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100. 暗闇に、きらめく

作者: Cas123

息が、できない。

彼の指が、私のうなじをそっと撫で、そこから背骨のラインに沿って、ゆっくりと、本当にゆっくりと降りてくる。まるで貴重な陶器のひびを確かめるみたいに、慈しむような手つきで。ひとつ、またひとつと椎骨をなぞられるたび、私の体はビクンと跳ね、そのたびに背中の上で彼が小さく笑う気配がした。

「高円寺さん、力、抜いてください」

耳元で囁かれる、低くて甘い声。いや無理だから。どうやって力を抜けと?あなたの指先から発射される熱量が、私の全身の毛穴という毛穴をこじ開け、そこから魂がスプリンクラーみたいに噴出しているこの状況で。

ここは、都心にひっそりと佇むリラクゼーションサロン「月の舟」の一室。窓はなく、分厚い扉が外界の音を完全に遮断している。そして今、私のリクエストにより、この部屋の照明はすべて落とされていた。あるのは、アロマポットのかすかな灯りと、彼の吐息と、私の心臓がサンバカーニバルよろしく暴れ回る音だけ。

暗闇に支配されたこの空間では、視覚以外の感覚が狂ったように研ぎ澄まされる。彼の指が触れる肌の熱さ、シーツが擦れる微かな音、ラベンダーと、彼自身のものらしい石鹸の香りが混じり合った甘い匂い。そのすべてが、私の理性をじわじわと溶かしていく。

指はさらに降下を続け、腰のくぼみに到達した。そこでピタリと止まり、円を描くように優しく圧をかけてくる。

「っ……!」

思わず漏れた声は、自分のものではないみたいに掠れていた。やばい。これは完全にやばいやつだ。マッサージの領域を逸脱している。これはもう、ほとんど愛撫なのでは。私の背中、今、どんな顔してるの!?赤面とかしてるの!?背中って赤面するの!?

「ここ、だいぶ張ってますね。何か、悩み事でも?」

指はくぼみを深くえぐりながら、悪魔のように囁く。悩み事?悩み事ですって?ありますよ、ええ、山ほど。最大の悩みは、今まさに私の腰を揉みしだいているあなたです、桜庭湊さん!二十八歳の美しき野獣よ!

ああ、神様。なぜ私は、三十八歳にもなって、十も年下の青年に身も心も委ね、こんな破廉恥な状況に陥ってしまっているのでしょうか。

…なんて、ドラマのヒロインぶっている場合ではない。この世にも奇妙な習慣が始まってしまったのは、すべて、あの忌々しくも運命的な、一ヶ月前の停電のせいなのだ。

「いででででで!」

私の断末魔の叫びが、静かな施術ルームに響き渡った。

「高円寺さん、ここですね。ガッチガチですよ」

うつ伏せになった私の背中の上で、爽やかな声が楽しそうに言った。声の主は、このリラクゼーションサロン「月の舟」で、私の凝り固まった体を救済してくれる担当セラピスト、桜庭湊くんだ。二十八歳。身長はたぶん百八十センチ超え。黒髪はサラサラで、笑うと白い歯がキラリと光り、目元は優しく垂れている。控えめに言って、天使である。

一方の私は、高円寺志乃、三十八歳。在宅で働くフリーのグラフィックデザイナー。来る日も来る日もパソコンの前にかじりつき、肩はもはや岩盤、腰はさながら鉄板。三十代後半に差し掛かり、重力との戦いにも敗色濃厚。そんな私が唯一、人間としての尊厳を取り戻せる場所が、ここだった。

「もう…鉄みたいでしょ、私の肩…」 「ふふ、大丈夫ですよ。僕の手にかかれば、マシュマロみたいにしてあげますから」

天使はこともなげに言い、私の岩盤と化した肩甲骨の間に、ぐぐっと親指をめり込ませた。

「ひぃっ!て、天使が悪魔に!」 「え?」 「あ、いえ!なんでも!あはは!」

危ない危ない。心の声がダダ漏れるところだった。そう、この桜庭くん、天使の顔をして施術は悪魔のように的確なのだ。私の凝りの深層部を寸分の狂いもなく突き、容赦なく解きほぐしていく。あまりの痛気持ちよさに、私は毎回、うめき声と悲鳴のシンフォニーを奏でる羽目になる。三十八歳、色々とおしまいである。

「最近、お仕事お忙しいんですか?」 「ええ、まあ…。新しいコンペがあって…」 「そうなんですね。でも、無理しちゃダメですよ。高円寺さんのデザイン、僕、好きですから」

…はい、好きいただきましたー!

脳内で盛大に銅鑼が鳴り響く。だめだ、高円寺志乃。落ち着け。これはただの営業トークだ。リップサービスだ。私のデザインなんて、このサロンのウェブサイトリニューアルの際にちょこっと作っただけじゃないか。それを覚えていてくれただけでもありがたいと思え。

しかし、私の暴走する乙女心(三十八年物)は言うことを聞かない。

「そ、そうですか…?ど、どんなところが好き、とか…ありますか…?」

うわ、聞いた。私、聞いちゃったよ。めんどくさい女の典型的な質問を口走っちゃったよ。桜庭くんは一瞬、指の動きを止め、それからクスクスと笑った。

「そうですね…。色使いが、すごく優しいところ、とか」

優しい…!私の色使いが、優しい…!

その瞬間、私の脳内には、桜庭くんと二人、夕暮れの浜辺を裸足で駆け回り、追いかけっこの末に彼に抱きしめられ、「君は、君の色使いみたいに、優しい人だ」と囁かれるという、壮大なミュージックビデオが流れ始めた。BGMはもちろん、往年の大ヒット恋愛ソングだ。

(… だからー好ーきだと言って 天使になって そして笑って もーいちどー …)

「…さん?高円寺さん?」 「はっ!はい!」 「口からよだれが… 大丈夫ですか」 「だ、大丈夫です!ちょっと今、茅ヶ崎の海岸まで行ってました!」 「…はい?」

ああ、もう本当に私はおしまいだ。

そんな赤面もののやり取りをしていた、まさにその時だった。外でゴロゴロと不穏な音が鳴り響き、窓のない部屋の中でも、空気が一変したのがわかった。

「台風、近づいてるみたいですね」

桜庭くんが言った、その直後。

バツン!

という音と共に、室内の照明がすべて消え、アロマポットの微かな灯りさえも飲み込む、完全な漆黒が訪れた。

「きゃっ!」

思わず、素っ頓狂な声が出た。停電だ。嘘でしょ、このタイミングで?

「わ、大丈夫ですか、高円寺さん」

暗闇の中から、桜庭くんの声が聞こえる。しかし、姿は見えない。当たり前だ、真っ暗なのだから。急に心細さが襲ってくる。なんだか怖い。この世に一人ぼっちで放り出されたような、途方もない孤独感。

「さ、桜庭くん…?どこ…?」

声が震える。情けない。いい年して、停電くらいで。しかし、恐怖は理屈ではないのだ。

すると、私の震える肩に、そっと温かいものが触れた。彼の、手だ。

「ここにいますよ。大丈夫」

その声と手の温もりに、全身の力が抜けていくのがわかった。ああ、よかった。一人じゃなかった。

しばらく、彼は黙って私の肩に手を置いてくれていた。暗闇の中、聞こえるのは外で荒れ狂う風の音と、彼の穏やかな呼吸、そして私の平静を装うのに必死な心臓の音だけ。

どれくらいの時間が経っただろうか。彼がゆっくりと口を開いた。

「…怖くないですよ、ここにいます」

うん、知ってる。さっきも聞いた。でも、もう一回聞きたかった。その優しい声が、私のささくれた心を凪にしていく。

「あの…」と彼が続ける。「真っ暗でもできますけど…続けますか?」

………。

…………へ?

今、なんて?

私の脳みそは、その言葉を処理するのに約五秒を要した。

『真っ暗でもできますけど』

『続けますか?』

え、何を?何を続けるんですか?マッサージを?それとも、何か別の、暗闇だからこそできる何かを?例えば、かくれんぼとか?いや、この狭さでは無理だ。じゃあ、百物語?怖すぎるから却下だ。

となると…残る可能性は一つしかないじゃないか!

私の脳内会議は、かつてないほどの速度で紛糾した。

(え、これってもしかして、そういうお誘い!?いやいや、まさか!彼はプロのセラピストよ!でも、でもでも!『真っ暗でもできる』って含みのある言い方!これはもう、そういう意味にしか聞こえない!)

(落ち着け、高円寺志乃!これは完全にあなたの邪な妄想だ!彼は純粋に、施術を続けますか?と聞いているだけ!ここで変な期待をしたら、ただの痛い客だ!)

(でも、もし、万が一、億が一、期待に応えなかったら、それはそれで失礼なのでは!?せっかくの彼の勇気を無下にしてしまうのでは!?)

脳内天使と脳内悪魔が、私の頭の中で仁義なき戦いを繰り広げる。結論は、出ない。しかし、沈黙は肯定とみなされる可能性がある。何か、何か言わなければ。

「あ、あの…」

かろうじて絞り出した声は、蚊の鳴くようだった。

「それは…その…追加料金とかは…」

言ってしまった。よりにもよって、一番セコくて夢のない返事を。もういっそ殺してくれ。

暗闇の向こうで、彼が息を飲む気配がした。やばい、引かれた。完全に引かれた。三十八歳の女が停電の暗闇に乗じてワンチャン狙って、しかも金の心配してるとか、もう目も当てられない。

数秒の沈黙の後、彼がくつくつと喉の奥で笑う声が聞こえた。

「いりませんよ、追加料金。サービスです」

サービス…!

その言葉が、私の最後の理性のストッパーを粉々に打ち砕いた。

「…じゃあ、お、お願いします…」

私は、悪魔の囁きに、魂を売ったのだ。

その日を境に、私たちの間には奇妙な儀式が生まれた。

次の予約の日、私は施術台に横になるなり、震える声でこう切り出した。

「あ、あの…!電気、消してもらえませんか…?」

桜庭くんは一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに全てを察したように、悪戯っぽく口の端を上げて微笑んだ。

「…かしこまりました。高円寺さんの、特別メニューですね」

その日から、私のマッサージは常に暗闇の中で行われるようになった。

視覚が奪われた世界では、他の感覚が異常なまでに鋭敏になる。彼の指が肌に触れる感触、うなじにかかる吐息の熱、指先から伝わる彼の体温。そのすべてが、明るい場所で受ける何倍も、官能的に私を刺激した。

彼は決して一線は越えない。けれど、そのギリギリのラインを攻めるのが、恐ろしくうまかった。普段なら触れないような、太ももの内側や、腰骨のすぐ上。そんな際どい場所を、あたかも「ここも凝ってますね」とでも言いたげな、あくまでもプロフェッショナルな口実のもとに、ゆっくりと、ねっとりと解きほぐしていく。

私の体は、彼の指が触れるたびに、まるで知らないスイッチを次々と押されていくように反応した。体の芯がじんと熱くなり、指先まで痺れるような感覚が走る。施術が終わる頃には、私はいつも汗ばみ、息を弾ませ、完全に骨抜きにされていた。

そして、儀式の終わりはいつも同じだ。

パチン、と彼が照明をつける。眩しい光が現実世界に私を引き戻す。

「はい、お疲れ様でした」

彼は何事もなかったかのように、爽やかな笑顔で言う。さっきまで私の体を隅々まで探っていた男と同一人物とは思えないほど、プロのセラピストの顔に戻っている。

「あ、ありがとうございました…」

私も、汗を拭い、乱れた服を整え、そそくさと身支度をする。お互いに、暗闇での出来事には一切触れない。それが、私たちの間の暗黙のルールだった。

サロンを出て、喧騒の中に戻ると、いつも夢から覚めたような気分になる。さっきまでの出来事は、本当にあったことなのだろうか。あれは、私の願望が生み出した、都合のいい幻だったのではないか。

けれど、体に残るほのかな熱と、心の奥で疼くような甘い痺れが、それが紛れもない現実だったと告げている。

そんな秘密の時間が、二ヶ月ほど続いたある日のこと。

私は、少しだけ調子に乗っていたのだと思う。暗闇の関係に慣れが生じ、もっと刺激が欲しくなってしまったのかもしれない。

「ねえ、桜庭くん」 「はい」 「今日、アロマとか焚いてみない?」

暗闇の中で、私は大胆にもそう提案した。

「アロマ、ですか。いいですね。どんな香りがお好きですか?」 「ふふふ、とっておきを持ってきたのよ」

私はガサゴソとバッグを探り、小瓶を取り出した。友人にもらった、手作りのアロマオイルだ。オーガニックにこだわった、とてもリラックスできる香りだと聞いていた。

「じゃあ、失礼しますね」

桜庭くんがそれを受け取り、アロマポットに数滴垂らす。すぐに、ふわりと香りが立ち上り始めた。

…ん?

あれ?

なんだか、想像していたラベンダーやカモミールのような、お洒落な香りとは少し違う。もっとこう、食欲をそそるというか、香ばしいというか…。

「高円寺さん、これって…」

桜庭くんの声も、どこか困惑している。

その香りは、だんだんと部屋に充満し、その正体を明確にし始めた。そう、それは、醤油とニンニクと生姜とごま油が絶妙にブレンドされた、あの香り。

「焼肉のタレ…の匂い…?」

誰かが言った。たぶん、私だ。

「…ですね。かなり、上質なタレの匂いがします」

桜庭くんが、冷静に分析する。

甘く、官能的になるはずだった私たちの秘密の空間は、その瞬間、完全に、煙モクモクの庶民的な焼肉屋へと姿を変えた。

「……」 「……」

長い、長い沈黙。

先に破ったのは、桜庭くんだった。

「…ぷっ、あはははははは!」

耐えきれなくなったように、彼が吹き出した。その笑い声につられて、私も笑い出してしまった。

「あはは!なんで!なんで焼肉なのよ!」 「高円寺さん、最高です!お腹すいてきました!」 「もう!ここにサンチュと白米持ってきて!」 「カルビ追加で!あとハラミも!」

私たちは、涙を流しながら笑い転げた。暗闇の中、際どいマッサージをするはずが、焼肉屋ごっこで盛り上がる三十八歳と二十八歳。もう、わけがわからない。

ひとしきり笑った後、桜庭くんがぽつりと言った。

「ああ、面白い。高円寺さんといると、本当に面白い」

その声は、いつもの悪戯っぽい響きでも、プロのセラピストの丁寧な響きでもなく、ただの「桜庭湊」という一人の男性の声のように聞こえた。

その日、施術が終わって電気がついた時、私は見てしまった。

いつものように「お疲れ様でした」と爽やかに笑う彼の、耳が。

ほんのりと、赤く染まっているのを。

その小さな変化が、私の心に、これまでとは違う種類の熱を灯した。

もしかして。もしかしたら。

彼も、この暗闇の時間を、ただの「特別メニュー」だとは思っていないのかもしれない。

そんな予感が、胸を締め付けた。

そして、運命の日は、唐突にやってきた。

いつかの焼肉アロマ事件を笑い話にしながら、暗闇の施術を終えた後のことだ。

パチン、と照明がつく。私が身支度を終え、「じゃあ、また来週」とドアに向かおうとした時だった。

「あの、高円寺さん」

桜庭くんに、呼び止められた。

「ん?」

振り返ると、彼は少し緊張した面持ちで、まっすぐに私を見ていた。

「今度…その…」

ごくり、と彼は喉を鳴らす。

「明るいところで、お会いしませんか」

………。

……明るい、ところ?

その言葉が、私の頭の中で木霊する。

え、デート!?これって、まごうことなきデートのお誘い!?白日の下に、私を晒すというの!?暗闇限定じゃなかったの!?私という女は!

光の下での私なんて、ただの肩こりと腰痛に悩む三十八歳、鉄の処女だ。暗闇のフィルターがかかっているからこそ、ミステリアスな雰囲気を醸し出せていた(かもしれない)のに。明るい場所で会ったら、シミもシワも、全部バレてしまう!

「ど、どうして…急に…」 「どうしてって…」

彼は少し困ったように笑い、それから、意を決したように言った。

「もう、暗闇は、終わりにしたいんです。高円寺さんのこと、ちゃんと知りたいから」

ちゃんと、知りたい。

その言葉は、どんな甘い囁きよりも、私の心を揺さぶった。

私の脳内は、秒速でパニックと歓喜のハリケーンに襲われた。断る理由なんて、どこにもない。

「は、はいぃぃぃぃぃ!」

我ながら、情けないほど裏返った声が出た。彼は、そんな私を見て、心の底から嬉しそうに、ふわりと笑った。天使が、そこにいた。

そして、週末。

私たちは、駅前の小洒落たカフェで、向かい合って座っていた。明るい太陽光が差し込む、健全な空間で。

緊張で、心臓が口から飛び出そうだ。何を話せばいいのかわからない。暗闇の中では、あんなに自然に話せたのに。

「あ、あの、いい天気ですね」 「そ、そうですね。絶好の洗濯日和ですね」

ぎこちない会話が、テーブルの上を滑っていく。桜庭くんも、どこか緊張しているように見えた。

しばらく、当たり障りのない話をした後、彼がふっと真面目な顔になり、私の目をまっすぐに見た。

「高円寺さん。…美佐子さん」

名前。初めて、名前で呼ばれた。

「俺、あなたのことが…」

彼が、何かを伝えようと、唇を開いた、まさにその瞬間だった。

「お待たせいたしましたー!クリームソーダになりまーす!」

元気のいい店員さんが、私たちのテーブルにやってきた。そして、次の瞬間。

ガッシャーーーーン!

店員さんは見事に足を滑らせ、持っていたトレーが宙を舞い、鮮やかな緑色のソーダと純白のバニラアイスが、スローモーションのように、桜庭くんの頭上から降り注いだ。

「……」 「……」

緑色の液体で髪をベトベトにし、頭のてっぺんにバニラアイスを乗せた桜庭くんが、虚無の表情で私を見つめている。

ああ、もう。

どうして、私たちは、こうなっちゃうんだろう。

「…ぷっ」

どちらからともなく、笑いがこぼれた。

「あはははは!桜庭くん、メロンみたいになってる!」 「美佐子さんこそ、笑いすぎですよ!」

店員さんの平身低頭な謝罪を受けながら、ティッシュで彼の頭を拭いてあげながら、私たちは笑い続けた。

もう、甘いムードも何もない。でも、不思議と、それが心地よかった。

「僕たち、やっぱりこうなっちゃうんですかね」 「みたいだね」

彼は、ベトベトの髪のまま、最高に優しい顔で笑った。

暗闇は、もう終わった。

これから始まる、光に満ちた世界は、きっと、こんなふうにドタバタで、ちっとも格好がつかなくて、でも、最高に笑える日々に違いない。

悪くない。

ううん、むしろ、最高だ。

私は、メロン頭の年下の天使に、精一杯の笑顔を返した。空には、私たちの未来を祝福するみたいに、キラキラと太陽が輝いていた。


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