第16話:マシンガントークの商人と、悪魔的交渉術
「マンドラゴラの大量移民(収穫)」からしばらくの時が流れた。
オークの村の畑には、整然と並んだ畝ができ、そこには移植されたマンドラゴラたちが気持ちよさそうに葉を広げていた。
毎朝、農耕班のオークたちが温泉水を撒くたびに、『うぉぉぉ、染みるわぁ!』『今日も土がフカフカで最高や!』という歓喜の声(【万国理解】がないとただの唸り声だが)が聞こえてくる。
すっかり村の風景に馴染んだ彼らは、今や村の食卓を支える重要な栄養源となっていた。
そんなある日の午後。村に来訪者があった。
色とりどりの旗を掲げ、大小様々な荷車を連ねた一団。
魔界各地を渡り歩く、行商隊だ。
『おぉ、行商隊か! 久しぶりやな!』
ゴウダが嬉しそうに声を上げる。
『この村は貧乏やし、人間との前線に近いから、あんまり商人が寄り付かんかったんや。来るとしても、たまにゴブリンのボロ市が来るくらいでな。でも、今日のは随分と立派やな』
確かに、先頭を行く荷車は装飾も立派で、荷台には山のような物資が積まれている。
荷車を引いているのは、背中に自分の体ほどもある巨大なリュックを背負った、犬の耳と尻尾を持つ小柄な亜人たち――コボルトだった。
彼らは常にせわしなく動き回り、キョロキョロと鋭い視線を周囲に走らせている。
先頭に立つ、赤いバンダナを巻いたリーダー格のコボルトが、俺たちを見つけるなり、弾丸のような速度で駆け寄ってきた。
『らっしゃいらっしゃい!何がいるんや何でも揃うで北の鉄器に南のスパイス!金さえあれば夢でも売るで!ほらそこのオークの旦那、見てってや!今日は特売日やで!時間は金なりタイムイズマネー!迷ってる暇があったら買うて後悔せぇ!』
……速い。
言葉の速さが尋常ではない。息継ぎをしている様子がない。
『……あかん。何言うとるかサッパリ分からん』
ゴウダが目を回して後ずさる。
『あいつらコボルトの行商隊は、いつもこうなんや。呪文みたいに早口でまくし立てて、こっちが呆気にとられてる間に契約書にサインさせよる。「早口すぎてカッコイイから買うたるわ」ってなる奴もおるけど、大抵は後で後悔するんや。前回なんか、ただの川原の石ころを「人魚の涙石」とか言われて、気づいたら干し肉1ヶ月分と交換させられたわ』
「なるほど。圧倒的な情報量で相手の思考を停止させ、勢いで押し切る戦法か。悪徳商法の基本だな」
俺は苦笑した。
ゴウダのような純朴なオークにとって、彼らは天敵と言えるだろう。
だが、今のこの村には俺がいる。そして何より、今の俺たちには強力な「武器(商品)」がある。
俺は一歩前に出た。
相手がスピードで来るなら、こちらはそれを上回る「理解」と「理詰め」で対抗するまでだ。
「こんにちは、コボルト商会の方々。俺たちはこの村の相談役です。商売の話をしましょう」
俺が落ち着いた声で話しかけると、コボルト商人の目がキラーンと光った。
獲物を見つけた肉食獣の目だ。
『おっ!人間の兄ちゃんか!珍しいなこんな魔境に人間がおるとは!捕虜か?奴隷か?それとも幹部か?まあええわ客は客や!ええ度胸しとるやないか!で、なんや?買うなんか?売るんか?ウチはコボルト商会、泣く子も黙る激安王!まずは商品見せたろか?この鍋なんかどうや?底が厚くて一生モンやで!今ならセットで包丁もつける!どや!』
再び始まるマシンガントーク。
彼が懐から取り出した鍋を、ジャグリングのように放り投げながらアピールしてくる。
だが、俺の【万国理解】スキルには、彼の言葉の裏にある「思考」までもが、スローモーションのように鮮明に聞こえていた。
『(……へへっ、人間か。ちょろそうやな。この鍋、底にヒビ入っとる不良品やけど、早口で誤魔化して高値で売りつけたろ。セットの包丁も錆びかけや。オークなら力任せに使うてすぐ壊すやろうし、クレームも来んやろ)』
……心の声が丸聞こえだ。
俺はニッコリと笑った。
「いえ、鍋は間に合っています。それにその鍋、底に微細なヒビが入ってますよね? 強火にかけたら割れるんじゃないですか?」
ピタリ。
空中の鍋をキャッチしたコボルト商人の動きが止まった。
『……あ?』
「包丁も、柄の付け根が腐りかけてます。あれでは硬い肉を切った瞬間に折れますよ。……我々が必要としているのは、そんな『訳あり品』じゃありません」
俺は冷徹に指摘した。
コボルト商人の額に冷や汗が流れる。
『な、なんや兄ちゃん……目ざといな。たまたま検品漏れが混じっとっただけやないか。……ほな、何が欲しいんや?』
「俺たちが欲しいのは『良質な鉄の農具』と『丈夫な布地』。それと『様々な香辛料』です。……そして、その対価として売りたいのは、これです」
俺はゴウダに合図を送った。
ゴウダが荷車から麻袋を下ろし、中身を取り出した。
現れたのは、土がついたままの、艶々と輝く太いマンドラゴラだ。
しかも、その顔は相変わらず「この世の春」を謳歌しているかのような、とろけきった恍惚の表情を浮かべている。
コボルト商人の目が点になった。
『……っ!』
商人の鼻がヒクヒクと動く。鑑定眼は確かなようだ。
『こ、これは……マンドラゴラか? えらい色艶がええな! しかも全然叫んでへん! 普通のマンドラゴラは袋から出しただけで近所迷惑な悲鳴上げて、鼓膜破りにくるはずやのに! どうなっとるんやこれ!? 死んどるんか!?』
「生きてますよ。ただ、極上の環境で育ったので、ストレスフリーの特別製です」
俺はマンドラゴラを一本手に取り、商人の鼻先に突きつけた。
「叫ばないから加工もしやすい。そして何より、その効果です。一口かじれば一発で体力が全回復し、魔力も充填される。滋養強壮効果は通常品の3倍はあるでしょう」
俺は商人の目を覗き込んだ。
「高位の魔族たち……特に、美容を気にするサキュバスや、夜の活力を求める吸血鬼たちが、血眼になって欲しがる代物だと思いませんか?」
コボルト商人がゴクリと唾を飲み込んだ。
彼の脳内で、高速の計算が始まった音が聞こえるようだった。
『(……マ、マジか。この品質なら、吸血鬼の伯爵に持ち込めば、一本で金貨2枚……いや、3枚はいける。サキュバスの女王ならもっと出すかもしれん。それを農具ごときと交換? ボロ儲けやないか! この兄ちゃん、相場を知らん田舎者か? しめしめ……)』
心の声がダダ漏れだ。
彼は顔を作り変え、揉み手をしながら擦り寄ってきた。
『え、えーっとな! 確かに珍しい品やけどな! マンドラゴラは鮮度管理が難しいし、輸送中に暴れ出すリスクもあるんや! 保管コストも馬鹿にならん! せやから、今回は特別に、ウチの在庫の農具セットと等価交換でどうや! ほんまは損なんやけどな、兄ちゃんの男気に免じて負けたるわ!』
彼は早口でまくし立て、強引にまとめようとした。
在庫処分の農具と、最高級マンドラゴラを等価交換。詐欺レベルの暴利だ。
俺は冷ややかに遮った。
「等価交換? ……計算が合わないですね。こちらの計算では、このマンドラゴラ10本なら、そちらの荷車の農具『全部』と、追加で布地20反、香辛料の樽を5つ。さらに、今後の定期取引における手数料1割引。……これでようやく『対等』でしょう?」
俺が突きつけた条件に、商人が絶句した。
彼の計算していた「ボロ儲けライン」を遥かに超え、ギリギリの利益ラインを正確に突いていたからだ。
『なっ……!? ぜ、全部やて!? 欲張りすぎやろ兄ちゃん! そんなん商売あがったりや! こっちにも生活があるんやぞ! 輸送費考えろ輸送費!』
「おや、そうですか? 嫌なら構いませんよ。別の商隊を待ちますから」
俺はわざとらしく肩をすくめた。
俺がマンドラゴラを袋にしまおうとすると、コボルト商人が慌てて俺の袖を掴んだ。
彼の顔色は必死そのものだ。この極上品を他社に奪われること、それが商人にとって最大の損失だと理解しているのだ。
『ま、待たんかい! ……くぅ~っ! 負けたばい! 兄ちゃん、アンタ悪魔やな! 完全にこっちの利益ラインを見切っとる! リザードマンの名前出すとか汚いぞ!』
「最高の褒め言葉ですね」
商人は観念したように肩を落とし、そしてニカっと笑った。
それは、負けを認めた悔しさと同時に、手強い交渉相手を認めた敬意の笑みでもあった。
『ええやろ! その条件で飲んだる! 在庫全部置いてったるわ! その代わり、この「叫ばないマンドラゴラ」はウチの専売にしてくれ! これさえあれば魔王領の都で大儲けできるばい! 独占契約や!』
「分かりました。独占販売権をお渡ししましょう。ただし、品質管理は厳しくチェックしますよ?」
『へいへい、分かっとるわ! ……しっかし、オークの村にこんな古狸みたいな交渉術使う人間がおるとはなぁ。世も末やで』
こうして、交渉は成立した。
俺たちはガッチリと握手を交わした。
後ろで見ていたゴウダが、信じられないものを見る目で呟いた。
『……あの早口コボルトを、口先だけで負かしよった……。レン兄ちゃん、あんたこそ真のモンスターや……』
山積みの農具と布地、そして香り高いスパイスの樽を乗せた荷車を見ながら、俺は満足げに一つ伸びをした。
これで農業の効率は倍増し、村人の服も新調できる。食卓の味も豊かになるだろう。
「さあ、積み下ろしだゴウダはん! 村のみんなが待ってるぞ!」
『おう! 今夜は宴会やな!』




