第19話:闇の迎賓館と、ツンデレ愛妻(?)弁当
翌日から、村は建設ラッシュの熱気に包まれた。
現場監督はもちろん俺だ。
作業員は、オーク族の精鋭たちと、ダークエルフたちの混成チームである。
これまで、水と油のように反発しあっていた両種族が、一つの目的のために汗を流す。
それは、想像以上にカオスで、刺激的な光景だった。
『オラオラァ! もっと石運べ! 筋肉が喜んどるぞ!』
『へい! 班長! この岩、手頃な大きさですわ!』
オークたちは持ち前の怪力とスタミナで、基礎となる石積みや木材の運搬を担当する。
巨大な丸太を小枝のように担ぎ上げ、ドスン、ドスンと地面を突き固めていく様は、まさに重機そのものだ。
一方、ダークエルフたちは……。
「フッ……重力操作……! 舞え、石材よ!」
「大気の精霊よ、我に力を……! ウィンドカッター(製材用)!」
彼女たちは魔法を使って、高所への資材運搬や、木材の精密な加工を担当していた。
最初は「汗臭いオークとなんて作業できないわ」と文句を言っていた彼女たちだが、いざ始まってみると、そのプライドの高さが良い方向に作用していた。
「おい、そこの緑の巨躯よ! 世界を支える柱の角度が、コンマ数ミリほど摂理(設計図)から逸脱しているぞ! 我が研ぎ澄まされた美意識がその歪みを許さん!」
(意訳:ちょっと、柱が歪んでるわよ! ちゃんと真っ直ぐ立てなさいよ!)
『あぁん? 1ミリくらいええやろ! 頑丈ならええんや!』
「黙れ! 神は細部に宿るのだ! 創世の理だ!」
(意訳:ダメよ! 細かいところまで綺麗じゃないと嫌なの!)
セレーネは設計図片手に、現場監督の俺以上に厳しく指示を飛ばしている。
彼女は特に「デザイン」にこだわりを見せた。
屋根の先にはガーゴイルの彫刻、窓枠は蜘蛛の巣模様のアイアンワーク、ドアノブはドクロ型。
普通なら「不気味」と言われる装飾だが、オークたちにとっては「強そうでカッコいい」と好評だった。
『姉ちゃん、センスええな! このドクロ、目が光るようにせえへんか?』
「……ほう。貴様、人間にしては『闇の審美眼』を持ち合わせているようだな。よかろう、契約成立だ。紅蓮に輝く『禁断の魔石』を埋め込み、夜を統べる監視者としよう」
(意訳:あら、あんたセンスあるじゃない。いいわよ、ピカピカ光らせちゃいましょう)
奇妙な一体感が生まれていた。
互いの得意分野を認め合い、補完し合う。
オークのパワーと、エルフのセンスと魔法。それが組み合わさることで、今までこの村にはなかった、堅牢かつ芸術的な建築物が次々と形になっていった。
数日後。
広場には、巨大な石造りの竈と、空高く伸びる煙突が完成していた。
煙突の先端には、セレーネこだわりの「魔眼」が取り付けられ、風魔法の術式が刻まれている。
竈に火を入れると、煙は魔法陣に吸い込まれるように集まり、煙突を通って上空高くへと吐き出されていく。地上には、美味しい匂いだけが残る仕組みだ。
そして、風上の丘の上には。
黒檀の木材と灰色の石で作られた、シックで優雅な洋館――「闇の迎賓館」が完成していた。
テラス付きの二階建て。周囲には魔除けの結界(という名の防虫・防湿魔法)が張られ、庭にはマンドラゴラが植えられている。
「……ククク、素晴らしい。これぞ、我ら『深淵の住人』が腰を据えるに相応しき魔城。……礼を言うぞ、契約者レンよ。そして、緑の労働者ども」
(意訳:すごいわ……! 私の理想通りの家ね。……ありがとう、レン。オークたちもご苦労さま)
彼女は少し顔を赤らめ、素直に感謝の言葉を口にした。
『へっ、気にすんなや。姉ちゃんらの魔法のおかげで、ええもんができたわ』
ゴウダも鼻の下をこする。
その夜の「完成披露BBQパーティ」は、煙を気にすることなく、最高に盛り上がったことは言うまでもない。
◇
俺はマンドラゴラの畑作業をしていた。
黙々と作業をしていると、背後から気配を感じた。
「……フッ、勤勉なる契約者よ。大地の精霊と対話しているのか?」
(意訳:……お疲れさま、精が出るね!)
振り返ると、そこにはセレーネが立っていた。
だが、今日の彼女はいつものボンテージ風戦闘服ではない。
黒いフリルがついたエプロン姿だ。胸元にはドクロの刺繍が入っているが、全体的に妙に家庭的だ。
手には、これまたドクロ柄の風呂敷包みを持っている。
「どうしたんですか、セレーネ様。また何か不具合でも?」
「戯れ言を! ……これは、そう、世界監視の一環だ。貴様らの労働という名の儀式が、我が聖域に混沌をもたらしていないか、審判を下しに来ただけのこと」
(意訳:べ、別に用事なんかないわよ! あんたたちがサボってないか見に来ただけよ!)
ツンと顔を背けるセレーネだが、俺のスキル【万国理解】は、彼女の早鐘のような心音まで翻訳してしまう。
『――ど、どうしよう……! 渡すタイミングが分からない! 迷惑じゃないかな? でも早起きして作ったし……! ああもう、緊張して心臓飛び出そう!』
……なるほど。そういうことか。
俺は作業の手を止め、土を払って立ち上がった。
「視察、ご苦労様です。ちょうど休憩しようと思っていたところなんですが。お腹が空いたので、もしよろしければ、貴女様の『食の美学』をご教授いただけませんか?」
俺の言葉に、セレーネがパッと顔を輝かせ、すぐに「コホン」と咳払いをして澄ました顔に戻った。
「む……? 貴様が魂を削ってまで懇願するというのなら、致し方あるまい。我が隣に座る権利を、一時的に授けよう」
(意訳:しょうがないわね、一緒に食べてあげるわよ)
彼女は俺の隣に座ると、震える手で風呂敷包みを解いた。
「……受け取るがいい。これは、我が魔力を練り上げ、混沌の鍋で精製した『闇の供物』だ。毒見という名の儀式が必要であろうと判断し、特別に持参してやった。……さあ、その身に喰らえ」
(意訳:お弁当作ってきたのよ。味見してほしいだけなんだからね。……食べてみて)
現れたのは、重箱のような立派な容器だった。
蓋を開ける。
「……おお」
俺は思わず声を上げた。
そこに入っていたのは、見事な「キャラ弁」だった。
黒い海苔のようなもので描かれた、リアルかつ精巧なドクロの絵。
おかずは、血のように赤いソースがかかったミートボール(心臓風)、指の形をしたソーセージ、目玉のようなゆで卵。
見た目は完全にホラーだ。呪いのアイテムにしか見えない。
だが、その配置、バランス、細工の細かさは芸術的ですらある。
「すごいですね……! このドクロの表現、立体感が素晴らしい。全部手作りですか?」
「ククク……当然の帰結だ。我が魔眼をもってすれば、この程度の造形は、瞬きをするよりも容易い。……味の保証はせんがな」
(意訳:当たり前でしょ! 私にかかればこれくらい簡単よ。……お口に合うか分からないけど)
俺は箸を取り、まずは「指ソーセージ」を口に運んだ。
パリッとした食感、溢れる肉汁。そして絶妙なスパイス加減。
「……うまい! これ、以前俺が教えたレシピを完璧に再現してますね。いや、それ以上だ」
「ククク……当然の帰結だ。貴様ごときの貧弱な味覚になど、我が深淵の調理法を合わせるまでもなかったな」
(意訳:べ、別に普通よ。あんた好みの味にしただけよ)
セレーネはそっぽを向いているが、耳まで真っ赤だ。
『兄ちゃーん! 飯食うかー?』
そこへ、空気を読まないゴウダがドスドスと歩いてきた。
弁当の中身を見て、ギョッとする。
『うおっ!? なんやその呪いの儀式みたいな飯は! 兄ちゃん、食うたら腹壊すで! 毒々しい色しとるぞ!』
セレーネの顔から血の気が引き、次に怒りで真っ赤に染まる。
俺は慌ててゴウダの口に、赤いミートボールを突っ込んだ。
『むぐっ!? ……ん? んん!?』
ゴウダが咀嚼し、目を見開く。
『……う、美味ァァァいッ!! なんやこれ! 見た目は毒やけど、味は天国や! レン兄ちゃん、こんな美味いモン独り占めしとったんか!』
セレーネが勝ち誇ったように笑う。
「フッ……哀れな肉塊よ。表層の事象に惑わされるとは、修行が足りぬな。貴様のような下等生物にも、我が高尚なる美味の欠片くらいは理解できたようだな」
(意訳:ふふん、見た目で判断するなんてバカね。美味しかったでしょ? 感謝しなさいよ!)
『姉ちゃん、すげぇな! 料理もできるんか! これ、もっとないんか?』
「……やれやれ、慈悲深き我に感謝せよ。貴様のような使い魔の分まで、余剰魔力で生成しておいたのだ。……ほら、受け取れ」
(意訳:しょうがないわね、ついでに作っておいたからあげるわよ)
セレーネは下の段から、もう一つの弁当箱を取り出した。
そこには、オークの顔を模したキャラ弁が入っていた。
文句を言いながらも、ちゃんと仲間の分まで作っていたのだ。
畑の真ん中で、オークと人間とダークエルフが、ホラー弁当を囲んで舌鼓を打つ。
村は、種族を超えた大家族のように、温かい空気に包まれていた。




