表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/38

第15話:マンドラゴラと、絶叫なき収穫祭

 オークの村における水洗トイレの設置による衛生面の劇的な改善。これによって村人たちのストレスは激減し、特に奥様連中からの俺への支持率は、勇者パーティ時代の「雑用係」という評価が嘘のように鰻登りだ。


 だが、文明というのは、一つの問題を解決すると、必ず次の課題を突きつけてくるものらしい。

 俺はログハウスの窓から、秋の気配が漂い始めた森を眺めながら、溜息をついた。


「食料問題、か……」


 独り言が漏れる。

 現在は森での狩猟と採集、そして味付けは岩塩やスライムエキスで賄えているが、冬がくれば獲物は減り、植物も枯れる。保存食の備蓄は急務だが、その原材料自体が足りていないのが現状だ。

 安定的な供給源――つまり「農業」が必要不可欠だった。


『畑……かぁ。兄ちゃん、それは無茶やで』


 相談を受けたゴウダが、即座に難色を示した。

 

『この辺の土地はな、魔力が強すぎるんや。普通の野菜を植えても、魔力に負けてすぐに枯れてまう。かと思えば、変異して暴れ出すこともあるしな』

「暴れ出す?」

『おう。こないだも隣の集落の奴がトマトを植えたらな、一晩で足が生えて走り去ったらしいわ。「自由になりたい」言うて』

「……ファンタジーにも程があるな」


 逃げるトマトを追いかけるオークの図を想像して、俺は頭を抱えた。

 だが、魔力が強い土地というのは、見方を変えればメリットにもなる。その魔力を栄養として吸収できる植物ならば、爆発的な成長が見込めるからだ。


「だからこそ、俺は『マンドラゴラ』を選んだんだ」


俺の言葉に、ゴウダが茶をブハッと噴き出した。


『マ、マンドラゴラやて!? あの、引っこ抜いたら鼓膜破る悲鳴上げて、聞いた奴をショック死させるっていう、あの魔草か!?』

「ああ。確か、森に群生地があるって聞いたぞ」

『ある! あるけどな! あそこは地獄の一丁目や! 近づくだけで地面から呪いの呻き声が聞こえてきて、足を踏み入れたもんは死ぬか精神をやられて帰ってこんのや!』


 ゴウダが顔面蒼白で首を横に振る。

 無理もない。マンドラゴラの群生地は、魔物たちにとっても「近寄るな危険」のエリアらしい。

 だが、俺には勝算があった。どんな凶悪な魔物でも、そこに「意思」がある限り、対話の余地はあるはずだ。


「大丈夫だ、ゴウダはん。俺たちは『交渉』しに行くだけだ。戦うわけじゃない」



 数時間後。

 俺とゴウダ、そして荷運び用のオーク数名、さらには「面白そうだから」とついてきたダークエルフのセレーネは、村の南側、鬱蒼とした木々に覆われた薄暗いエリアに足を踏み入れていた。

 そこは、空気が淀み、異様な湿気と魔力が漂う場所だった。


 目の前に広がるのは、地面を埋め尽くすほどの巨大な葉っぱの海。

 マンドラゴラの群生地だ。

 一見するとただの草むらだが、地面全体が生き物のようにモコモコと波打ち、地底から「ウゥ~……」という低く不気味な唸り声が響いてくる。


『ひぃっ……! 唸っとる! 完全に怒っとるで! 殺気ビンビンや!』


 ゴウダが耳栓(粘土製)を装着し、さらにその上から両手で耳を塞いでいる。他のオークたちも腰が引けていた。


『兄ちゃん、もう帰ろうや。あいつら絶対「殺す」言うとるで』

「待て、ゴウダはん。決めつけは良くない。まずは彼らの言い分を聞いてみよう」


 俺は群生地の端まで歩み寄ると、地面に膝をつき、掌を湿った土に当てた。

 スキル【万国理解】、発動。

 意識を集中させ、土の中の大合唱に耳を傾ける。


 ――ザザッ……ノイズの向こう側から、無数の声が雪崩れ込んでくる。

 「殺してやる」とか「呪ってやる」といった、怨嗟の声かと思いきや。


『――狭いっ! 狭いねん! ちょっと隣、肘当たるって!』

『――お前こそ根っこ伸ばしすぎや! ワシの栄養吸うなや! ここワシの陣地やぞ!』

『――あー、ダルい。日当たり悪すぎやろここ。ジメジメしてカビ生えそうやわ。美肌が台無しや』

『――誰か石どけてくれぇぇ! 背中に鋭利な岩が刺さって痛いねん! ツボ押し通り越して凶器やでこれ!』

『――腹減った……もっと栄養豊富な土くれや……ススカスの土じゃ力出んわ……』


 ……。

 聞こえてきたのは、デスボイスによる呪詛ではなく、満員電車に詰め込まれたサラリーマンのような、終わりのない愚痴と罵り合いだった。

 自然繁殖しすぎて過密状態になり、互いにストレスを溜め込んでいるようだ。

 栄養を取り合い、スペースを奪い合い、日照権を巡って争っている。

 ここは「呪いの菜園」ではなく、「超過密スラム街」だったのだ。


「……なるほど。過密問題か」


 俺が立ち上がると、心配そうに見守っていたゴウダが駆け寄ってきた。


『ど、どうやった兄ちゃん? やっぱり呪いの儀式か?』

「いや。……ただの『住宅難』だ」

『住宅難?』

「増えすぎて狭いし、日当たりも悪いし、土の中に石があって痛いそうだ。彼らが引っこ抜かれる時に叫ぶのは、『こんな劣悪な環境で育った俺の人生なんやったんや!』っていう悲痛な叫びだったんだよ」


 ゴウダがぽかんと口を開けた。


『そ、そんな世知辛い理由やったんか……?』

「ああ。だから提案してやるんだ。『環境の良い新天地(村の畑)』への移住と、ここの環境改善をな」


 俺は群生地に向かって声を張り上げた。


「みなさん、こんにちは! 今日はみなさんに『より良い住環境』の提案に来ました!」


 ざわっ。葉っぱが一斉に揺れた。


『――なんや? 人間か?』

『――住環境やて?』


「まずは、今の窮屈さを解消しましょう。セレーネ、あそこの大木の枝を魔法で払って、日当たりを良くしてくれないか? オークたちは邪魔な岩を取り除いてくれ!」


 セレーネが呆れたように鼻を鳴らす。


「フン……。大地の精霊たる魔草に媚びへつらうとは、貴様も落ちたものだな、レンよ。だが……その「慈愛という名の支配」……嫌いではないぞ」

(意訳:野菜のご機嫌取りなんてバカみたい。でもまあ、そういう優しさは悪くないんじゃない?)

「頼みますよ、深淵の姫君。貴女の風魔法が必要なんです」

「仕方あるまい。深淵のウィンドカッターよ、天空を切り裂け!」


 セレーネが杖を振ると、上空を覆っていた枝葉が切り払われ、スポットライトのように陽光が差し込んだ。


『――おぉっ! 眩しっ! でもあったけぇ!』

『――久しぶりの日光浴や! 光合成が捗るわぁ!』


 同時に、ゴウダたちオークが、俺の指示した場所(マンドラゴラたちが『岩が痛い』と言っていた場所)を掘り起こし、巨大な石を取り除いていく。


『――岩がなくなった! 背中の痛みが消えたわ!』

『――土が柔らかくなった! 根っこ伸ばせるで!』


 地中から歓喜の声が上がる。

 俺は畳み掛けた。


「どうですか? 少しはマシになったでしょう。……そこで相談なんですが、このままだとまた狭くなってしまいます。そこで、十分に育った方々の中で、『次のステージ(出荷)』へ進みたい方はいませんか? 村にはフカフカの土と、特製の温泉水を用意しています」


 俺の言葉に、一際大きな葉を持つ古株のマンドラゴラが反応した。


『――温泉水やて? フカフカの土……。悪くない響きやな』

『――ワシもそろそろ、このスラム街から卒業したいと思っとってん』

『――連れてってくれ兄ちゃん! ここよりマシな場所ならどこでもええわ!』


 立候補が殺到した。

 どうやら彼らは、この劣悪な環境から抜け出せるなら、引っこ抜かれて運ばれること(=出荷)すら厭わないらしい。彼らにとって出荷は「死」ではなく「魂の昇華」や「栄転」的なニュアンスがあるようだ。


「よし、商談成立だ。では、希望者の方から順に、優しくお連れします」


 俺は一番大きな株の前に立ち、葉の付け根を慎重に掴んだ。

 ゴウダが『あかん! 来るで! 即死攻撃来るで!』と耳を塞ぐ。


「準備はいいかい、大将。最高の環境が待ってるぞ」

『――おう、頼むで。優しく頼むで』


 俺は力を込めず、スッと引き抜いた。


 ――スポッ。


 軽い音と共に、土の中からマンドラゴラが現れた。

 その顔は、苦悶の表情でも、怨嗟の叫びでもなく。

 まるでサウナ上がりに冷たい牛乳を飲んだ直後のような、とろけきった恍惚の表情を浮かべていた。


『――あぁ~……解き放たれたわぁ……』


 叫び声はない。あるのは、深い満足の溜息だけだ。


『……え?』


 身構えていたゴウダたちが、拍子抜けして固まる。


『さ、叫ばへん……! しかも、なんか笑っとる!』

『こんな幸せそうなマンドラゴラ、初めて見たわ!』

「さあ、どんどん行くぞ! 希望者は手を挙げてくれ!」

『――ハイハイ! 次ワシ!』

『――私も連れてって! 美容にいい土があるんでしょ?』


 俺たちは次々と収穫していく。どれもこれも『お世話になりましたー』『新天地へ行ってきまーす』と友好的だ。

 ゴウダたちもおっかなびっくり手伝い始め、最後には『なんや、可愛い奴らやな』と愛着すら湧いてきたようだ。


 こうして収穫された野生のマンドラゴラは、自然の魔力をたっぷりと吸い込み、濃厚な滋養を持つ最高級品となった。

 さらに、若い苗や種も譲り受け、村で栽培する許可も得た。これで安定供給の目処も立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ