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第18話:煉獄のバーベキューと、洗濯物の悲劇

 「赤き血の予告状」騒動を経て、オークの村は平穏を取り戻し、さらなる発展を遂げていた。

 特に食文化の向上は目覚ましい。

 俺が開発した「特製スパイス(岩塩と粉砕したシビレタケ、乾燥ハーブの混合物)」を使ったバーベキューは、今や村の最大の娯楽となっていた。


 晴れ渡った秋の空の下、広場のあちこちから香ばしい煙が立ち上っている。


『焼けたでー! 特上ロースや! 脂が乗ってテッカテカやぞ!』

『こっちはマンドラゴラの丸焼きや! 悲鳴ごと一緒に焼いたったわ!』


 ゴウダたちが豪快に肉を焼き、村人たちが歓声を上げて群がる。

 肉汁が炭に滴り落ち、ジュワッという音と共に白い煙がもうもうと立ち上る。その煙に乗って、暴力的なまでに食欲をそそる匂いが村中に拡散していく。


 俺もまた、焼き上がった串焼きを手に取り、大きく口を開けた。

 表面はカリッと香ばしく、中はジューシー。噛み締めれば、スパイスの刺激と肉の旨味が口いっぱいに広がる。


「……美味い。やっぱり青空の下で食う肉は格別だな」


 これぞスローライフ。これぞ文明的活動だ。

 俺が悦に入っていた、その時だった。


「愚かなるモノどもよ! 静粛にせよ! これは我ら『常闇の氏族』に対する『最終戦争ハルマゲドン』の布告と受け取っていいのだな!?」

(意訳:ねえ、アンタたち! いい加減にしてよ! これは『いやがらせ』と受け取るわよ!?)


 突然、広場の隅から怒号が飛んだ。

 場の空気が一瞬で凍りつく。

 現れたのは、ダークエルフのセレーネ率いる「深淵の三連星」の面々だ。

 しかし、今日の彼女たちの様子はいつもと違っていた。

 漆黒のローブやゴシック調のドレスではなく、顔に布を巻き、手には箒や布団叩きを持っている。まるで戦場に向かう清掃部隊のような殺気だ。


 セレーネは鼻をハンカチで強く押さえ、もう一方の手でマントをバサバサと煽りながら、煙の向こうから現れた。


『な、なんやセレーネ様。そんな剣幕で。肉食いたいんか? 今焼けたとこやで、ほれ』


 ゴウダが能天気に、脂のしたたる巨大な肉串を差し出した。

 瞬間、セレーネの眉間がピクリと跳ねた。


「黙れ、下等なる緑の獣よ! その穢れきった肉塊を、高貴なる我が聖顔に近づけるでない! 問題なのは『煉獄の噴煙スモーク』だ! この瘴気が、我らが聖域『常闇の揺り籠』を無慈悲に侵犯していると告げているのだ!」

(意訳:ちょっと! 煙たいんだけど! 私たちのテントの方に全部流れてきてるじゃない! 臭いがつくでしょ!)


 セレーネが指差した先には、彼女たちが仮住まいとして使っているテント村があった。

 不運なことに、今日は風下だ。広場から発生した大量の煙が、白い川のようにテント村へと流れ込み、直撃している。

 そして、そのテントの横には――洗濯したばかりの、彼女たち自慢の黒いローブやフリルのついたドレスが干されていた。


「刮目せよ! 我が魂の外套たる『漆黒の翼』が……! 昨日、運命の糸で再構築し、清流で浄化し、暁の魔力で祝福したばかりの聖遺物が! あろうことか、獣の脂と炭の残り香に穢され、あわや燻製となり果てるところではないか!」

(意訳:昨日洗濯したばっかりなのに! 一番お気に入りの服が焼肉臭くなったじゃない! どうしてくれんのよ! クリーニング代請求するわよ!)


 セレーネが悲痛な叫びを上げる。

 部下のエルフたちも、燻製臭くなった包帯や眼帯を手に、涙目で睨んでいる。


「深淵の封印が……ただの焦げ臭い布きれに……(意訳:私の眼帯が臭い)」

「髪についた匂いが、三日は取れぬではないか……(意訳:お風呂入ったのに台無し)」


 なるほど、これは切実だ。

 彼女たちダークエルフは、美意識が高く、特に「匂い」には敏感だ。

 対してオークたちは、体臭すら気にしない(最近は風呂に入るようになったが)大らかな種族。

 『焼肉の匂い? ええ匂いやんけ、腹減るわ』程度の認識しかない。

 これはいわゆる「スメル・ハラスメント」による種族間対立だ。


『せやかて姉ちゃん、風向きはどうしようもないで。それに、肉焼くのに煙は付きもんや』


 ゴウダが悪びれもせずに言うと、セレーネの瞳に怒りの炎が宿った。


「開き直るか、知性なき緑の肉塊め……。ならば我らにも考えがある。大気を統べる『暴風の結界』を展開し、この瘴気を倍返しにして貴様らの鼻腔へねじ込んでやろうか!」

(意訳:逆ギレ? 信じらんない。だったら扇風機みたいに風魔法で全部そっちに送り返してやるわよ!)


 セレーネが杖を構える。大気がビリビリと震え始めた。

 まずい。ここで魔法を使われたら、せっかくのBBQ会場が戦場になるし、肉も砂まみれになる。


 俺は食べかけの肉を置き、二人の間に割って入った。


「ストップ! 二人とも落ち着け! 食べ物を前に喧嘩するな!」


『レン兄ちゃん! でもなぁ、姉ちゃんらが理不尽なイチャモンつけてくるんや!』

「イチャモンだと!? これは我が氏族の尊厳に関わる聖戦だ!」

(意訳:私たちの様式美を守るための正当な主張よ!)


 火花を散らす両者。

 俺は頭を高速で回転させた。

 BBQはやめられない。これは村の重要な福利厚生だ。

 しかし、セレーネたちの苦情ももっともだ。

 解決策は一つ。煙を制御し、かつ彼女たちの生活環境を根本から改善することだ。


「分かりました。俺に案があります」

「案だと? この『煉獄の瘴気』を無に帰すとでも言うのか?」

(意訳:案? 煙を消してくれるの?)


「消しはしませんが、逃がすことはできます。……『排煙システム』を作ります」

「はいえん……?」

「煙を吸い込んで、上空高くへ逃がす装置です。それと同時に、セレーネ様たちには、もうテント暮らしを卒業していただきましょう」


 俺はセレーネに向き直り、真剣な表情で告げた。


「そろそろ、しっかりとした『家』に住みませんか?」


 セレーネが虚を突かれたように目を瞬かせた。


「なっ……『家』だと……? 我ら『常闇の氏族』に対し、このオークの巣窟に恒久的な根を下ろせと囁くのか? 誇り高き夜の眷属たる我らに?」

(意訳:えっ、ここに住むの? オークの村によ? ちょっとそれは……)


 彼女はツンデレでプライドが高い。素直に「住みたい」とは言わないだろう。

 だが、俺は知っている。最近の彼女たちが、テント生活の不便さ(隙間風、虫、地面の硬さ)に愚痴をこぼしていたことを。


「いえ、巣窟ではありません。『外交特区』です。オークとダークエルフの友好の証として、貴女方専用の特別居住エリアを作るんです」


 俺は言葉巧みに誘導した。


「場所はここより風上の、見晴らしの良い丘の上。そこなら煙も来ませんし、湿気も少ない。貴女方の高貴な身分に相応しい、黒を基調としたシックな洋館を建てましょう。内装も、貴女好みの『深淵スタイル』で統一して」


 セレーネの耳がピクリと動いた。


「外交特区……。深淵スタイル……」

(意訳:特別扱い……。私好みの内装……)


 明らかに心が揺れている。


「それに、家があれば大切な衣装も屋内に保管できます。もう煙や雨に怯える必要はありません。……どうですか、『闇の迎賓館』の主になりませんか?」


 セレーネは数秒の沈黙の後、バサァッとマントを翻して背を向けた。


「……フン。悪くない盟約だ。あの布の結界テントはあくまで『仮初の宿り』。現世に長く留まるならば、我が魔力を満たすための『城塞キャッスル』が必要だと感じていたところだ」

(意訳:しょうがないわね、そこまで言うなら住んであげるわよ。正直テントは腰が痛かったのよ)


「交渉成立ですね」


 俺はゴウダに向き直った。


「というわけだ、ゴウダはん。BBQ場の改修工事と、エルフたちの新居建設を行う。人手が必要だ」

『おう! そういうことなら任せとけ! 力仕事ならワシらの独壇場や!』

「いや、今回は力だけじゃダメだ。煙突の効果的な排気と、お洒落な洋館作りには、繊細な技術と魔法が必要になる」


 俺はニヤリと笑った。


「セレーネ、貴女方の『魔法』の力も貸してもらいますよ。自分の城を作るんですから、手抜きはなしです」

「愚問だな! オークごときの粗野な石積みごときに、我が肉体が安らぐとでも? 深淵の魔術を行使し、至高にして究極の空間を顕現させてくれるわ!」

(意訳:当たり前でしょ! 私の家なんだから、最高にオシャレにするに決まってるじゃない!)


 こうして、焼肉の煙をきっかけに、『セレーネたちの正式移住計画』が始動することになった。

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