第20話:森の怪音騒動と、廃墟の歌姫
ダークエルフのセレーネたちが「闇の迎賓館」に移住し、オークたちとのBBQパーティで親睦を深めてから数日。
村は相変わらずの活気に満ちていたが、ここ最近、どうも一部の若手オークたちの様子がおかしい。
特に、森の見回りを担当している警備隊の連中だ。
彼らは目の下に隈を作り、どこか怯えたように森の方角を気にしている。
俺はログハウスの執務室で、ゴウダに向かって問いかけた。
「ゴウダはん。警備隊の連中、どうしたんだ? 最近、妙に元気がなさそうだが」
『あ、ああ……。実はな、レン兄ちゃん。ちょっと困ったことになっとるんや』
ゴウダはばつが悪そうに頭をかき、声を潜めた。
『最近、森の北側……あの古城の廃墟があるあたりを見回った若い衆がな、奇妙なモンを見たり聞いたりしとるんや』
「奇妙なモン?」
『女の幽霊や』
俺は持っていたペンを止めた。
幽霊。ファンタジー世界なら珍しくはないが、オークたちがここまでビビるとは。
『ただの幽霊ならええんやけどな、そいつが夜な夜な、とんでもない「悲鳴」を上げるらしいんや。聞いた奴の話やと、『キエェェェッ!』いうて、鼓膜が破れそうな金切り声で……。あれは間違いなく『嘆きのバンシー』や言うて、みんな怖がって見回りに行きたがらんのよ』
「バンシーか。死を予告する妖精だな」
『せや。不幸の前兆や。もしあいつが村まで降りてきたら、えらいこっちゃで』
今のところ被害は見回りの若い衆だけのようだが、放置すれば噂が広まり、村全体の士気に関わる。
それに、バンシーは強力な音波攻撃を行う魔物でもある。実害が出る前に対処が必要だ。
「分かった。俺が調査に行ってくる」
『えっ、マジか!? レン兄ちゃんが行くんか!?』
「ああ。正体が分かれば対処もしやすい。ゴウダはん、案内を頼めるか?」
『い、嫌やわぁ……。ワシ、お化けとか一番苦手なんやけど……』
ゴウダは露骨に嫌そうな顔をしたが、俺がじっと見つめると、観念したように肩を落とした。
『……しゃあない。兄弟分の頼みや。腹くくるわ』
俺たちは魔術的な知識が必要になるかもしれないと考え、セレーネにも声をかけることにした。
◇
夕暮れ時。
俺とゴウダ、そして「面白そうだから」とついてきたセレーネの三人は、村の北にある廃墟エリアへと足を踏み入れた。
そこはかつて、数百年前の魔王軍幹部が住んでいたという屋敷の跡地だ。
崩れかけた石壁、ツタに覆われた尖塔。風が吹くたびにヒューヒューと音が鳴り、雰囲気は完全にホラー映画のそれだった。
ゴウダは棍棒を構え、俺の背中にぴったりと張り付いている。
『あかん……。空気が重いわ。なんか出そうやで』
セレーネはマントで口元を覆い、周囲を睨みつけている。
「ククク……ここからは死者と生者の境界線……。『死霊の舞踏会』の会場というわけか。我が右目の封印が疼いて仕方がないわ」
(意訳:うわ、めっちゃ不気味。お化け屋敷とか無理なタイプなんだけど。早く帰りたい)
「セレーネ、ビビってるのか?」
「愚問だな。深淵の支配者たる我が、彷徨える魂ごときに恐怖するなどありえん。……ただ、生理的な嫌悪感が止まらんだけだ」
(意訳:ビビってないわよ! ちょっと寒気がするだけ!)
強がっているが、彼女も俺の袖を掴んでいる。
三人で固まって瓦礫の山を進んでいくと、廃墟の中央、かつて大広間だったと思われる開けた場所に出た。
その時だった。
――キィィィィィン……。
耳鳴りのような音が響き、空気が振動した。
『で、出たっ! レン兄ちゃん、あそこや!』
ゴウダが指差した先。
崩れた壁の上に、青白い人影が浮かんでいた。
ボロボロのドレスを纏い、長い髪を振り乱している半透明の少女。
彼女は夜空に向かって両手を広げ、何やらブツブツと呟いている。
「呪ワレヨォォォォォォッ!! 死ニ絶エヨォォォォォッ!!」
突然、彼女が絶叫した。
ズドンッ!!
物理的な衝撃波が空気を叩き、周囲の枯れ木がバキバキと音を立てて折れた。
凄まじい音圧だ。ただの声ではない。破壊兵器だ。
『ヒィッ! 鼓膜が破れる!』
「ぐっ……! これが「死の宣告」か……! 結界がなければ即死だったぞ!」
(意訳:きゃあああ! 耳がキーンってなった! 音がデカすぎ!)
ゴウダとセレーネが耳を塞いでうずくまる。
これが見回りの若い衆が聞いた声か。確かに、こんなものを夜の森で聞かされたらトラウマになる。
だが。
俺の【万国理解】スキルは、その破壊的な音波の向こう側にある「言葉」を、冷静に翻訳して脳内に流し込んでいた。
俺に聞こえたのは、呪いの言葉ではなかった。
『――届ケェェェッ!! アタシの愛!! キミに届け、ファンサ・ビームッ!!』
……は?
俺は耳を疑った。
もう一度、彼女が叫ぶ。
「血ノ海ニ溺レヨォォォォォッ!!」
(翻訳:『――なんでェェェ!? なんで高音が裏返るのよぉぉぉ! これじゃあアイドルになれないじゃなァァァッ!! 私のバカバカバカ!』)
……ただの発声練習だった。
しかも、本人の意図とは裏腹に、出力される音が全てデスボイスに変換されているらしい。
彼女は「呪われよ」と叫んでいるつもりはなく、「愛してる」と歌っているつもりなのだ。
俺は瓦礫の陰から立ち上がり、ゴウダたちに合図した。
「大丈夫だ。攻撃されているわけじゃない」
『はぁ!? 木が折れたんやぞ!? 殺る気満々やろ!』
「いや、あれは歌だ」
『歌……? 兄ちゃん、耳おかしなったんか?』
俺は二人を残し、バンシーに向かって歩み寄った。
「あのー、すいませーん!」
俺が声をかけると、バンシーの動きがピタリと止まった。
長い髪の隙間から、大きな目がこちらを覗き込む。
彼女はスルスルと空中に浮遊したまま、俺の目の前まで降りてきた。
「……ウ、ウラメシヤァァァ……(な、何よ人間……! リハーサルの邪魔しないでよ……! 今サビ前のいいところだったのに!)」
翻訳された心の声は、完全に怒られたアイドルのそれだ。
「リハーサル、お疲れ様です。ちょっとピッチがズレてますよ。サビの前のブレス、もう少し腹から声を出さないと高音が安定しません」
俺のアドバイスに、バンシーは驚愕に目を見開いた。
「……!?」
「あ、俺はレンと言います。あなたの歌声、森の入り口まで聞こえてましたよ。すごい声量ですね」
バンシーは俺の顔をまじまじと見つめ、おずおずと口を開いた。
その声は、相変わらず低いノイズ混じりだが、何とか聞き取れる。
「……あ、あなた、私の歌が……『歌』だと分かるの?」
「ええ。歌詞はちょっと聞き取りづらいですが、ハートを届けたいというパッションは伝わりました」
「う、嘘ぉ……! みんな私の声を聞くと『呪いだ』って言って、耳を塞いで逃げちゃうのに……!」
バンシーの瞳がウルウルと潤んだ。
彼女の名前はルルネ。
生前は歌姫になることを夢見ていたが、志半ばで病に倒れ、未練を残してこの廃墟に取り憑いた地縛霊らしい。
死んでからも夢を諦めきれず、毎晩ここで密かに練習をしていたのだ。
「でも、全然ダメなの……。可愛く『キラッ☆』って歌いたいのに、どうしても『グヴォォォッ!』ってデスボイスになっちゃって……。これじゃあオーディションに受からないよぉ……」
ルルネはしょんぼりと肩を落とした。
なるほど。彼女の霊体としての特性が、高音域を歪ませ、低音域を増幅させてしまっているようだ。
本人は正統派アイドルを目指しているようだが、出力される音は完全にデスメタルだ。
だが、これはダイヤの原石かもしれない。
俺は確信した。
この破壊的な音圧と、魂を揺さぶるハスキーボイス。これを「可愛い曲」の枠に押し込めるのは才能の無駄遣いだ。
「ルルネさん。方向性を変えましょう」
「え?」
「『キラキラ系』じゃなくて、『デスメタル系アイドル』を目指すんです」
「デスメタル……?」
ルルネが首をかしげる。
後ろで様子を伺っていたゴウダとセレーネがおずおずと近づいてきた。
『兄ちゃん、デスメタルってなんや? 新しい魔術か?』
「音楽のジャンルだよ。魂の叫びをそのままぶつけ、怒りや悲しみを爆音に乗せて解放する音楽だ。ルルネの声は、まさにそのためにある」
俺はルルネに向き直った。
「君の声は呪いなんかじゃない。聴く者の魂を震わせる『力』だ。その力を抑え込むんじゃなくて、解き放つんだ。歌詞も『好き』じゃなくて『殺す』くらいの勢いで叫べばいい。その裏にある愛は、必ず伝わる」
「『殺す』……愛……」
ルルネが呟く。
俺が身振り手振りでシャウトの手本を見せると、彼女の目に光が宿った。
「魂の……叫び……! そうか、ありのままの私でよかったんだ!」
ルルネは拳を握りしめ、大きく息を吸い込んだ。
「イエェェェェェェアッ!! これだァァァッ!!」
ドォォォン!!
再び衝撃波が発生し、ゴウダのサングラスが吹き飛んだ。
『ひぃぃぃ! すごい風圧や! でも……なんかスッキリする声やな!』
「……フッ。魂の共鳴か。悪くない響きだ。私の閉ざされた心も震えたぞ」
(意訳:すごい迫力! なんかテンション上がってきたわ!)
セレーネもマントを押さえながら、ニヤリと笑っている。
俺はルルネに手を差し出した。
「ルルネさん、俺がプロデュースします。村でデビューライブをやりましょう」
「えっ、いいの!? 私なんかが……村の人たち、怖がらないかな……」
「大丈夫。俺には優秀なスタッフがいますから」
俺はゴウダとセレーネを振り返った。
「ゴウダはん、会場設営と警備を頼む。セレーネ、衣装と演出をお願いできるか? 彼女の魅力を最大限に引き出す『闇のドレス』が必要だ」
『えっ、ワシが!? まあ、力仕事なら任せとき!』
「フッ……。死霊の歌姫か。面白い。私の「深淵の美学」を試すには絶好の素材だ。最高の一着を仕立ててやろう』」
(意訳:ドレス作りたかったのよね! 任せて、めっっちゃ可愛くしてあげるから!)
こうして、森の怪音騒動は「魔界アイドル育成プロジェクト」へと変貌を遂げた。
村の見回りの若者たちを震え上がらせた「呪いの声」は、まもなく村中を熱狂させる「祝福のシャウト」へと変わることになる。
俺たちは翌日からの特訓スケジュールを組みながら、廃墟を後にした。
ルルネは嬉しそうに、俺たちの背中に向かって小さく手を振っていた。
「ありがとー! 明日も待ってるねー! ヴォォォォッ!(練習しとくね!)」
『……最後、やっぱデスボイスやったな』
ゴウダが苦笑いしながら呟いた。
しかし、俺は確信していた。
彼女は売れる、と。




