episode3 妖には妖の違いがある
『四葉シェアハウス』
そう書かれた建物の前で、僕はかれこれ数分、立ち尽くしていた。
そして何度もメモに書かれた住所を確認する。
………あってる。あっているはずだ。
話をする、と言っていたからてっきり喫茶店や何かに連れて行かれると思っていたけど、まさかの家。ましてシェアハウスなので表札がなく、本当にここが轟音さんの家かすらもわからない。
どうしたものかと悩んでいたけれど、これから人が来る気配は一向になく、約束の時間が迫るばかり。
「すぅ……はぁ………よし」
僕は覚悟を決めて、目の前のインターホンを押した。
あのお馴染みの音があたりに響き渡る。
しばらくしても応答はない。
誰もいないのか、もしくは場所を間違えたのか。
次の一手に悩んで頭を抱えていると、ピッという音が機械から聞こえた。
たまらずその一点を凝視する。
『どちらさまでしょうか』
お姉さん。
そんな言葉がよく似合うなんとも可憐な声だった。 でもそれは、あきらかに轟音さんのものではない。
この状況から導き出される結論は一つ。
来るところを間違えたか……!!
いや、落ち着け。
僕は自分で自分の頰をペチン、と軽く叩く。
轟音さんの知り合いという可能性もあるだろう。
だからまずは……
「突然すみません。僕は月ヶ峰陽斗といいます、轟音和良さんという方から今日ここへ来るよう言われまして。轟音さんはいらっしゃいますか?」
そう、自己紹介と状況説明から。ここで相手が困惑すれば、すみませんと謝り倒して脱兎の如く帰ればいいのだ。
とはいえ、それはそれで気まずいので住所が合っていることを祈る。すると、インターホンから聞こえたのは納得したような頷き。
『ああ、和良の………………和良…………』
よし!
相手の反応からして、どうやら轟音さんの家ではあるらしい。
しかしなぜか、通話の向こうの人はそれ以上言葉を続けてこない。
僕はじっとカメラを見つめて今か今かとその続きを待つ。
すると。
ドタドタドタドタ、ガシャン、ドテッ、ゴロゴロゴロゴロ。
という擬音を挟んだのち、
バタンッ!
という勢いで扉が開いた。
中から出てきたのは、一人の女性だった。
インターホンの向こう側にいた人物だろう。
しかしなんだか様子がおかしい。
なんというか………狂気を纏っていた。
先ほどの『お姉さん』はどこへやら。見えてはいけない物を見てしまった気がして、視線を逸らそうとするが長い前髪の隙間から覗く目は完全に僕を捉えている。
………殺される!
悟った時にはもう遅かった。
「うふふふ、あはははは!!」
女性は紺色の長髪を振り乱し、鬼気迫った顔で、笑いながらこちらに近づいてくる。
あまりの恐怖に体が硬直する僕。
「え、ちょ、あああああの!?どうかされましたか!?」
やっとの思いで声を出したが、届いていないのか、彼女は止まらない。
やがてその手は僕の腕に届き……跡がつきそうなほど強く掴んだ。
「いひっ、ひひ、いひひひひひひ。ようこそようこそようこそようこそ!歓迎するよぉ少年」
そしてそのまま僕を家の中まで引っ張り………というところで、突然妖怪の動きが止まった。
なんだと思い首を傾げると、妖怪の後ろに人影が見える。背丈からして男性だろう。
「おい、ドアホ引きこもり!」
「げぇっ!李鶴!?」
『李鶴』と呼ばれたその男性は、妖怪を僕から剥がし取ろうと試みる。
それ自体はとてもありがたいのだが、仮にも女性なのにあんなに容赦なく殴っていいのだろうか。かなり鈍い音がしている気がするが。
「客人に対してなんてことしてるんだ!今すぐ離れろっ、このっ、手を離せ!」
「いたたたたたた!おまっ、李鶴、か弱いレディになんてことするんだ!女の子には優しくと義務教育で教わらなかったか!?はんっ、秀才の名が廃るな!!」
「黙れ!お前自分がか弱い女の子に分類されてると思ってんのか?!勘違いもいいところだな、まったく恥ずかしい」
「ぐふふふふ、まあまあ落ち着きたまえ李鶴君。なんで私がこんなふうに恥を捨ててまで見ず知らずの少年にしがみついているのか、よく考えるのだ」
「ド変態だからか?」
「違う!!!………いいか、聞いて驚くなよ。なんとこの少年、和良の客らしい」
「…………和良の?」
突如現れた轟音さんの名前に反応したのか、李鶴さん(たぶん名前あってる)の動きがぴたりと止まった。
彼は恐る恐るこちらに視線を向け、やがて目が合う。
そして僕は彼の容姿を見て息を飲んだ。
………妖精みたいだ。
咄嗟にそう思った。
現実を飲み込むような澄んだ翡翠色の瞳は、薄く青みがかった髪が隠すように軽く覆っている。そこから覗くすらっとした鼻筋、薄く色づいた唇、色白い肌。
僕は声を聞いたから男性だと分かったけど、容姿だけなら性別を断定することは難しそうな中性的なオーラを纏っている。
ほんのついさっき。
轟音さんを見た時もあまりに整った顔立ちに驚いたが………彼はなんだか格が違う。
同じ空間にいるだけで、お伽話の中に入ったかのような錯覚を受けるのだ。
というか、今まで妖怪だと思っていた女性も、しっかり見つめると美女と言われる部類の人間なのは間違いない。
艶のある紺色の髪も寝癖だらけだし、大きな瞳の下にもクマがあるが、それでも圧倒的な美貌が彼女の存在感を主張している。
もしかしてこのシェアハウスの住人は、とんでもなく顔面偏差値が高いのではないか…!?
理由のわからない虚しさに襲われ、オロオロしている僕に李鶴さんが話しかけてくれた。
「うるさくしてしまってすまない。俺は和良の双子との弟の轟音李鶴。こっちの妖怪は十六夜くいなという。ここの住人だ。疑うようで申し訳ないが、君は和良に呼ばれてここに来たのだろうか」
双子…!
どうりて雰囲気や顔立ちが似ているわけだ。
揃いも揃ってこんなに綺麗な顔立ちをしているとは………遺伝子とは末恐ろしい。
「はい。えっと……話したいことがあるからこのメモの場所に来て欲しいと言われました」
「なるほど、確かにこれはあいつの字だ。住所もここで間違いない」
真剣な面持ちで俺のメモを見つめる李鶴さんに、妖怪美女がなんと飛びついた。
その顔はなんだかニヤニヤしている。
なんだろう、嫌な予感が。
「おいおい李鶴さん。こいつは大変だぜ。和良、家に男連れ込んで告白するつもりだ」
「「は!?」」
俺と李鶴さんが揃って声を上げた。
「私は心配してたんだ。和良は自分を追い詰めるところがあるから……でもこうやって、好きな人ができて………ううっ、よかったなぁ」
十六夜さんは、目をうるうるさせて、どこから取り出したのかティッシュで鼻を噛む。
その様子をドン引きで見つめるのは僕と李鶴さんだ。
「あのぉ僕、轟音さんとは今日初めて会ったんですけど」
「まじかよ、一目惚れかよ。やるじゃねぇか少年」
「ちょ、なんだこの人、全然話が通じないか!?」
「だから妖怪なんだ。月ヶ峰も、こいつから離れた方がいい」
「にひひひひっ!妖怪とは失礼な。驚くほどビューティーで愛くるしいこのくいなお姉様が、お子様シスコンに正しいレディーのエスコート方法を教えてやろうではないか!!!」
「ほう。立派なレディはそんな醜態を晒さないと思うが、今俺の足元にいる妖怪は幻覚か?」
異質な笑顔を浮かべながら、くいなさんは李鶴さんの足元にしがみつく。
失礼ながら、その姿からレディを連想する人間なんていないだろう。
妖怪という言葉の例として教科書に出てきても違和感がないほどだ。
しかし突然、妖怪……十六夜さんの動きがぴたりと止まった。
僕は不思議に思って、その視線の先を追う。
「よ〜うやく帰ってきたかぁ、全く。世話の焼ける同居人だよ」
コンビニの買い物袋を右手にぶら下げて、彼女は立っていた。
「みんな………こんな暑いのに元気だね……。アイスいる?」
轟音和良。
僕をここに招き入れた張本人である。
登場人物読み方紹介、第二弾となります。
轟音 李鶴→とどろね りづ
十六夜 くいな→いざよい くいな




