宣言や!』


 飛び込んできたのは、警備隊長を務める義兄弟のゴウダだ。

 自慢の革ジャン(ライブスタッフ用)は揉みくちゃにされてヨレヨレになり、サングラスは斜めにズレて、額からは脂汗が滝のように流れている。


「どうした、ゴウダはん。客同士で喧嘩でも始まったか? いつものように筋肉で解決してくれ」

『喧嘩ならマシや! 殴り合ってスッキリすれば終わりやからな。……問題はもっと陰湿な『チケット』の話や!』

「チケット?」

『せや……。次回のライブチケット、販売開始したらあっという間に完売したんやけどな……タチの悪い連中が紛れ込んどったんや』


 ゴウダが悔しそうに拳を震わせる。


『コボルトの行商隊や。あいつら、手下を使ってチケットを買い占めよったんや。ほんで今、広場の隅で定価の10倍……いや、20倍で売りさばいとる!』

「20倍だと……?」


 俺の眉がつり上がった。

 定価は銀貨1枚。それが20枚? 一般的なオークの月給の半分が吹き飛ぶ金額だ。

 いわゆる「転売屋」だ。文明が未発達なこの魔界にも、その手合いが存在するとは。需要と供給の歪みがある限り、どこにでも湧いてくる害虫のような存在だ。


『あいつら、『買えんかった奴が悪い』『金がある奴が偉い』って言うて、ファンを煽っとるんや。純粋に応援したい貧乏なリザードマンとか、なけなしの小遣いを握りしめて来た子鬼とかな、みんな泣いて帰ろうとしとる……』


 ゴウダの声が湿っぽくなる。

 彼は純粋なファンだ。そして警備隊長として、村の治安を守る義務がある。だが、商売の自由に手出しはできないというジレンマに苦しんでいた。


『それに……ルルネちゃんも、それを見て悲しんどるんや。さっき裏で会ったら、「私の歌を聞きたい人が聞けないなんて……」って、霊体なのに涙流しとったわ』

「ルルネが……」


 俺の中で、何かがプツンと切れる音がした。

 俺がプロデュースしたアイドルの純粋な想いを、小銭稼ぎの道具にされるのは我慢ならない。

 エンターテインメントは、誰にでも平等に開かれるべきだ。金持ちだけの道楽にしてはいけない。


 俺は椅子から立ち上がり、ゴウダを見た。


「分かった。……ゴウダはん、今すぐセレーネを呼んでくれ。ログハウスで作戦会議だ」

『え? すぐに行かんのか? 今すぐ行って、あいつらをボコボコに……』

「いや、暴力じゃ解決しない。敵は商売人だ。力ずくで排除しても、また別の場所で、もっと陰湿なやり方で同じことをするだけだ。イタチごっこになる」


 俺は机の上の羊皮紙を広げ、羽ペンを握った。

 前世の記憶にある、あらゆる「転売対策」の知識を総動員する時が来た。


「根本的なシステムから変える必要がある。『転売』という行為そのものを、ビジネスとして成立させなくするんだ」



 数分後。

 呼び出されたダークエルフのセレーネが、不機嫌そうに執務室に入ってきた。

 彼女は現在、「闇の迎賓館」で優雅なティータイムを楽しんでいたところを、ゴウダに担がれて連れてこられたらしい。


「無礼者! 貴様ら、高貴なる『常闇の氏族』の長女たる私を、なんだと思っているのだ! 茶菓子マンドラゴラクッキーを口に運ぶ、至高の刹那を妨害するなど、万死に値するぞ!」

(意訳:ちょっと! おやつ食べてたのに何よ! 失礼しちゃうわね!)


「すまない、セレーネ。だが、村の危機なんだ。力を貸してほしい」


 俺が事情を説明すると、セレーネの表情が一変した。

 彼女もまた、ルルネの衣装担当として、あのライブに並々ならぬ情熱を注いでいた一人だ。自分の作品ルルネが汚されることを許すはずがない。


「……フン。下劣な。黄金の輝き(金銭)に目が眩み、魂の共鳴ライブを冒涜するとは。深淵のことわりにおいて、最も忌むべき大罪『強欲』そのものではないか」

(意訳:サイテーね。お金のためにライブを台無しにするなんて、許せないわ)


「そうだ。だから対策を練る。セレーネ、貴女の魔術が必要なんだ」


 俺は羊皮紙に図解を描きながら説明した。


「敵は『チケットそのもの』を商品として扱っている。だから転売ができる。ならば、チケットを『特定個人に紐付いた魔法的アイテム』に変えてしまえばいい」


 俺が提案したのは、前世で言うところの「電子チケット」や「生体認証システム」の魔術版だ。


「具体的には『会員証』を作る。そのプレートに、持ち主の魔力波長や生体情報を刻印するんだ。入場時にはそのプレートをかざし、本人確認を行う。他人が持っても反応しない、あるいは警告音を鳴らすような仕組みだ」


 セレーネが興味深そうに身を乗り出した。


「ほう……。魂の刻印ソウル・インプリントか。個の存在証明を魔道具に固定化し、絶対的な鍵とする……。悪くない着想だ。だが、それには高度な魔力制御と、大量の魔石が必要になるぞ?」

(意訳:なるほどね、本人しか使えないカードを作るわけね。面白そうじゃない。でも、それ作るの結構大変よ?)


「魔石なら、コボルト商会から没収……いや、徴収する予定だ。加工は俺とゴウダはんでやる。セレーネには、その『刻印術式』の構築と、プレートへの魔力充填を頼みたい」


 セレーネはニヤリと笑い、黒いマントを翻した。


「ククク……。よかろう。愚かなる守銭奴どもに、深淵の魔術の恐ろしさを骨の髄まで教えてやろうではないか。我が『断罪の刻印』をもって、不正なる者どもを門前払いにしてくれるわ!」

(意訳:いいわよ、やってやるわ! 転売屋なんてギャフンと言わせてやりましょ!)


 そこからは、怒涛の準備作業だった。

 俺たちは倉庫からありったけの黒曜石を引っ張り出し、薄いプレート状に加工した。

 ゴウダが怪力で石を切り出し、俺が表面を研磨し、セレーネが複雑な魔法陣を刻み込んでいく。


『うおぉぉ! ルルネちゃんのためなら、この腕が千切れても削るでぇぇ!』

「黙って手を動かせ、筋肉ダルマ! 魔力の充填が追いつかん! もっと繊細に削れと言っているのだ!」

(意訳:ちょっと、雑よ! もっと丁寧に削りなさいよ!)


 執務室の机の上には、漆黒に輝く数百枚の「魔導会員証」が積み上げられていた。

 表面には、セレーネがデザインした禍々しくも美しいロゴマーク――薔薇と骸骨とマイクを組み合わせた紋章が刻まれている。


「できた……」


 俺は完成品の一枚を手に取った。

 微かな魔力を帯び、ひんやりと冷たい。これに魔力を登録すれば、世界に一つだけの認証キーとなる。


「これで準備は整った。あとは、あの転売屋たちに『引導』を渡すだけだ」

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