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第17話:首なし騎士の来訪と、肉の疑惑

 コボルト行商人との交易が始まり、村には鉄製の農具や様々な調味料が出回るようになっていた。

 マンドラゴラ畑の収穫も順調で、村の食料事情は劇的に改善されていた。

 そんなある日の午後。

 俺はログハウスで、今後の栽培計画について書類をまとめていたのだが、外から響いてきたドタバタという足音に思考を中断された。


 バンッ!


 勢いよく扉が開く。飛び込んできたのは、顔面蒼白になったゴウダだった。

 

『レ、レン兄ちゃん! ヤバイで! 非常事態宣言や!』

「どうしたんだ、ゴウダはん。落ち着けって。また誰かが畑の野菜と喧嘩でもしたのか?」

『ちゃうわ! そんな平和な話やない! 魔王軍本部からの『監査官』が来るんや!』

「監査官?」

『せや! 『首狩りのデュラハン』様や! 魔王軍第三師団の将軍にして、泣く子も黙る冷徹な監査官やぞ! 明日の正午、この村へ業務監査に来るらしいんや!』


 デュラハン。

 首のない騎士の姿をしたアンデッドで、死の予兆として恐れられる高位魔族だ。

 

『どないしよ……。ワシら、最近めっちゃ平和ボケしとるやろ? 畑耕したり、温泉入ったり、コボルトと商売したり。こんな「ほのぼのライフ」見られたら、『貴様ら、魔王軍の面汚しめ!』って言われて、村ごと消滅させられるかもしれん!』


 ゴウダが頭を抱えてしゃがみ込む。

 確かに、今のこの村は「前線基地」というより「スローライフを満喫する農村」だ。

 そこへ、村長の屋敷の方角から、悲鳴にも似た咆哮が響いてきた。


『ヴォォォォォォ……!(あかん……胃が……胃が裏返るぅ……!)』

「……村長も限界みたいだな」

『せやねん! 村長なんか『もう終わりや、みんなで夜逃げしよう』って言うてるで!』

「逃げたらそれこそ反逆罪だろ。……分かった。俺が出る」

『えっ、レン兄ちゃんが? 相手はデュラハンやぞ? 人間なんか見たら問答無用で首跳ねられるんちゃうか?』

「大丈夫だ。どんな恐ろしい魔物でも、そこに『意思』がある限り、対話の余地はある。それに、監査に来るってことは、何か具体的な『疑い』があるはずだ。それを晴らせばいい」



 翌日の正午。

 村の入り口には、異様な緊張感が漂っていた。

 村長を筆頭に、村のオークたちが整列して出迎えの準備をしている。村長はガチガチと鎧を鳴らし、今にも倒れそうだ。

 俺はゴウダの後ろ、目立たない位置に控えていた。隣には、面白がってついてきたダークエルフのセレーネがいる。


「フッ……。死を運ぶ首なしの騎士か。深淵のことわりに背きしアンデッド……。我が魔眼が疼くわ」

(意訳:デュラハン来るの? なんか強そうでカッコイイじゃない。ちょっと見てみたいわ)


「セレーネ、挑発するなよ。あくまで友好的にだ」


「承知している。我が漆黒の翼は、時として礼節という名の鎖に繋がれるものだ」

(意訳:分かってるわよ。ちゃんと挨拶くらいするわ)


 その時。

 村へと続く街道の向こうから、黒い霧が流れてきた。

 カツン、カツン、という蹄の音が響く。

 現れたのは、漆黒の軍馬に跨った、フルプレートアーマーの騎士。

 その首から上はなく、左脇に抱えられたフルフェイスの兜の中に、青白く発光する「生首」が収まっていた。


 圧倒的な死の気配。

 デュラハンが馬を止め、下馬する。

 ガシャン、ガシャンと重厚な足音を立てて、震える村長の目の前で立ち止まった。

 抱えられた兜の中の目が、カッと見開かれる。


「ヴォォォォォォォォッ!!」


 空気がビリビリと震えるような咆哮。

 村長が『ひぃっ!』と悲鳴を上げて尻餅をついた。他のオークたちも一斉に平伏する。

 誰もが「死の宣告」だと思った瞬間だった。


 だが。

 俺のスキル【万国理解】には、全く別の音声が届いていた。


『――あー、あー、テステス。本日は晴天なり。えー、魔王軍第三師団・業務監査部のデュラハンでございます。……あ、村長さん、そんなに怯えないでくださいよ。ボク、ただ仕事で来ただけなんですから』


 ……めちゃくちゃ腰が低い。

 俺は呆気にとられながらも、一歩前に出た。


「お待ちしておりました、監査官様。当村の相談役を務めております、レンと申します」


 俺が人間の言葉で恭しく挨拶すると、デュラハン(の生首)がギョッとしてこちらを向いた。

 兜の中で目が泳いでいる。


『――えっ? 人間? なんでこんな所に人間が? しかもボクの言葉、通じてる? え、すごくない?』

「はい、しっかりと拝聴しております。遠路はるばる、お疲れ様でございます」

『――うわぁ、すごい丁寧! 最近の人間ってこんなに礼儀正しいの? あ、どうも初めまして。デュラハンです』


 デュラハンは慌てた様子で、空いている右手で敬礼のような仕草をした。


『――いやー、驚きました。人間に意思疎通ができる方がいるとは。……では、早速ですが本題に入らせていただいても?』

「はい、どうぞ。何なりと」


 デュラハンは咳払いを一つした(生首だけで器用なことだ)。

 そして、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。


『――実はですね、本部の方でちょっとした「疑惑」が持ち上がっていまして』

「疑惑、ですか?」

『はい。ここ数ヶ月、この村からの「配給食料の申請」、特に「肉類」の請求がパタリと止まっているんです。通常、オークなら大量の肉を要求してくるはずなんですが……ゼロなんですよ、ゼロ』


 デュラハンが羊皮紙を指で弾く。


『――これについて、上層部が懸念しています。「もしかして、全滅しているんじゃないか?」あるいは……「人間側と内通して、裏で食料を得ているんじゃないか?」とね』


 なるほど。

 兵站の動きから反乱を疑われたわけか。鋭い。

 村長が『ひぃぃ! 謀反の疑いやて!? 誤解や!』と泡を吹いている。


 俺は落ち着いて答えた。


「ご懸念はもっともです。ですが、それは誤解です。我々が配給を申請していないのは……単に『必要なくなったから』です」

『――必要ない? オークが肉を食わなくなったとでも? まさか、霞でも食って生きているんですか?』

「いいえ。……こちらをご覧ください」


 俺は合図を送った。

 ゴウダと数名のオークが、大皿に盛られた料理を運んでくる。

 一見すると、奇妙な形の根菜のグリルのように見える。

 人の形をした根っこが、香ばしく焼かれ、特製ソースを絡められているのだ。

 立ち上るのは、肉にも負けない濃厚な旨味の香りと、鼻の奥をくすぐるようなスパイシーな刺激。


『――な、なんですかこれは……! 植物のようですが、凄まじい「魔力」を感じるんですが!』

「当村の新たな特産品、『マンドラゴラの香草焼き』でございます」

『――マ、マンドラゴラ!? あの致死性の叫び声を上げる魔草ですか!?』


 デュラハンが驚愕に兜を揺らす。


「はい。ですが我々は独自の栽培法を確立し、安全かつ効率的に、そして『美味しく』収穫することに成功しました」


 俺はナイフでマンドラゴラを切り分け、断面を見せた。溢れ出すエキスが宝石のように輝いている。


「このマンドラゴラは、配給される干し肉の数倍の栄養価と、強力な滋養強壮効果を持っています。これを食べていれば、肉など必要ないのです。兵士たちの士気も体力も、以前とは比べ物になりません」


 俺はフォークに刺したマンドラゴラを差し出した。


「百聞は一見にしかず。毒見は私が済ませております。どうぞ」


 デュラハンが生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。


『――い、いや、監査官たるもの、供応を受けるわけには……でも、この匂いは反則だ……。最近疲れが取れないし……』


 葛藤の末、デュラハンはマンドラゴラを一口食べた。


 ……数秒の沈黙。

 カッ!と目が輝いた。


『――ンまぁぁぁぁいッ!!』


 デュラハンが絶叫した。


『――なんですかこれ! ホクホクなのにジューシー! 噛むたびに力が湧いてくる! うおぉぉ、なんか身体が熱い! 首から下が燃えるようだ! 全身の関節が油を差したように軽くなる!』


「効果てき面のようですね」


『――すごい! 信じられない! ここ最近、万年肩凝りと寝不足で体が鉛のように重かったのに、一瞬で吹き飛んだ! これ、配給肉なんかより断然いいですよ!』


 デュラハンは感動のあまり震えている。


『――分かりました。疑惑は晴れました。こんな「スーパーフード」を自給自足しているなら、腐りかけの配給肉なんて要りませんよね。むしろ、本部の方に輸出してほしいくらいですよ……』


 哀愁漂う本音が漏れた。


「疑惑が晴れて何よりです。……ところで監査官様。マンドラゴラで血行が良くなったところで、さらにその凝り固まったお身体を癒やしてはいかがですか?」

『――えっ? 癒やす?』

「はい。当村自慢の『露天風呂』をご用意しております。首の付け根の凝りには、特に効きますよ」

『――ろ、露天風呂!? そんな施設まであるんですか!?』


 ここでセレーネが進み出た。


「フッ……。彷徨える首なしの騎士よ。深淵の湯船は、貴様の呪われた魂すらも浄化するだろう。……我についてくるがいい」

(意訳:温泉、すっごい気持ちいいわよ。私が案内してあげるから来なさいよ)


『――だ、ダークエルフの方まで!? ありがとうございます! ぜひ! ぜひお願いします!』



 一時間後。

 温泉から上がったデュラハンは、村長の屋敷の応接室で、すっかり骨抜きになっていた。

 全身の鎧はツヤツヤと輝き、表情は穏やかだ。

 テーブルには、冷たい果実水と、追加のマンドラゴラチップスが並んでいる。


『――いやぁ、最高でした。マンドラゴラ食べて温泉入って……極楽ってここにあったんですね。死んでますけど』


 デュラハンが冗談を言うほどリラックスしている。

 対面の村長も、ようやく生きた心地がしたようで、ホッと胸を撫で下ろしている。


『――しかしレンさん。あなたが人間だとは驚きですが、この村の改革は見事です。食料自給によるコストカット、福利厚生による兵士の健康維持。これはまさに、理想的な拠点運営だ』

「恐縮です。すべては、皆が快適に暮らすためですので」

『――そこですよ! 「快適さ」。これ、大事ですよねぇ……』


 デュラハンが深い溜息をついた。


『――本部の連中は分かってないんですよ。「魔物は過酷な環境でこそ強くなる」とか精神論ばっかりで。おかげで現場は疲弊しきってます。ボクなんか、中間管理職だから上からは「予算削れ」って言われるし、下からは「休みくれ」って突き上げられるし……もう、胃がないのに胃が痛くて……』


 そこから先は、デュラハンによる「魔王軍・ブラック労働環境への愚痴大会」となった。


『――この前なんて、魔王様が急に「城の模様替えをしたい」とか言い出して、徹夜で家具の移動ですよ。ボク、頭抱えてるからバランス悪いのに、高い所の掃除させられて……』

『――部下のスケルトン部隊は、すぐ骨が外れてサボるし、ゾンビ部隊は臭いってクレーム来るし……。あぁ、こんなに話を聞いてくれる人がいるなんて、泣きそうだ』


 俺と村長、そしてセレーネは、延々と続く彼の愚痴に相槌を打ち続けた。

 彼はただ、誰かに聞いてほしかったのだ。孤独な管理職の悲哀を。


 帰り際。

 デュラハンは、黒曜石でできた重厚なプレートを俺に手渡した。

 『魔王軍 第三師団 監査室長 デュラハン』と刻まれた名刺だ。


『――レンさん、そして村長の皆さん。今日は本当にありがとうございました。この村のことは、最高評価で報告しておきます。「先進的な栄養管理モデル」としてね』

「ありがとうございます。また疲れが溜まったら、いつでも湯治にいらしてください。マンドラゴラも用意しておきます」

『――ええ、必ず! ……あ、これ、ボクの直通連絡先です。もし本部から理不尽な命令が来たら、ボクに連絡してください。揉み消し……じゃなくて、善処しますから』


 デュラハンは爽やかな笑顔(生首)を残し、漆黒の馬に跨って去っていった。

 見送る俺たちの背後で、ゴウダが呟いた。


『……なんか、ええ人やったな』

「ああ。種族は違えど、苦労してるのは一緒ってことさ」


 村長が、地面にへたり込んで涙を流している。


『よかったぁぁぁ……! 粛清されへんかったぁ……! レン殿、あんたほんまに救世主や……!』


 こうして、最大の危機だった監査は、最高評価という形で幕を閉じた。

 そして、俺の手元には「魔王軍監査室長とのコネ」という、強力な武器が残ったのだった。

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