episode4 死神と救世主
「いいか。これから私が問うことに、正直に答えるんだ和良」
「うん、なんでも聞いてよ」
時に、ここは「四葉シェアハウス」のリビング。
家の前でもみくちゃになっていた俺たちを、轟音さんはあれよあれよと玄関の中へ押し込み、今に至る。 僕はソファに座らせてもらい、隣に轟音さん、向かいに李鶴さん、十六夜さんという四角形のような配置で並んでいた。
先ほどとは打って変わって、この空間からはなんだか緊張感を感じる。
轟音さんの纏う雰囲気がそうさせるのだろうか。
「まず一つ目、この少年は誰だ」
十六夜さんが聞いた。
「月ヶ峰陽斗くんだよ。」
轟音さんが答える。
「いや、それは自己紹介で聞いた……。ごほん。じ、じゃあ次だ。さっきは告白なんて冗談いっちまったが………なんで和良は、わざわざ『ここ』に彼を招き入れたんだ?」
再び十六夜さんのターンだ。
『ここ』を強調する言い方に少し違和感を覚えたが、確認するほどでもないので聞き流す事にした。
チラリと隣を見る。
轟音さんに動揺は見られない。
それどころかその瞳は何か決意のようなものを帯びているように見えた。
「月ヶ峰くんには……資格があるから。最終的には私たちの仲間になってもらいたいと思ってるよ」
資格?仲間?
なんのことかわからず首を傾げていると突然何かを叩くような大きな音がした。
「なっ、本気か?!」
今まで黙って聴いていた李鶴さんが、立ち上がったようだった。
あからさまな動揺を感じる。
口をあんぐり開けているその姿は、出会った時の印象からは想像できない慌てっぷりで正直意外だった。
しかし、彼を宥めたのもまた予想外の人物だった。
「まあまあ李鶴、和良の話を最後まで聞いてやろうぜ。ったく、これだからシスコンは困る。」
十六夜くいなさん。
インターフォンの時以外は失礼ながら頭がおかしい印象しかなかったけど、李鶴さんを言い聞かせる姿には初めてお姉さんみを感じた。
先程の会話といい、彼女はおそらくこの中で一番年上なのだと思う。
「………そうだな。取り乱してすまない」
十六夜さんが場を宥め、再び轟音さんに話が戻った。
その様子を僕は黙って見つめる。
「月ヶ峰くんには痣を見せただけで、まだ何も話していないから、今日はそこから説明しようかなって。もちろん、あの時言った、『救世主』って言葉についても」
「なるほどな。つまり月ヶ峰少年も『覚醒者』ってわけか」
「『覚醒者』?」
聞きなれない単語に首を傾げる。
そんな僕に、轟音さんは丁寧に説明を付け足してくれた。
「月ヶ峰くん、あの花畑で特別な力を使ってたよね。感染者でもないのに。私たちはそういう、自分の意志でコントロールできる力を持つ人たちのことを『覚醒者』って読んでるの」
覚醒者。
初めて聞いた言葉だったけど、不思議とすぐに頭に入ってきた。今まで名前のなかった僕の存在にようやく正解が現れたような奇妙な感覚。
なんだかほおが熱い気がして無意識に顔に手を添えた。
もちろん、そこには何もないのだけれど。
僕は、頭の中で話を整理した。
今の話で言うと、僕は覚醒者と言う存在………そしてそれは轟音さんも………あれ?
僕はそこで轟音さんの発言に少しの違和感を覚える。
「待ってください、『私たち』ってことは……」
視線を正面に向ける。
十六夜さんと目が合った。
相変わらずニヤリと笑っている。
「そうだぜ。見ろよ、あたしの美しいおでこ」
そう言って十六夜さんが前髪をかき分けると、そこには藍色に燃える痣があった。ばつ印の痣は、覚醒者である証。やはり、四つ葉シェアハウスに住まう人たちは覚醒者だったのだ。
「追加で言うと、あたしの素晴らしい能力はだなぁ………」
十六夜さんの言葉に僕はごくりと唾を飲み込む。しかし、続きが話されることはなかった。
「ほいほいと情報を漏らすんじゃない。やっぱりお前はアホだな」
李鶴さんが十六夜さんの口を手で覆い、塞いだからである。
十六夜さんは驚いた表情を見せたもののすぐさまその手を退けると、不満そうに口を尖らせた。
「えーいいじゃんかぁ。李鶴は相変わらずケチくさいな」
「慎重だと言え。先を見据えないバカとは違うんだ。それに、もし本当に月ヶ峰を『救世主』にするならお前から力を明かすべきだろう………和良」
その名前が出た時、空気が変わるのがわかった。
重要な何かを、僕は知ってしまうのだと本能的に理解する。
名を呼ばれた彼女はゆっくりの立ち上がったあと、僕の正面に堂々と立った。
「ねえ、月ヶ峰君」
全員の視線を集めていると言うのに、他の二人には見向きもせず、ただ僕だけを見つめている。不思議な気分だ。
「実は、現代に残る摩訶不思議な伝承の正体は、全部『覚醒者』だって説があるんだよ。神隠しみたいな都市伝説も、雪女みたいな妖怪も、ましてや神様だって、謎があるものは全部ね」
彼女が語るのは、子供騙しに使われるようなお伽話。
「私たちが持つこの力に明確な名前なんてない。でも、もしそれぞれに呼び名をつけるとしたら何になると思う?」
取り出したのは一輪の鈴蘭。
あの花畑から積んできたのだろうか。
と思えば、次の瞬間、信じられない出来事が目の前で起きた。
先程まで生きる気力に溢れていた鈴蘭は、轟音さんのあざが現れると同時に萎れ、枯れ、チリとなったのである。
まるで最初から花など存在しなかったかのように、消えた。
口を開けたまま間抜けヅラを晒す僕とは反対に、彼女は表情ひとつ変えずにそれを見つめていた。
やがてもう一度口を開く。
「七色の尾鰭を持つ覚醒者は『人魚』と、落雷を操る覚醒者は『雷神』と今に伝承された。それなら…………こんなふうにあらゆる命を奪う力を持つ私の呼び名は何になるかな」
あらゆるものから生命力を奪う。
命を絶つ。
触れる時は冷静に、決して感情を揺らすことはない。
纏うオーラは黒く、かつ赤く輝く………そんな姿に、僕は一つの『作り話』を連想した。
「……………死神」
思わず溢れた言葉に、ハッとして口を塞ぐ。
恐る恐る顔を挙げると、目の前の少女と目が合った。
僕が先程「死神」と称した女の子は、慈悲深いまるで女神のような笑みを浮かべている。
限りなく完璧に近いけれど、暖かさを少しも感じさせない笑みだ。
僕にはそれが涙を殺した哀しい顔に思えて、気がつけば無意識に立ち上がっていた。
彼女のあざはまだ消えていないから、僕が触れたらきっとあの鈴蘭のようにチリになってしまうだろう。
なのに不思議と迷いはなかった。
この瞬間僕は。
奇跡の花畑で、彼女が僕に声をかけた意味が。
「探していた」と言った理由が。
ようやくわかった気がした。
そうか。
だから、僕だったんだ。
だって僕なら、僕が持つこの力なら。
「もし」
そっと、その手を取る。
視界の端で李鶴さんと十六夜さんが驚きながら止めに入るのが見えた。
当然だ。
今の轟音さんに触ることは、死と同じ。
しかし、暖かかった。
触れ合う手から伝わる体温から、轟音和良はまごうことなき人間であり、生きているのだと実感した。
「もし、轟音さんが死神なら、僕は何になりますか」
この問いに、彼女ははじめて笑顔を見せる。
「……どうかな。まだわからないけど私、月ヶ峰君に似合う良い候補を知ってるよ」
ぎゅっ、と手を強く握りかえされる。
「『救世主』、なんてどう?」
その返事に僕は思わず吹き出した。
本当は、ここにきても救世主になるつもりはなかった。
わざわざ話を聞きにきたのは、秘密をばらされたくないから。
あざのことについての話を聞きたかったから。
それさえ聞ければよかったんだ。
僕は、誰かを救う存在になんてなる資格がない。
そう、思っていたのに。
やられたよ、まったく。
こうなることまで彼女には全部お見通しだったのだろう。
だって今の僕に、迷いはない。
僕は答えた。
「詳しい話を、聞かせてください」




