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第21話:デビューライブと、呪いのシャウト

 その日から、村の北にある廃墟は、地獄の釜の蓋が開いたような騒音に包まれた。

 昼夜を問わず、鼓膜を引き裂くような絶叫と、大地を揺るがす重低音が響き渡る。


「死ネェェェッ! 全人類、呪ワレテ腐リ果テロォォォッ!!」(届けぇぇっ! アタシのときめき! みんな大好きだぞぉぉぉっ!!)


 ズドォォォォン!!

 衝撃波で廃墟の石柱に亀裂が走り、天井の一部がガラガラと崩れ落ちる。


『あかん……! あかんて兄ちゃん! これ以上近づいたら、ワシの鼓膜が弾け飛んでまう!』


 廃墟の入り口で、ゴウダが頭を抱えてうずくまっていた。

 彼は耳の穴に粘土を詰め込み、その上からヘルメットを被り、さらに両手で耳を塞ぐという完全防備スタイルだ。それでも顔色は土気色で、今にも嘔吐しそうだ。


「頑張れ、ゴウダはん。これが『リハーサル』だ。本番まで、村のみんなには内緒にしておかないとな。サプライズ演出のために」


 俺は腕組みをして、満足げに頷いた。俺の耳には【万国理解】のフィルターがあるため、ルルネの絶叫は「ちょっと元気すぎるアイドルの歌声」として届いている。


「ルルネ! 今のシャウト、最高だったぞ! でもサビの前の『死ネ』の伸ばしがちょっと甘い! もっと腹の底から、内臓を吐き出すつもりで叫ぶんだ!」


 廃墟の中空に浮かぶルルネが、ハッとしてこちらを向く。

 彼女はボロボロのドレスの裾を握りしめ、真剣な眼差しで頷いた。


「ハ、ハイッ! 内臓……内臓ですね! 私、内臓ないけどイメージします!」

「そうだ! 『好き』という感情を、『殺意』という音圧に変換しろ! それがデスメタルだ!」

「はいっ! 殺意アイを込めます!」


 ルルネが再び息を吸い込む。


「皆殺シダァァァァァァッ!!」

(愛してるよォォォォォッ!!)


 ドゴォォォォン!!

 音圧で、廃墟に残っていた朽ちた扉が蝶番から引きちぎられ、彼方へ吹き飛んだ。


『ヒィィッ! 扉が飛んだ! 殺される! ワシ、やっぱり帰ってええか!?』


「ダメだ。会場警備の責任者はゴウダはんだろ。この音圧に耐えられないで、どうやって客を守るんだ」


 俺はゴウダの肩を叩き、次に瓦礫の山の上で指揮棒を振っているセレーネに声をかけた。


「セレーネ! 音響はどうだ! 声の歪み(ディストーション)と反響エコーが足りないぞ! もっと魔法で増幅しろ!」


 セレーネは黒いマントを風になびかせ、不敵に笑った。


「『フッ……急かすな、愚かなプロデューサーよ。深淵の共鳴は、気まぐれな猫のようなもの……。今、空間の魔力を震わせているところだ』」

(意訳:ちょっと待ってよ、今いい感じに調整してるんだから! 魔力操作って難しいんだからね!)


 彼女が杖を掲げると、周囲の大気がビリビリと震え、ルルネの声に重厚なエフェクトがかかる。


「いいぞ! その響きだ! あとはリズム隊だな」


 俺は視線を下に向けた。

 そこには、今回のライブのために抜擢した、一人のオークが座っていた。

 村の工事現場で杭打ちを担当していた若手オーク、バズだ。

 彼の前には、大きさの違う空の酒樽や、中空になった切り株、そして金属製の鍋などが並べられ、即席のドラムセットが組まれている。

 今回の伴奏楽器は、このドラムセットだけだ。シンプルだが、オークの馬力があれば十分だ。


「バズ、どうだ? 調子は」


 バズは両手に持った二本の太い骨(バチ代わり)を回し、ニカっと笑った。


『任しとき! レン兄ちゃん! ワシ、昔から杭打つ時も飯食う時も、リズム刻まんと落ち着かんかったんや! こんな楽しい仕事、初めてや!』


「そのリズム感を見込んでのスカウトだ。メロディ楽器なんかいらない。お前のビートだけで客を踊らせろ!」


『おうよ! 魂のビート、刻んだる!』


 ドゴォッ! パァン! ドコドコドコッ!

 バズが切り株を蹴り飛ばしてバスドラムのような重低音を響かせ、同時に骨で樽を叩いて軽快なリズムを刻む。

 独学とは思えないグルーヴ感だ。


 ドラム(オーク)、音響魔法セレーネ、ボーカル(バンシー)。

 シンプルだが凶悪な編成だ。魔界最強のデスメタルユニットがここに誕生した。


「よし、通しリハ行くぞ! ワン、ツー、ワンツースリーフォー!」


 廃墟での特訓は、深夜まで続いた。



 そして、数日後。

 ついにデビューライブ当日がやってきた。


 場所は、村の広場に急造された特設ステージ。

 丸太を組んで作った骨組みに、セレーネたちが黒い布で装飾を施し、松明のかがり火が焚かれている。

 チケットは、コボルト商人の手腕により完売。

 会場には、村のオークたちはもちろん、噂を聞きつけた近隣のゴブリン、リザードマン、さらにはハーピーまでが詰めかけ、すし詰め状態になっていた。

 観客全員の耳には、俺が配布した「特製粘土耳栓」がねじ込まれている。


『おい、ほんまに大丈夫なんか? あの「呪いの声」を聞くんやろ?』

『死ぬんちゃうか?』

『でも、「聞くだけで強くなれる」ってチラシに書いてあったぞ』

『コボルトの商人が「いま魔界で一番ナウい」って言うてたしなぁ』


 観客たちは不安と期待が入り混じった顔でステージを見つめている。

 俺は舞台袖で、震えているルルネの背中(霊体なので触れないが)に手をかざした。


「緊張してるか?」

「……はい。心臓ないのに、バックバクです。私、本当に受け入れてもらえるでしょうか……。また『うるさい』って石を投げられたら……」


 ルルネが青ざめた顔で俯く。

 俺は笑って言った。


「石は投げられないよ。……まあ、興奮したオークが棍棒を投げるかもしれないが」

「えっ」

「大丈夫だ。君の声は『呪い』じゃない。『才能』だ。俺が保証する」


 俺は合図を送った。

 セレーネが頷き、杖を振る。

 フッ、と会場の松明が一斉に消え、辺りが闇に包まれた。


『うおっ!? 消えた!』

『なんや、襲撃か!?』


 ざわめく観客。

 その闇を切り裂くように、バズのドラムが炸裂した。


 ――ドゴォォォォンッ!!

 ズダダダダダダダッ!!


 地響きと共に、ステージ中央にスポットライト(発光苔の光を集めたもの)が当たる。

 そこに立っていたのは、セレーネ特製の「ゴシック・ボンテージ・ドレス」に身を包んだルルネだった。

 黒いレース、赤いリボン、そして手には骸骨のマイクスタンド。

 禍々しくも、可憐。


「Are you readyyyyyyy!?(みんなー! はじめましてー!)」


 ルルネの第一声が、衝撃波となって客席を襲った。

 だが、ルルネは止まらない。

 彼女はマイクスタンドを振り回し、バズの叩き出す原始的なビートに合わせてヘドバンを開始した。


「Death! Death! Love me Death!!(大好き! 大好き! こっち見て!!)」


 デスボイスが観客に叩きつけられる。

 楽器はドラムだけ。メロディはない。あるのはリズムと絶叫のみ。

 だが、その剥き出しの音圧と、腹の底に響くリズムに、魔物たちは次第に体を揺らし始めた。


『……なんやこれ』

『耳栓しとるのに、脳みそが揺れる!』

『ドラムの音、あれウチの工事現場のバズか!? あんな激しい音出せるんか!』


 オークの一人が、我慢できずに拳を突き上げた。


『ウオオオォォッ! なんかわからんけどスゲェェェ!』


 それが着火点だった。

 会場中の魔物たちが、本能を解放して叫び始めた。


『呪ってくれー! もっと呪ってくれー!』

『デス! デス! ラブミーデス!』


 ルルネの顔に、驚きと喜びが広がる。

 (届いてる……! 私の声、みんな逃げない! 聞いてくれてる!)

 彼女のテンションが最高潮に達する。


「お前ラ全員、地獄へ道連レダァァァッ!!」(みんなのこと、一生離さないからねぇぇぇッ!!)


 ズドォォォォン!!


 サビのシャウトで、ステージの床板が弾け飛んだ。

 だが、観客のボルテージは下がるどころか、狂乱の域に達していた。


『うひょー! 床が抜けた!』

『最高や! これがデスメタルか!』


 舞台袖で、ゴウダが涙を流しながらペンライト(発光キノコ)を振っている。


『ルルネちゃーん! 輝いとるでー! ワシ、一生ついていくわ!』


 隣では、セレーネが腕組みをして、魔法で音響を調整しながら満足げに頷いていた。


「『フッ……。深淵の歌姫が覚醒したか。あの衣装のフリル、動きに合わせて舞うように計算した甲斐があったというものだ』」

(意訳:やったわね! 私の作った衣装もバッチリ目立ってるじゃない!)


 ドラムのバズも、全身から湯気を出しながら叩きまくっている。


『ヒャッハー! 叩いても叩いても怒られへん! 最高や!』


 ライブは進み、アンコールへ。

 ルルネは汗(霊体なので冷たい霧)をまき散らしながら、最後の曲を紹介した。


「ラストソング! 『臓物ハラワタブチ撒ケロォォッ』!!」(心のすべてをさらけ出して!!)


 バズがドラムを乱れ打ちし、セレーネが魔法で空間を歪ませる。

 そしてルルネが、渾身の力で叫んだ。


「SCREAM! SCREAM! MORE SCREAAAAAAM!!(叫んで! 叫んで! もっと叫んでぇぇぇ!!)」


 会場全体が揺れる。

 ルルネの絶叫が生み出す衝撃波が、目に見えるほどの波動となって会場を駆け抜ける。

 セレーネがタイミングを合わせて闇魔法を炸裂させた。

 虚空に巨大なドクロの幻影が浮かび上がり、それが花火のように弾けて、無数の黒い花びらとなって降り注ぐ。


『ウオオオオオオオオオッ!!』

『最高ォォォォッ!!』


 観客全員が拳を突き上げ、失神寸前のトランス状態で叫んだ。

 その熱気は、夜空の雲を吹き飛ばすほどだった。



 終演後。

 舞台裏のテントに、ルルネが飛び込んできた。

 彼女の体は半透明なままだが、その表情は生気に満ち溢れていた。


「レンさん! レンさんっ!」


 彼女は浮遊したまま、俺に突撃してきた。

 冷たい霊体が、俺の体にドスンとぶつかる。


「成功しました! 最後まで歌えました! 誰も逃げませんでした!」

「ああ、見てたよ。最高のステージだった。お前はもう、立派なアイドルだ」


 俺が頭を撫でてやると、ルルネはへにゃりと相好を崩した。


「えへへ……。ありがとうございます、プロデューサー」


 彼女は俺の服の裾をギュッと握りしめ、上目遣いで見つめてきた。

 その瞳の奥に、ステージ上の熱狂とは違う、湿度のある光が宿る。


「私……決めました。成仏なんてしません。天国なんて行きません」

「え?」

「だって、ここが天国だもん。レンさんがいて、みんながいて……。だから私、ずーっとここにいます。レンさんがおじいちゃんになって、死んで幽霊になるまで待ちます。そうしたら、一緒になれますよね?」


 ……重い。

 物理的な重さはないが、愛が重い。

 彼女の周りの気温が急激に下がり、俺の眉毛に霜が降りる。


「ル、ルルネちゃん? ちょっと冷気が……」

「約束ですよ? 私、死ぬまで……ううん、死んでもプロデューサーのものですからね?」


 ゾクリとした寒気が背筋を走る。

 これは、とんでもないヤンデレ・ゴーストを目覚めさせてしまったかもしれない。

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